夢見る少女と素数大富豪
@sodaihu
Ep.0
これは夢見る少女のお話。
「…ん」
意識が徐々に覚醒してきた。椅子の背もたれに深く預けていた体を起こす。眠ってしまっていたのか、と思ったがそれより前の記憶がない気がした。不思議な気分でいると、周りから歓声が聞こえてきた。
そうだ、今日は。
「さぁ、待ちに待った素数大富豪プロリーグ!昨年に続き今年もやってまいりましたこの季節。いったいどんな素数が、勝負が、ドラマが生まれるのでありましょう!」
実況の眼鏡をかけた男性は抑揚をつけ、小気味のいいリズムで話す。聞いているこちらまで昂ってくるようだ。
そうだ、今日はプロ素数大富豪のリーグ戦初日。私を含め多くの人々が観戦ルームに集まっている。部屋の奥にいくほど段差が高くなり、椅子が並べられている。座り心地のよい椅子や、前方に設置された巨大モニターはまるで映画館のような造りだった。
巨大モニターの画面は対戦会場を映しているが、だだっぴろい空間に人もおらずテーブルとイスが存在しているのみで、どこか神聖さすら感じる。対戦用テーブルの上に対戦に使用される器材が置かれているだけだ。
私がモニターに注目している間にも喋り続けていた実況の男性が、調子を変えて観客に向けて発する。
「お集まりの皆さん、今、選手が控室から出てまいりました!」
モニターは切り替わり、その選手が控室から会場へ向かう廊下を静かに歩く様子を、背後から追って映していた。その間も実況は喋り続ける。
「廊下に靴音だけが響きます、勝利への鼓動は刻まれています!」
別に靴音はしてないと思うけど。
そして選手が対戦会場の入り口で立ち止まると、画面が切り替わり上半身が映し出された。
「前期個人1位、チーム1位、1はこの男のためにある!その身1つに無限の素数を携えて、颯爽と登場であります!王者、プライム後藤!!」
プライム後藤…。そうだこの選手の名はプライム後藤、圧倒的な実力と人気で前期は大活躍だったのだ。すっかり失念していたようで不思議な気持ちだ。
プライム後藤は会場入り口のスモークの中を進み、対戦テーブルのイスに座る。
そして、反対の入り口に対戦相手の選手が立っている。
「今期もこの人が開幕戦に登場です!衣装に煌めく紅は革命を告げる戦火の焔。今日が革命決行日、狙うは王の首一つ!革命クイーン綾戸真理子、素数軍を率い前進入場!!」
ノってるなあ。こうやって呼ばれてることを選手はどう思ってるのだろう。
全体的に服装が赤めの綾戸が着席すると試合はほどなくして開始された。
「プライム後藤が時間を使っております。人差し指が小刻みに机を叩きます、さながら卓上のミシン!その指先からどんな数を紡ぐのでしょうか!」
普通ミシンは卓上にあるだろうと心の中でツッコんだ。そしてプライム後藤は告げる。
「パスします」
「なっっ」
綾戸が目を見開いた。
私も似たように目を見開いていた。実況は一層テンションを上げてまくしたてた。
「なんと卓上のミシンは動くことを止めた!後藤製糸場はフレックスタイム制だ!初手は働かない!!」
また卓上のミシン……。比喩もよく分からないし。
「舐めているのかしら」
「プロとしてはこれだと思ったのでね」
綾戸は怒気を含んだ声色で訊いたが、プライム後藤は毅然と答えていた。
額に青筋を浮かべながら綾戸は一枚ドローした。
互いの手札はこうだった。
プライム後藤:A3356789TJジョーカー
綾戸:AA2256799Jジョーカー(ドロー8)
プライム後藤の手札はジョーカーこそあるが切り札になりそう数は無く、多枚数出しも絵札の数が心許ない。しかしドローも出すこともなくパスとは…。
綾戸はA729だした。
「おーっとぉ!怒りの革命であります!プライム後藤城攻略へひた走るぅ!!」
どこに走る要素があったのか。
しかし、綾戸はA0=2*5やA069を出すことが出来、プライム後藤はピンチに立たされているかに思えた。
「うんうん、綾戸さんもプロとしてやるべきことをやってるね」
プライム後藤は頷きながら上から目線の台詞を吐いた。そして、札を出した。
A033。
ジョーカーを使ってカウンターを仕掛けてきた。
「ぐぐぅ」
綾戸は唇を噛みながらドローして、パスした。
57。
そして968TJ。こうなることが分かっていたかのようだった。
「プライム後藤奇跡的勝利!夢と見紛うほどの鮮やかな筋書き!後藤製糸場で紡がれていたのは細く、しかし鮮やかな勝ち筋!それを見事結実させました!!」
まだ製糸場のネタ使うんだ。
その後もプライム後藤は勝利を重ねた。特に最後に見たものも凄かった。
「プライム後藤窮地!場には6T9445479!この4つ子素数がいま王者の四方を固めています!ここで返せなければ今日初黒星!」
個人戦が行われている今日はいくつも対戦カードが組まれているが、プライム後藤にとっての今日の最終戦だった。
「プライム後藤に残った札は23456689、なんと貧弱でありましょうか!絵札を引かねば負けですが3の倍数になるJは引けません!」
プライム後藤は一枚ドローしたカードを伏せたまま引き寄せ、そしてカードが曲がりそうなくらい力強くそしてゆっくりとめくった。
K。
「王者に勝ったら明日からは実質ボクが王者ってことでいいですよね?インスタで自慢しよーっと」
対戦相手はすでに勝った気で無駄口を叩いている。そんな相手にプライム後藤は―。
「俺が引いたのはキングだ、だから王者は俺だ」
手札の並びをさささっと替え、右端に引いてきたキングを付け、場に出す。
65869342K。
「これが素数だから…俺が明日も王者だ」
判定の結果が出て、観戦ルームは沸いた。そして熱狂した。
私はその熱狂や歓声の中にいてもどこか冷静だった。こんな土壇場で王者がキングを持ってくるなんて、プライム後藤は持ってる。
そして。
「あれぐらい強くなりたい」
「おい!起きろ!!始まるぞ!」
「むにゃむにゃ…プライム後藤は…?」
「プライム後藤って誰だ?」
目をこすり私は理解した。夢を見ていたんだ。
「もうすぐ試合始まるぞ」
チームメイトに言われ、状況を思い出した。素数大富豪の大会に来ていて、待ち時間にうとうとして寝ちゃったんだ。
先輩が私に話しかける。
「まったく。肝が据わってるというか、のんきというか…」
「すみません、でもプライム後藤はすごかったんですよ!」
「だからプライム後藤だれだよ」
同学年のチームメイトに即座に言われてしまったので、やれやれという仕草をしてから私が見た夢の説明を始めた。「別に興味ないんだけど」とぼやいていたが、プライム後藤について知ってもらいたかったので構わず話した。
「結局プライム後藤ってなんなんだよ」
綾戸真理子との試合について話し終えると開口一番そう言われた。
「なにって…王者だよ」
「結局夢の話でしょ?革命下でのカウンターもなんか都合良すぎるし」
たしかに出来すぎた展開だったが、夢なのだからそんなものだろう。
二人の間に沈黙が流れそうになり、先輩が会話を続ける。
「でもいつか本当にプロリーグが出来たらいいわよね」
私ははっとして自分のカバンからノートを取り出してきて「じゃーん」と言って二人に見せた。
「出た、ゆめノート」
「夢ノート?夢日記のこと?」
実際には違う。私が目標にしていることなどを書き記して、達成したりしたら赤い丸を付けていくノートだった。
そんな説明を私の代わりにしてくれている間に、新しいページを開いた。
そして、大きく『素数大富豪プロリーグをつくる!』『プライム後藤みたいなスター性のあるプレイヤーになる!』と書いた。
「これが新しい夢なのね?」
私は頷いた。前のページには4枚8桁を覚えるとか全国出場とか、色々書いている。
先輩はまた疑問を投げかけてきた。
「プライム後藤ってスター性もあるの?」
「先輩はプライム後藤に興味津々みたいですね。よろしい、解説してあげます」
顔がげんなりした気がするが気のせいだろう。「プライム後藤が窮地に立たされたときのことでした―」と話し始めたとき、アナウンスで私たちの学校名が呼ばれた。
先輩とチームメイトの子が急いで私を引きずっていく。二人の顔に安堵の色が見えたのはやっぱり気のせいだろう。
試合会場に着き、先鋒の私は対戦テーブルの前に座り、「プライム後藤もこういう所で試合したのかな」と独りごちる。すると対戦相手が反応を示した。
「誰だよプライム後藤って」
「知らないんですか?」
「知らん」
知るわけないか、私の夢の中の話だもんね。
そうして試合は進み、終盤相手が勘で9枚出しを成功させ私の手番。手札は8枚で23456689、相手が出したのは967427821だから一枚引けば場に出すことはできるが流石に素数かどうかはこちらも勘だ。
と考えていると、自分の手札に既視感を覚えた。どこで見たかな、練習のとき?いやもっと最近、ついさっき…そっか―
「プライム後藤!」
「だから知らんって」
相手はまた反応してくれた。きっといい人。
それより、だ。ここでプライム後藤のようにKを引いて鮮やかに勝てれば…スター?スターでしょ。うん、スターだ。
ウキウキしてきた。「ドローします」とハッキリ告げてから、私が見たように、カードを引き寄せ、ゆっくりめくり、引いてきたのは。
K!
体温がぐぐっと上がった感覚になった、私のスター街道が、始まる。
手札を整え、プライム後藤のように自信たっぷりに言う。
「"私が引いたのはキングです、だから王者は私です"」
用意していた札を場に出す。相手はぽかんと口を開けている。
65869342K。
「"これが素数だから…私が明日も王者です"」
「なっ」
相手がとても驚いた顔をしている。それはそうだ、9枚出しを手札が9枚の相手に都合よく返されるとは思わない。
判定が行われ、判定員が告げる。
「65869342Kは、素数ではありません」
「えっ!」
「えっっ!!」
「えっっっ!!!」
その場にいる誰もが驚いていた、多分私が一番驚いた。
対戦相手が尋ねる。
「さっきの台詞みたいな喋り方って…」
「プライム後藤の言葉です…」
「だから誰だよそれ!」
よくよく考えてみれば元々素数かどうか知らなかったんだから、それが夢で出てきたとて同じこと。夢の中のストーリーの都合に合わせて素数ってことになってただけ?
私は叫んだ。
「プライム後藤に騙されたあーーーっ!」
「だからプライム後藤って誰なんだよおおおおおお!!!!」
相手も反応してくれた。やっぱりいい人。
これは夢見る少女のお話。
夢への道のりを歩き始めたばかり。
夢見る少女と素数大富豪 @sodaihu
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