【14-15】虎穴へ 4

【第14章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859156113930

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 ヴァナヘイム軍は、大胆にもケルムト渓谷を空にして、全軍をもって帝国軍・ネフタン旅団に襲いかかった。そして、同旅団を粉砕した後は、悠々とまた谷底に戻っている。


 滑稽こっけいなことに、帝国軍各隊は、友軍が打ち破られている間、無人の渓谷とにらめっこをしていたことになる。


 アルベルト=ミーミルの緩急自在な指し回しに、またしても帝国軍は惨敗を喫した。


 先任参謀・セラ=レイスは、対局相手として盤をはさんで座することもできず、観戦者に身を持ち崩したような錯覚に陥ったことだろう。



「……」

 両手を紅髪に絡ませたまま、レイスは固まっていた。


中佐ちゅーさ、大丈夫ですかぁ」

 参謀・ニアム=レクレナ少尉の呼びかけにも反応しない。あおい瞳の前で、白手袋はめたてのひらをひらひらさせてもダメだ。


 だが、彼は1度や2度完敗したところで、落ち込むようなタマではない――副長・キイルタ=トラフ中尉はもちろんのこと、参謀部全員が一致する見解であった。



 彼は反撃の一手――数あるなかの最善手を模索しているのだ。


 紅い頭のなかでは、敵味方各隊の配置状況、それら指揮官の特性、戦場となる区域の地形に天候……これまで参謀部が集約したあらゆる情報が駆け巡っているのだろう。


 長考に沈んだ上官に対し、部下たちが出来ることはない。たまに、彼の口から言葉が漏れるが、それは断片的な単語に過ぎなかった。合いの手を打とうにも高速回転する頭脳についていける者はいない。


 自然じねん、参謀たちは各々の仕事に戻り、先任参謀はその場に放置された。



 レイスが石像のようになって小一時間――背後に姿勢正しく立つトラフのほかは、参謀見習いのソルとのレクレナがかたわらに座るだけであった。


 赤毛の少女は、両膝の上に丸めた小さな両手を置き、緊張した面持ちで上官を見守っている。一方で、蜂蜜色の髪の少尉は、ニコニコとお茶を楽しんでいた。



 レクレナが、コクリと紅茶を一口飲み下した時だった。


 よし、と一つ息を吐くと、紅毛の先任参謀は口を開いた。

「モグラたたきは、もうやめだ」



 いざ、方針転換か――再び参謀たちが彼の下に集う。


 ゴウラたちが固唾かたずを吞んで見つめるなか、レイスは誰にともなく伝えた。

「騎兵砲を中心に2,000の部隊を組む」


 上官は、また妙手を思いついたらしい。


 部下たちの胸には、局面を打開してくれるであろう発想への期待と、つらい下準備に奔走しなければならないであろう不安が入り混じる。


「何をなさるおつもりで」

 カムハルだけでなく、その部下のニール准尉・ロビンソン軍曹・ムーア曹長等までが、複雑な表情を浮かべたときには、レイスのあおい両目が、きらきらと輝いていた。


「敵の腹のなかに飛び込む!」

 先任参謀の口調は、平和な自領での内勤の折、近所に昼飯でも食べにいくかのようであった。


「腹のなか……ですか?」

 上官のに、部下たちはしばらくついていけなかった。おなか?と、ソルも自分のおへその辺りを見ている。



「……たった2,000で、ですか?」

 ゴウラの問いに、レイスはうなずく。


「この渓谷を飛び超えて?」

 カムハルの問いに、レイスはさらにうなずく。


「敵さんのみやこまでですかぁ?」

 レクレナの問いにまで、レイスは笑みを浮かべてもう1度うなずく。


 部下たちのそうした時差のある問いかけに対し、1つ1つ首肯すると、紅毛の上官は説明を終えてしまった。



 ゴウラたちは、自分の言葉でレイスの提案を反芻はんすうしていくと、その内容の無謀さが現実味を帯びてくる。


 ケルムト渓谷でミーミルやっこさんの相手をしていてもらちが明かない。そこで、わずかな部隊を編成し、一足飛びにヴァナヘイム国の王都・ノーアトゥーンに奇襲を仕掛けるのだという。



「む、無茶です」

「ご、ご再考ください」

「2,000の兵を無駄死にさせるおつもりですか」


 王都は、これまでの城塞都市とは比較にならないほど厚い城壁に囲まれ、少なくない守備兵も配置されている。数千程度の兵馬をぶつけたところで、揺らぎもしないだろう。


 だが、ニール・ロビンソン・ムーア等からの諫言かんげんを浴びても、既にレイスは聴く耳を閉じていた。


 腕を組み、騎兵砲隊の編成に必要な手続きを考えているようだ。


 また小うるさい年寄りたちから許可を得なければならないのが、とてつもなく億劫おっくうなのだろう。


 軽挙を思い止まらせようとする部下たちと、口をへの字に曲げて天を仰ぐ上官の様子を見て、トラフは小さく笑った。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


長考の末に閃いたレイスの次なる一手が気になる方は、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「安逸 上」お楽しみに。


正月気分もまだ抜け切れていないヴァナヘイム国王都・ノーアトゥーンに、突然の轟音が響き渡った。


地響きと爆音の発生源に視線を向けた者たちは、誰もが自らの目を疑う羽目になった。

「と、塔が……」

「に、西の塔がない……」

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