【14-3】ひとすじの赤い風 上

【第14章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

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 蜂蜜色の髪の合間にのぞく後輩のあどけない寝顔――それを見届けると、彼女はそっと洞穴を抜けた。


 表では夜のとばりがやや薄らいでいた。数日間吹き荒れた西風も鳴りを潜め、あたりは静まり返っている。遠雷のような砲声も、この日はついに聞かれなくなった。


 目当てのひとは、夜空を見上げていた。軍服の懐中に片手を入れたまま――。



 今回の数々の失態を理由に、彼女は自身の降格処分を申し出た。蒼みがかった黒髪は、闇夜に溶け込もうとしている。


 その申し出に、彼は困惑しているようだった――首をかしげるたびに、紅髪が暗夜にかろうじて浮かぶ。


 美味しい紅茶が飲めなくなる。

 資料や書物をどこに置いたか忘れる。

 以前会った相手の名前を思い出せない。

 軍議をすっぽかす。

 東都の街で官舎に帰れなくなる。

 そもそも、朝起きられない。


 そういうんじゃなくて――彼は、ああだこうだと御託ごたくを並べることをやめた。


 そして、意を決したように言う。



 お前がそばにいないと困る。



 うつむいていた彼女は、少しだけ肩を震わす。



 彼は続ける。口元から白い息が流れていく。


 火計を予期しながら、その発動を止められなかった責任は俺にある、と。


 だが、こうすれば良かったと悔やんでも、誰が良いの悪いの云々を議論しても、戦死した者はかえらぬし、街は炭化する前には戻らない。


 彼は再び夜空に視線を向けた。そして、ぼそりと漏らす。



 引き続き、俺を支えてくれ。




 はい――彼女も頭上を見上げた。枝葉の切れ間に紅星あかぼしが1つ、わずかに瞬いていた。



***



 ドリス城下の白煙消え去らぬ12月2日、帝国軍第5旅団麾下の小隊が、城塞北西に広がる森で、友軍と思しき生存者たちを発見・保護した。


 隊員たちは、ヴァナヘイム軍の残党狩りのため樹林に分け入ったのだが、そこで味方の将兵と遭遇したのである。


「よく、こんなところで寝られるな……」

 小隊長以下を困惑させるほど、紅髪の将校は洞穴の入口で熟睡していた。軍靴を履いたまま両足を組み、両手を頭の後ろに置いて。


 すぐ脇には、蒼みがかった黒髪美しい女将校が、パリッとした緊張感をまとって立っている。下手な言動すれば、腰の銃に射抜かれそうな鋭さだ。



 驚いたことに、保護された者たちは、先任参謀とその麾下女性将校2名、それに付き従うだけの所属不明の兵卒たちであった。


 指揮命令系統の確立はおろか、武器すらまともに持ち合わせていないのである。どこからか分からないが、城内から脱出した先でヴァナヘイム軍を遠望し、彼等はこの森のなかに退避したという。


 ほどなくして、そのヴァ軍と帝国軍第4・第5旅団の戦闘が始まった。やむなく、それが落ち着くまで、洞穴やせり出した岩場の下で雨風をしのいでいたそうだ。


【14-2】埃を払う

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 彼等はやや衰弱していたものの、いたって元気そうだった。


 背嚢はいのうを有していた者たちが、水と食料を仲間に分け与えることで、渇きと飢えをしのいでいたらしい。


 蜂蜜色の髪の女性少尉が額にガーゼを当てていたものの、これは戦闘や避難の際に負った傷ではないという。


【13-48】消し炭 《第13章終》

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【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイスたちが無事に保護されて安心された方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「ひとすじの赤い風 下」お楽しみに。


そんな彼らに、ひとすじの風が、吹き抜けた。


同時に先任参謀の腰に、1人の少女が抱きついていた。風はこのがピャッと走り抜けたことによるものであった。


無精髭越しに自らの胸元を見下ろすと、それは参謀見習い・ソル=ムンディルであった。従卒姿の肩を震わせてはいたが、腕には力が込められており、決して離すまいとの意思が感じられた。

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