【13-41】火計 3

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

【絵地図】ドリス城塞都市

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330652163432607

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 さかのぼること数時間前――11月29日の陽は傾き、ドリスの街に薄暮はくぼが訪れつつあった頃――足音を潜ませ、軽快に移動する人影があった。


 参謀部(レイス隊)副長・キイルタ=トラフ中尉である。


 本廓ほんぐるわ門前におけるモアナ准将配下の者たちとの押し問答の末、上官・セラ=レイス中佐と後輩・ニアム=レクレナ少尉は、宿舎に連行され、その一室に押し込められてしまった。


 その折、機転を利かせて一行から距離を取ったため、彼女だけは宿所に閉じ込められずに済んでいた。



 西から吹き付ける風が、家々の戸板や窓を叩き、不気味な音を立てている。


 モアナ准将の部下たちが、衛兵だけ残して引き揚げたのを見届けると、彼女は宿所へ忍び寄った。レイスとレクレナを救い出すためである。


 総司令部からの厄介者たちを監視付きの宿に押し込め、モアナの配下たちも油断していることだろう。


 エドラ出立の折、総司令官・ズフタフ=アトロン大将にしたためていただいた書状――参謀部起案「ドリスでの火計を防ぐ手立てを講じた命令書」――は、彼女の背嚢はいのうにしかと保管されている。


 2人を救い出したその足で再度ドリスの本廓ほんぐるわに乗り込み、この書状で准将をひっぱたいてやりたいものだ。



 上官と後輩が閉じ込められている部屋は、3階であった。


 個室が並ぶ簡素な造りの宿所であった。建物の北側(扉のある通路側)は、監視兵4名(1階・階段昇降口に2名、2階・部屋のドア前に2名)に固められている。


 南側(窓のあるベランダ側)に回り込むと、トラフは背嚢を下した。なかからロープを取り出す。


 ここから当該部屋のベランダに投げ込むのだ。先端にはおもりを兼ねたフックが付いており、どこかに引っ掛けることができよう。室内の2人が手すりにでもくくり付ければ、それをつたって脱出することは容易だろう。


 遠心力をかけて投じるべく、トラフはロープを手元でくるくると回していく。



「このまま、ずっとここに閉じ込められてしまうのでしょうかぁ……」


 窓を開けているのだろう、部屋のなかから2人の話し声が聞こえてくる。さすがは我が上官である。部下が救出に戻って来ることを予期しているに違いない。


「こっちにはアトロン爺さんの書状がある。せいぜい今夜だけだろうよ」

 レイスは室内で早くもくつろいでいるようだ。簡易ベッドの上で両手を頭の後ろに組み、仰向けにでもなっているのだろう。


 上官を褒めたたえたことをトラフは撤回する。


「じゃあ、今夜は2人っきりなのですね」


 ――!

 レクレナの声が妙につやっぽく感じられ、トラフの手先で回転するロープがぴくりと反応する。



「副長がいないいまが、チャンスなのですぅ」


「……」

 トラフは背伸びをして、室内をうかがおうとするが、届くわけもない。ロープはいよいよ回転を弱めていく。



「あたし、中佐と2人で、ずっとこうしていたいですぅ」

「……それも、いいかもな」


 ――んな!?

 レクレナもベッドの上で……レイスの隣で横になっているのだろうか。


 急遽、トラフの頭のなかで、ロープの使用方針が変更となった。彼女自身がそれをつかんで、ベランダへよじ登るのだ。



「お、おまえ、今夜は大胆だな」

「あ、あたしだって、やる時はやる女ですぅ」


 会話から2人の距離の近さが分かる。蜂蜜色の髪の少尉は、紅色の髪の中佐の胸元にしなだれかかっているようだ。


「レクっ――」

 声を上げそうになり、トラフは慌てて言葉を飲み込む。建物北側の監視兵に気がつかれてしまっては元も子もない。ロープは完全に止まった。彼女の手もとでだらりと垂れている。



「ちょ、ちょっと待て、それはさすがに……」

「だ~めですぅ。男らしさを見せてください、ちゅーさ♡」


「……」

 もはやベランダからの入室などと、悠長なことをやっている場合ではない。


 トラフは背嚢を打ち捨て、駈け出した。監視兵の存在など糞喰らえだ。ロープを取り落としたことすら気がついていなかった。



 建物の北側、階段を3段飛ばしで駆け上がり、部屋の扉前へとたどり着く。


 そして、トラフは、ドアノブを握りつぶすような勢いで掴むや扉をこじ開けた。


 外に居た監視役の衛兵たちも、突如出現した女中尉――そのあまりの剣幕に、誰何すいかするどころか、近づくことすらできない。



 室内に飛び込んだトラフの視界に映ったのは――。









 カードゲームに興じる、レイスとレクレナの姿であった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


トラフ副長、やらかしてしまったなぁ、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「火計 4」お楽しみに。


「大馬鹿者ッ!!」

せっかくの機会を自ら潰すとは、どういう料簡りょうけんか――宿所の一室では、先任参謀・セラ=レイス中佐による叱責の声が響いていた。


「……申し訳ございません」

キイルタ=トラフ中尉は、上官に対し直立したまま首を垂れるほかなかった。蒼みがかった黒髪が乱れ、額にかかる。

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