【13-36】カイサにて 中

【第13章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429616993855

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 ソル=ムンディル一行がカイサの町に差し掛かったのは、奇遇にもセラ=レイス一行がこの宿場町に入った数時間後のことである。


 現地ドリスの指揮官に相手にされず、後方エドラの参謀部も動きがなく、ソルはシビレを切らした。


 ヴァナヘイム軍が仕掛けを施した城塞都市へ、後続の帝国軍各隊が次々と到着していく――少女は居ても立ってもいられず、ドリス城下を後にしたのだった。



 副長・キイルタ=トラフは、これまでの状況を少女の母国の言葉で、端的に説明していく。


 送ってくれた絵地図をきっかけに、参謀部はヴァナヘイム軍の策――火計――を看破したこと。


 第七旅団長・モアナ准将を動かすべく、彼女たちはドリス城塞に向かっていること。


 総司令官兼参謀長・ズフタフ=アトロン大将の命令書を持参していること。


「中佐もここまで来ているわ」

「えッ」

 旅塵にまみれ、疲労の色が漂っていたソルの表情は、突然生気を取り戻した。


 ――本当に可愛らしい。


 ほのかに頬を染めている様子は、まるでお人形のようである。レクレナをはじめ、参謀部の皆がこのを溺愛してしまう――その気持ちが、トラフにもつくづく分かった。


 可愛いだけではない。少女は、帝国軍の方針を決めるほどの調査をごく短期間でやってのけたのである。軍靴や制帽の汚れからして、さぞや頑張ったことだろう。


 上官や後輩の体たらくに不満を覚えつつ、一人聞き込みをしていたトラフは、「仕事へのひたむきさ」という点で、同志を得たような気持ちになった。



 ドリス城内の様子をすぐに報告してほしい――トラフは少女が乗っていたポニーを衛兵たちに委ねると、ソルの手を取り先導する。


 あの、ちょっと待ってくださ……彼女は何か言っているようだったが、レイス一行が逗留とうりゅうしている宿は目と鼻の先であった。



 しかし、宿に入っても、ソルは何故か先任参謀のいる部屋に入ろうとしなかった。入口の扉の脇にて、はにかみうつむきながら、これまで見聞きしてきたことを伝達していくばかりなのだ。


 ちなみに、報告は母国・ヴァナヘイムの言葉ではない。少女は帝国語が上手になったとトラフは感心する。


「どうして、部屋のなかで話さんのだ?」

 室内の椅子に腰掛けたまま、紅毛の先任参謀は小首をかしげる。距離が離れているうえに、いつもより声も小さく、せっかくの帝国語も聴き取りづらいようだ。


「う、うるさいわね。ろ、廊下は涼しくて気に入ってい……」

 言いきらぬうちにソルは、とくしゃみをした。


 夏場のイエロヴェリル平原ならいざ知らず、11月も下旬にさしかかろうとしている。


 ――寒くないのかしら……あ!


 ここにきて、ようやくトラフは事情を悟った。仕事中毒仲間を見つけた嬉しさに、乙女心を斟酌しんしゃくできていなかった自分を恥じた。


 少女は頑なに入室をこばんだまま、報告を終えた。



 役目を終え、足早に廊下を退散していく少女を、トラフは呼び止めた。


 女中尉はソルの前まで進むと、膝をかがめ同じ目線になった。そして、微笑みながら言葉をかける。

「好きな人の前では、綺麗でいたいものね」


「……ッ!」

 呼びかけられた刹那せつな、少女は両目を大きく見開いた。薄い水色の瞳に散ったアンバーが光を帯びる。


 ――気がついてあげられなくてごめんね。


 あたしは全然気にならないけど……前置きしたうえで、トラフは少女に小瓶を差し出す。

「どうしても心配だったら、あたしの香水を使って」


 「あ、ありがと……ございます」

 消え入るような小声でお礼を言い、少女は香水瓶を受け取った。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ソルの乙女心に本編途中で気がつかれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「カイサにて 下」お楽しみに。


香水瓶を受け取った少女は、小さな鼻先から頬、耳たぶまで真っ赤に染まっている。地肌が白いからだろう、それは髪の色よりもいっそう鮮やかだった。


「あ~~~!!ソルちゃんだぁ~~~~~~!!!」


レクレナ少尉が戻ってきたようだ。どこをほっつき歩いていたのか知らないが、腹を満たしたのだろう。カイサの町に到着した直後とは、声の張りがまるで違う。

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