【プレイバック?⑦】アシイン=ゴウラの小休止

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

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 危機をからくも切り抜けた第18連隊俺たちに、今度は難題が降りかかった。


 満身創痍まんしんそういの帝国北伐軍において、第18連隊も例外ではなく、その機能を失って久しい。


 中隊規模ながら、軍隊としての形を保っていたレイス隊が、やむなく連隊幹部の生き残りを保護しつつ、臨時連隊指揮所を維持していた。



 そんなところへ、北伐軍総司令部からの命令が入る。アンクラ王国との国境付近にある、城塞都市・サマラ――そこに籠る帝国将兵3,000名を救い出せという。



 サマラ城塞には、マスト公爵家の御曹司・アラナン=マスト少将が残されていた。


 北伐軍侵攻当初、同少将の師団がサマラを落としたのは良かったが、ステンカ王国勝勢のいま、周囲の諸都市はすべて取り戻されている。


 この御曹司は、小さな戦功に固執するあまり、周辺都市と共に多くの麾下きかを失い、この城塞から逃げ出すタイミングまでいっしたわけである。


 

 連隊としての体裁すら維持できていない寡兵かへいをもって、敵衆兵しゅうへいに包囲されている城塞から、少なくない味方を救出する――どだい無理な命令であった。


 北伐は完全なる失敗である。総司令部としては、公爵家の御曹司を見殺しにしたという更なる減点は、回避したかったに違いない。


 たまたま、サマラの近くに居た第18連隊が、貧乏くじを引いたというだけだろう。


 

 どれほど馬鹿げた内容でも、命令は命令である。軍人である以上、それに従わねばならない。



 その時、・セラ=レイス中尉が、むくりと起き上がった。



 とは思えぬほど、彼のキレ味は鋭かった。その頭脳からは、流れる大河のごとく、智謀がき出してきた。


 川面かわもに流した材木を川下で組み立てるがごとく、無理難題の解決に向けて、作戦のパーツが組み上がっていく。


 こうして、臨時連隊司令部では、サマラに籠る友軍救出に向けて、作戦の骨子が出来上がった。


 これが、あの居眠りばかりのナマクラから紡ぎ出されたものなのか――冒険小説を読んでいる時よりも、剣劇を観ている時よりも、胸が躍動感を覚えていく。


 それは、男の俺でも魅せられるものであった。フイン伯父さんを魅了した「セラ=レイスの知恵」とは、これか。




 無謀な課題を解決するには、無理な前提を組み込まねばならない。彼は作戦の肝に、自然現象を取り入れていた。


 間もなく379年11月も下旬にさしかかる。気温の急落とともに、この地に流れる大河・ヴォルガから、大量の霧が発生しやすくなるのだ。


 は、異国の見ず知らずの土地でも、気候現象を把握していた。



 要は、濃霧に紛れて、要塞の仲間を救い出そうというものだった。



 だが、自然は、計算どおりには動かない。


 作戦の大前提が崩れることは――振り出しに戻ることを意味した。



 既に1度、仕切り直しを余儀なくされている俺たちに、自然現象は無情だった。


 2度目のサマラ城塞に近づくにつれて、前回よりもさらに早く、雲間から太陽が顔を出し始めたのである。


 霧にとって陽光は天敵だ。俺たちを包んでいた白い幕は、足元から瞬く間に流れ消えていく。行軍速度を速めて前進を試みたものの、ひと時も経つと、文字通り霧散してしまった。



 連隊崩れの俺たちが、隠れみのなしにこれ以上進んだところで、ステンカ王国軍に城塞もろとも咀嚼そしゃくされるだけだろう。



 ここで再び撤収を余儀なくされれば――。


 当然のことながら、総司令部から浴びせられる罵声の音量は、前回の比では済まないはずだ。


 何より、城塞内の味方の士気は、いよいよ阻喪そそうするだろう。


 また、立て続けの接近と後退に、謀略・計略にうといステンカ王国軍といえども、こちらの意図に気が付くはずだ。


 ここで再び撤収を余儀なくされれば――次(3度目)は、作戦成功の可能性は著しく落ち込むだろう。



 だが、悔しさを噛み殺すかのように、は即断しする。

「……帰ろう。帰ればまた来られるから」



 哀愁ただよう彼の後ろ姿に、不覚にも俺は惚れ惚れとさせられちまった。


 副長殿の心を奪ったのも、これか。




 ちなみに、が練りに練った作戦は、自然現象だけを頼りにしていたわけではない。


 レイス隊は、隊長の稼働をきっかけにして、たちまち、サマラ救出作戦に向けての準備が始まった。


 不思議なもので、誰もが敗残の身の上を、ひと時忘れたような表情をしていた。



 小道具も数多用意された。

 

 師団以上に使用が許される、黄金獅子の旗のもその一環であった。


 ステンカ王国軍に追撃を受けた場合を見越して、使えうる火器はすべて最後尾に配置する。そこで、「深紅の下地に黄金の獅子咆ゆる」戦旗を掲げるのだ。


 濃霧を割いて飛来する予想以上の弾幕に加え、もやの向こうに翻る黄金獅子――俺たちを、実数よりもはるかに多く見積らせることで、敵の追撃の意思を鈍らせる狙いだ。



 常日頃、トラフ副長の仕事をすべて許可するレイス隊長だったが、彼女がこしらえた黄金獅子だけは、採用を却下した。


 鋭利な耳まで赤くしてうつむいた副長の肩越しに、彼女のが見えた。


「……」

 贔屓目ひいきめ著しい俺の視点からも、それは、可愛らしい豚さんにしか見えなかった。



***



 ――ふ、副長殿!?軍議は終わったのだろうか。


 いつの間にか、陽はとっぷりと暮れていた。


 部屋の外では、キイルタ=トラフ中尉が、いぶかしげに左右の眼の形を変え、こちらを見据えている。


 彼女は、筒型カンテラを所持していた。その蓋を器用に開け閉めしては、こちらに発光信号を送ってくる。


 

 誰が


 そのような


 昔話を


 しろと


 命じたか――。



 カンテラの火に映える度に、彼女の灰色の瞳は冷たい光をたたえた。






【作者からのお願い】

この先も「アシイン=ゴウラの小休止」は続くと思います。


北の大陸でのレイスの作戦に興味を持ってくださった方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ゴウラたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「【プレイバック⑧】アシイン=ゴウラの小休止」お楽しみに。


トラフ副長が、プレイバックの軌道を修正してくれました(これで、ひと安心)。


サマラ撤退作戦については、残念ながらここまでとなります(これ以上継続すると、ゴウラの身の上が危うくなるので……)


次回からは、本来の目的たる、対ヴァナヘイム軍戦を振り返ります。


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