【8-21】逡巡 下

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【イメージ図】イエロヴェリル平原の戦い2

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139555192694800

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 猛将・アルヴァ=オーズ中将麾下各隊は、総司令官・アルベルト=ミーミル大将による命令により、本来の積極性を封じられた上に、帝国軍の敗残兵による老獪ろうかいな戦術により、消耗戦に引きずり込まれている。


 7月24日19時30分、オーズは雄叫びをひとつ挙げると、それまで部隊後方で待機させていた予備隊の投入を命じたのだった。


 ミーミル総司令官が手配し、新たに応召された失業者と政治犯の混成隊である。寄せ集めの部隊ではあるが、後方に控えていたため疲労の度合いが少ない。


 新手を含めた総攻撃を許したわけである。これには、帝国軍もたまらないようだった。


 周囲をすべてヴァナヘイム軍に囲まれ、圧殺されようとしている。その様子はまるで、ヘビネズミを丸呑みし、腹の中で締め付けているかのようであった。



 しかし、このオーズの決断は、後方を進む各隊指揮官たちからの非難の的となった。


「こんな狭いところで、総力展開を行うとは、あのイノシシは何を考えているのだッ」

 理知的な第2師団長・エーミル=ベルマン中将ですら、怒気を表に出したほどである。


 オーズ隊による包囲網展開は、山間の広くもない廃村で行われた。


 当然のことながら、街道は兵馬によって完全に遮断されたのであった。


 後続のヴァナヘイム軍が、戦場を離脱した帝国の部隊を追撃しようにも、味方に進路をふさがれ、身動きが取れない状態に陥ったのである。


 ベルマン中将・アッペルマン少将等、後続の将軍たちから、総司令部のアルベルト=ミーミル大将の元に、オーズ中将への苦情が殺到したのも当然であった。



 味方の流れをき止めてまで、総力展開を行ったオーズ麾下各隊であったが、一気呵成かせいに決着がついたわけではなかった。


 ヴァナヘイム蛇に丸呑みされた帝国鼠は、その後も胃壁に噛みつくなど、腹中で執拗な反撃を続けたのである。



 結局、オーズ隊がレディ・アトロン隊を殲滅せんめつするまで、さらに2時間近くも要したのである。


 オーズ隊が腹のなかに抱えた敵をすべて消化した時、想定の2倍に及ぶ時間と、屠った敵の3倍以上の犠牲を計上したのだった。



 咆哮狼の戦旗翻る後方の総司令部では、ローズルたちがオーズ隊ほか前線の各部隊にさらなる追撃を命じようとしていた。


 ところが、ミーミルはそれらを片手で制した。

「……引き揚げの合図を」


「引き揚げですと!?」


 驚きを隠しきれない副司令官に、総司令官はゆっくりと口を開いた。


「帝国の2部隊のほとんどが、この廃村での戦いで滅してしまった」


 くだんの2部隊が、後方の帝国本隊に逃げ込む際の混乱に乗じて、ヴァナヘイム軍は突入をかける作戦だった。


 だが、それも果たせなくなったのだ。また、

「この数日で、我が軍は想定外の損害を受けた」


 イエロヴェリル平原につづいて、この名もなき廃村での戦闘で、多くのヴァ軍の兵馬が傷ついた。再びケルムト渓谷に戻り、態勢を整えるべきだろう。それに、


「間もなく10時を回る」


 もちろん昼ではなく、夜のだ。戦闘終了の目安となる日没はとうに過ぎていた。


 あれだけ大地と両軍を照らし続けた太陽は、暑気を残し、西の山向こうへ姿を没して久しい。


 戦場の上空を舞っていた大きな鳥も、いつの間にかその姿を消している。


 しかも折悪く、この日は新月であった。カンテラを消せば、たちまち闇に包まれる。


 慣れない土地での暗夜行軍は禁忌である。道に迷うどころか、同士討ちの恐れもあると、兵書でも固くいましめている――。



 結局のところ、ミーミルは1度採用しかけた、敵本隊に決戦を挑む積極策を諦め、谷底に潜んで守りを固める消極策を採ることになったのである。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


「消化」されてしまったレディ・アトロンや、戦場を離脱したレイスの安否が気になる方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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オーズたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「敗走 上」お楽しみに。

フェイズは再び帝国軍へ……。


誰しもが、連戦による疲労の極み、怪我による体力の限界が迫っていた。次々と兵士たちが膝をつき、倒れ、動けなくなっていく。


動けなくなった負傷兵は、比較的健常な将兵によって水や食料を奪われると、容赦なくその場に捨てられたのである。


歩ける者にも、落伍者を介抱する余力は、残っていなかったのだ。

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