【8-19】時間の流れ 下
【第8章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044
【組織図】帝国東征軍(略図)
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682
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ヴァナヘイム軍に追いつかれたアトロン連隊は、劣勢を余儀なくされていた。
砲弾が落下しては、家屋の残骸と土砂、それに死体の手や足を巻き上げた。
遮蔽物が取り除かれると、そこへ銃弾が集中し、レイス隊兵士たちを次々と撃ち抜いて行く。
廃村のあちこちで、肩から先や首から上を射抜かれた兵士たちがバタバタと倒れ、力なくうずくまる。
ヴァナヘイム軍の先鋒・アルヴァ=オーズ中将の迫撃は苛烈を極めた。
攻勢を許してからわずか半時の間に、レディ・アトロン、レイス両隊は、3分の1まで撃ち減らされていたのである。
両隊に身を寄せていた兵たちは、前日までの戦闘で負った傷も何もなく、全身に銃弾を浴び
廃屋の石壁の陰では、紅毛の青年将校が腕枕をして、地面に横になっていた。
まるで子どもの頃のように、ふてくされた表情を目撃し、思わず黒髪の副官は吐息を漏らした。
彼は、軍服のなかに右手を入れ、懐中時計をもてあそんでいた。時計の蓋を開けては閉め、思考のリズムをとっているようだ。
銃弾と砲弾が飛び交うなか、金属のかすかな音は、本人の耳にしか届いていないだろう。
7月24日17時40分、アトロン連隊指揮所からの命令系統が途絶えた。砲弾の落下により断線したのだろう、電話をかけようにも、不通のままである。
「これじゃあ、どうにもならん」
怒りと諦めがバランスよくブレンドされたセラ=レイスのぼやきを、傍らにかがむキイルタ=トラフがぶつけられた時だった。
再び付近に砲弾が落下し、2人は頭から土をしたたかにかぶせられた。
土砂に視界を奪われた黒毛の副官は、眼を閉じた。
敗戦を経験したのは4年ぶりだろうか。
あの時――北の大地でステンカ王国軍の猛攻にさらされた時に比べれば、恐怖というものはあまり感じない。
ひときわ敵の喚声が強まった。
「……ここまでか」
紅毛の上官は、口に入った土を吐き捨てると、腰から拳銃を外しながらつぶやいた。
「お供します」
この期に及んでも、トラフはいつもどおりの淡々とした口調を心がけた。
黒髪の間に入った土を両手で払いながら立ち上がると、留め具が外れ、背中まで長い髪が広がった。
傍らの紅毛の上官が何か言おうとしているにも関わらず、彼女は素っ気なく続ける。
「死ぬつもりなんて、ないのでしょう」
「……」
レイスは、ばつが悪そうに黙り込んだ。
引っ込みがつかなくなったのだろう、人差指をトリガーガードに通して、拳銃をくるくると回し始めている。その表情では、自信よりも愛嬌の方が勝っていた。
「ここから逃げ出すお供をします」
トラフは言い直した。
同時に、彼女は伝令を呼び鋭く命じる。
「総員着剣ッ。白兵戦用意」
伝令兵たちが復唱しながら左右に散っていく。
もはや200名にも満たないだろうが、アシイン=ゴウラ・アレン=カムハル・ニアム=レクレナ以下、全軍の将兵たちが前かがみになるのが伝わってくる。
ここまで敗勢明白な状態でありながら、なお命令が行きわたる部隊など、帝国中を探してもそうは見つからないだろう。
――彼らをこんなところで、これ以上失うわけにはいかない。
今後、紅毛の上官の地位を押し上げていくためには、なおさらだ。
トラフは灰色の瞳を細めて、隣接展開するアトロン隊を見つめた。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「逡巡 上」お楽しみに。
激戦のさなかですが、フェイズはヴァナヘイム軍へと目まぐるしく移ります。
麾下に白兵戦闘の準備を命じるべきか否か――。
ヴァナヘイム軍の猛将・アルヴァ=オーズは、らしくもなく迷っていた。
廃村に拠る敵の反撃は、いよいよ弱まっている。このまま力技に持ち込み、敵を屠ることは容易であろう。
だが、総司令官からの命令は、眼前の敵を「殲滅してはならない」とのことだ。帝国軍を生かしてこの戦場から離脱させねばならない。
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