【8-20】逡巡 上
【第8章 登場人物】
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麾下に白兵戦闘の準備を命じるべきか否か――。
ヴァナヘイム軍の猛将・アルヴァ=オーズは、らしくもなく迷っていた。
廃村に
だが、総司令官からの命令は、眼前の敵を「
この猛将は、よく言えば一本義、悪く言えは単純な性格だったため、こうした小細工には不向きであった。
オーズは右目元の古傷をゆがめ、天を仰いだ。
空には、大きな鳥が一羽、ゆったりと旋回していた。それは、人間たちの織りなす行為をあざ笑っているかのようだった。
指揮官のためらいそのままに、ヴァナヘイム軍は、最前線の攻撃が散漫となり、一部の部隊は、予測した敵の逃走路に向けて、歩み出したのである。
7月24日18時30分、攻撃の手を緩めたヴァ軍各隊の動きが、目に見えてちぐはぐとしたものになった時だった。
帝国軍の2部隊のうち、兵数の多い方――「黒コガネ」戦旗側が、突如としてヴァ軍の脇腹に猛烈な一斉射撃を浴びせて来たのである。
同時に、赤3つの信号弾が上がる。しかし、帝国軍の暗号解読は進んでいないため、オーズ以下ヴァナヘイム軍の将校には、その信号の意味が分かる者はいない。
「黒コガネ」の攻撃は、
先刻までの銃撃戦で、その多くを殺傷された者たちとは思えぬほど、銃弾という銃弾、砲弾という砲弾すべてを、ヴァ軍の側面一点に向けて撃ちこんで来たのである。
まるで、
帝国軍は衰弱していくように見せかけて、ヴァ軍の先鋭をやり過ごし、その脇腹が目の前に来るのを待っていたのである。
その時が来ると、彼らは最後の攻撃に打って出た。
弾薬の残量など、もはや考えないかのような蛮勇ぶりである。
こうした帝国兵の動きを、オーズはこのタイミングになるまで気がつかなかった。
敵の指揮官と思しき女将校が、軍刀を振りかざしている姿も遠眼鏡越しに確認された。
信じがたいことだが、この時、
ヴァ軍の後退について、指揮官の
猛将・アルヴァ=オーズに率いられたこの部隊は彼の手足であり、また、彼の存在こそ心臓であったのだ。
ヴァ軍のそうした動きを尻目に、帝国軍2隊の内、もう一方の小部隊――「大砲に金貨」が戦場からの離脱を始めた。
「やつらの追撃を開始せよッ」
「駄目です、マルデル隊の懐に入られた帝国兵に、これ以上えぐられては、我が隊の損害も無視できないものになります」
オーズ中将の怒声は、歯ぎしりによって中断した。
ヴァ軍が踏み込もうとするも、横腹に刺さった帝国のいち連隊というナイフのために、前進すらおぼつかないのだ。
「ここが死に場所」と決めたかのように、帝国軍の抵抗は執拗だった。
これまでの戦いぶりからして、敵の女指揮官は相当な腕の持ち主のようだ。包囲の輪を縮めようとするヴァナヘイム軍は、時間の経過とともに死傷者数を計上するばかりである。
戦場の地形もヴァナヘイム軍に災いした。
帝国軍が拠る廃村は、
総司令官の若造により、本来の積極性を封じられた上に、帝国軍の敗残兵ごときに消耗戦に引きずり込まれていることに、オーズは
「ヘイダル隊、損害が500名を超えました」
「ブリリオート隊、死傷者が800名を超えた模様」
猛将の焦慮などに構うことなく、彼の気持ちを逆なでするかのような報告ばかりが、次々と舞いこんでくる。
7月24日19時30分、オーズは雄叫びをひとつ挙げると、それまで部隊後方で待機させていた予備隊の投入を命じたのだった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
猛将オーズの破壊力は、自由に暴れさせてこそだな、と思われた方、
レディ・アトロンの指揮能力はさすがだな、と思われた方、
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オーズたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「【イメージ図】イエロヴェリル平原の戦い2」を掲出します🗺
以下のような戦場の呼吸を、ご体感ください。
衰弱していくように見せかけて、ヴァ軍の先鋭をやり過ごし、その脇腹が目の前に来るのを待っていたアトロン隊。
「ここが死に場所」と決めたかのような、アトロン隊の執拗な抵抗。
寡兵の帝国側が、衆兵のヴァナヘイム軍をじりじりと押しはじめた様子。
横腹に刺さった帝国のいち連隊というナイフのために、前進すらおぼつかないヴァ軍の様子。
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