【8-18】時間の流れ 中

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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 帝国軍アトロン連隊は、帝国本軍へ合流するため、西へ向けて後退に後退を重ねていた。しかし、負傷兵の足取りは重く、廃村にさしかかると進軍を停止する。この日、何度目かの休憩をとるためである。


 水は何とか確保できそうだった。古井戸を囲んだ負傷兵たちから、ほっとしたような歓声が上がっている。


 セラ=レイス少佐は、朽ちた石壁に背中を預けると、水筒を開け、水を一口喉に流し込んだ。


 太陽は西に傾きはじめていたが、その勢力は弱まってはいない。付近の山々は強い陽光にさらされ、赤茶けた岩肌を色濃くしていた。


 すっかり姿をやつした灌木かんぼくに飽き、酷暑の空を見上げると、大きな鳥が一羽、ゆったりと旋回している。


 帝国軍とヴァナヘイム軍の営みを除けば、顧みられることのない廃村と無機質な岩肌に、この地に生を受けた動植物……本来の時間の流れがそこにある。



「砲兵隊を先行させました」

 土埃つちぼこりに軍服を汚したキイルタ=トラフ中尉が、上官の命令を遂行したことを告げに来た。


「砲兵は何人やられた」


「12名です」


「12人もか……」

 紅毛の少佐は、再び天を仰いだ。


 メンテナンスに必要な専門知識から、複雑な弾道計算まで、砲兵を一人前にするには多くの時間と労力が必要になる。その損失はあまりにも痛手であった。


 ――これ以上の犠牲を被るわけにはいかない。


 レイスは、レディ・アトロンに無断で、生き残った貴重な砲兵と高価な新鋭大砲を、先に避難させることにしたのだった。


「……随分と戻りが遅かったな」


「……」

 副官は灰色の視線を乾いた地面へと落としている。


 レイスは空を見上げたまま続ける。

「出来ぬことを、大佐に約束してきては駄目だぞ」


「……ご存知でしたか」


「なんのことかな」

 レイスは、上空を舞う鳥からようやく視線を下げた。


 土煙のようなものが彼の視界に入ったのと、見張り兵の絶叫が彼の耳に届いたのは、ほぼ同時だった。


「敵襲ッ」



 ――やはり追いつかれたか。


 敵の動きは、レディ・アトロンの予想を大幅に上回る速さであった。


 明後日7月26日の10時どころか、本日15時に追いつかれるとは――レイスは舌打ちすると、部下たちを招集した。




 ヴァナヘイム軍は、銃騎兵から先に追いついたようだ。彼らは一定の位置まで来ると、呼吸を合わせたように馬から降り、次々と伏射の姿勢を取り始める。


 7月24日15時10分、エリウ=アトロン大佐は、廃村の建物跡や崩塀に拠っての迎撃戦展開を命じた。


 たちまち、両軍の間で銃弾の応酬が始まる。


 序盤こそ、遮蔽物に身を隠した帝国軍がやや優勢に戦闘を進めた。しかし、ヴァ軍は続々と後続部隊が追いつきはじめ、次第に勢いを盛り返す。


 とりわけ、ヴァ軍の銃騎兵は下馬してもその統率は乱れなかった。レディ・アトロンの励声も、一糸乱れぬ射撃音に押し流されていく。


 2時間もすると小銃の送弾数において、帝国軍は圧倒されるようになっていた。


 さらに、ヴァ軍は騎兵砲まで投入したようだ。緩慢ではあるが、銃弾に交じって大口径の砲弾も飛来する。


 アトロン連隊は、得意とする戦術について、完全にお株を奪われる形となった。火砲の運用により、反撃の力を弱められたところに、小銃の全面攻勢を許したわけである。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


帝国本軍の下へ逃げ込む前に、レイス一行は敵兵に追いつかれてしまいました。

得意とする戦術も模倣されてしまって、大丈夫かと思われた方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「時間の流れ 下」お楽しみに。


「これじゃあ、どうにもならん」

怒りと諦めがバランスよくブレンドされたセラ=レイスのぼやきを、傍らにかがむキイルタ=トラフがぶつけられた時だった。


再び付近に砲弾が落下し、2人は頭から土をしたたかにかぶせられた。

土砂に視界を奪われた黒毛の副官は、眼を閉じた。

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