【8-17】時間の流れ 上

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【組織図】帝国東征軍(略図)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927862185728682

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「オーズ中将以下、左翼各隊の再出撃準備、整いました」


 7月24日午前6時30分、副官からの報告に、ヴァナヘイム軍総司令官・アルベルト=ミーミルは、大きくうなずいた。


 朝だというのに、この日もうだるような暑さが始まりつつあり、副官、総司令官とも早くも汗にまみれている。



 ――左翼各隊の被害は予想以上に大きく、再編成と補給に想定以上に時間を要してしまった。


 もっとも、そうした認識は、総司令官だけのものであったのかもしれない。


 総勢3万もの部隊の補給と再編である。通常であれば丸2日、48時間はくだらないところを、この男は16時間たらずで成し遂げてしまった。



 彼は、中軍とともに補給部隊も渓谷から平原に繰り出している。


 そこでは、補充すべき兵馬・弾薬・糧食とも、あらかじめ各部隊規模に合わせて、個別に用意させていた。


 さらに、被害想定を3つ――軽傷・中等傷・重傷――に分けて対応できるようにもしていたのである。


 それは、「軽傷」を軸に、補充する人馬物資を厚くしていく仕組みである。当然のことながら、後者になるにつれてその量は多くなる。


 実際に、左翼が被った損害は「中等傷」であったが、事前に用意されていたそれら人馬物資の補給を淡々と進めるだけで良かった。


 医者の診断に基づき、薬を処方する様子に似ているかもしれない――この「症例別補給法」について、ミーミルは大して面白くもない比喩を用いた。


 副司令官・ローズル以下幕僚たちは、理屈こそ分かるが、実戦でやってのけたという事実と、その迅速さに驚くほかない。



「オーズ将軍に伝えよ。『追撃隊を先行させよ』と」

 命じながら、ミーミルは改めて腕時計を確認する。


 日没まではあと12時間――帝国軍の敗残兵に追いつくころには、残り4時間ほどになっているだろうか。


 我が軍先鋒の勢いを鈍らせた例の帝国2部隊は、昨夜のうちに自らの野戦陣地を放棄すると、友軍の生き残りを守りつつ、平原を退いたという。


 だが、この炎天下である。負傷兵を多く抱えながらでは、さしもの2部隊もそう速くは逃げられないだろう。


 彼らは、退却時間を十分に稼ぐことに成功したものと認識しているはずだ。


 帝国軍本軍に合流するまで、我が軍に追いつかれることはないと信じ込み、ゆるゆると後退の歩を進めていることだろう。


 ――したたかに出血を強いた相手が、まさか通常の3分の1の時間で補給を終えたとは思うまい。



 敵本隊に決戦を挑むか、再び守りを固めるか――。


 先に逡巡しゅんじゅんした2つの方針のうち、アルベルト=ミーミルは、決断を下したのである。前者を採ろう、と。


 己の迷いを断ち切るようにして、若き総司令官は黒鳶色くろとびいろの頭をゆっくりと左右に振った。



 この朝、彼は積極策の採用を決めると同時に、騎翔隊の投入も命じたのであった。


 ブレギア宰相・キアン=ラヴァーダは、複数の騎翔隊をもって帝国軍の補給線を各所で遮断するだけでなく、この戦場にも一定の数の騎兵を派遣してくれたのである。


 軽砲を引く騎兵砲部隊も含まれているとっておきだ。「黒コガネ」に「大砲金貨」の旗印――敵の小癪こしゃくな2部隊によって、浅くはない傷を負ったオーズ軍団に、それらは充てがわれた。



 ミーミルは、水をひとくち含み渇きを潤すと、指示を追加する。


 完全なる勝利を手にするために。



「帝国軍は、例の2部隊を最後尾に退却を続けているはずだ。ヤツらを殲滅せんめつしてはならない。生きぬように、死なぬように追い込んで行け……」


 総司令官は、後退する敵右翼敗残兵の粉砕が目的ではないという。


「……そしてヤツらが帝国本軍のもとへ逃げ込むのと同時に、我が軍もそこへ突入するのだ」


 例の2部隊が、後方の帝国本隊へ合流するタイミングで、ヴァナヘイム軍も殴り込もうというのである。


 猛将の下に付けた草原の国の騎馬隊は、より早くくだんの2部隊に追いつくことだけでなく、敵の本隊へ突撃する際、切っ先としての働きも期待されていた。



 平原まで前進していたヴァナヘイム軍総司令部から、慌ただしく伝騎が走り出していく。


 こうして、7月24日午前7時、総司令官の意を汲んだ左翼オーズ軍団からは、騎翔隊が奔流のように飛び出し、追撃を開始した。



 レディ・アトロンの想定より、32時間も早い進発であった。









【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


3分の1の時間で補給を終えたミーミルが恐ろしいと思われた方、

レディ・アトロンの計画崩れが心配な方、

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「時間の流れ 中」お楽しみに。

フェイズは帝国アトロン連隊へ。


「……随分と戻りが遅かったな」


「……」

トラフは灰色の視線を乾いた地面へと落としている。


レイスは空を見上げたまま続ける。

「出来ぬことを、大佐に約束してきては駄目だぞ」


「……ご存知でしたか」


「なんのことかな」

レイスは、上空を舞う鳥からようやく視線を下げた。

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