【7-5】蹄の印 中

【第7章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428974366003

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

【世界地図】航跡の舞台

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860607993226

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「……ブレギアだ」

 いつになく厳しい口調で、レイスは断言した。


 北原にある馬の名産国ブレギア――その名を耳にして、トラフは少しだけ首をかしげた。


 彼女が周囲を見やると、ゴウラやカムハル、それにレクレナも、戸惑った様子で顔を見合わせている。



 上官が指し示す先に、1頭の軍馬が死んでいた。


 ヴァナヘイム軍はもちろん、帝国軍のものよりも体格が頑健で毛艶けづやも良さそうだ。


 背に負ったくらは、帝国軍のものよりも小さく、前後が高く造られている。


 帝国のものよりも後方――鞍のほぼ中央――から下げられたあぶみは、棒状ではなく円形であった。


 驚いたことに、腹帯は動物の毛を織り込んだものが用いられている。


 馬具に見られたそうした特徴は、すべて草原の民族特有のものであった。



 さらに、カンテラの光を近くにかざすと、それら鞍や鐙には、ひづめの印が確認できた。


 ブレギアのマナナン社を示すマークである。


 マナナン社は、ブレギア国の名宰相キアン=ラヴァーダが立ち上げた国策会社である。


 安価で実用的な鞍や鐙など、馬具の製造に力を注いでおり、同国内シェアの8割を占めるまでに成長していたはずだ。



「……うちの輸送隊を襲い続けていたのは、ブレギアのやつらだったのか」

 ゴウラは、驚嘆と恐怖が入り混じった固唾かたずを呑み下した。


 圧倒的な機動力と高い戦闘力、それに行き届いた統率力を誇る騎兵部隊――。


「先ほどは追撃をしなくて正解でしたぁ……」

「確かに……この程度の兵力と軽装備では、こちらが全滅するところだった」

 レクレナとカムハルが、今度はひきつった顔をお互い見合わせている。


 帝国輸送隊を襲撃していたのは、ブレギアの誇る「騎翔隊」であったという事実に、この場の全員が納得したのである。



 急いで出動してきたレイス隊は、虎の子の野砲を牽引けんいんしていない。


 だが、たとえそれを持ち合わせていたとしても、この暗夜である。まともに発砲することも難しいだろう。



 そうした部下たちのやり取りをよそに、レイスは1人沈思していた。


「ほかにも気になることがおありでしょうか」

 トラフは寒気を覚えていた。夜風をきらい、軍服の首元を白い指で押さえながら、上官に問いかける。


「ブレギア国とヴァナヘイム国は、長年敵対してきたはずだ……」


 レイスは、自分の考えを整理するように言葉を継ぐ。


「……ヴァナヘイムの危機は、ブレギアにとって好機のはず」


 だが、ブレギアはヴァナヘイムではなく、この帝国を相手に仕掛けてきた。


「まさか……」


「ああ、そのまさかだ」


 ――ヴァナヘイムとブレギア両国が手を組んだというの?

 トラフは、軍服の襟元えりもとを締める右手に、さらに力を込めた。


 しかし、寒気を覚えるのは、夜気のせいではないことに、彼女は気が付いている。


 生き残るためには、建国以前から対立してきた隣国だろうと、この戦争に巻き込んでいく――旧態依然きゅうたいいぜんとしたヴァ国にしがみつく重臣どもから、このような発想が生まれようはずもない。


「おそらく、あの男だ」

 このような方針を思いついたのは、あの若き総司令官ではないのかと、レイスは指摘する。


 ヴァ軍が布陣を劇的に改め始めた頃合いと、帝国の輸送隊が襲撃を受け始めた時期は、一致する。


 むろん、現場の指揮官に外交を担う権限がないことなど、レイスは百も承知している。


 しかし、有事である。


 ヴァ国の中枢に居る者のなかに、現場からの要求に理解を示す者が出てきたら、そのような前提は簡単にくつがえるのではなかろうか。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


草原の国ブレギアの参戦に驚かれた方、

おいおい、帝国はヴァナヘイム・ブレギア、両国を同時に相手にできるのかよ、と思われた方、

ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「蹄の印 下」お楽しみに。


帰営後、セラ=レイス少佐からの報告を聞いても、エリウ=アトロン大佐は、形のよいまゆに微妙な角度を生むばかりだった。


「ブレギアとヴァナヘイムが軍事提携だと?」

「貴官は、この暑さで頭をやられてしまったのではないかね?」

エイグン=ビレー、ゲイル=ミレド両将軍とその幕僚たちのなかで、事態の深刻さに気がついた者はいなかった。

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