【5-16】少女の冒険 ⑩ 蟄居

【第5章 登場人物】

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「今日の醜態しゅうたいは、一体何なのだ!?」


 審議会でのを終え、王都の屋敷に戻ったソルを玄関ホールで出迎えたのは、嚇怒かくどした実父・ファーリであった。


 どうして、国政審議の場に登壇できたのか。

 その服はどこから手に入れたのだ。

 その前に、どうやって、あの薄汚い売国奴と知り合ったのか。

 反戦論など奴らから吹き込まれたのか。

 あのような口穢くちぎたない言葉を吐いて、嫁の貰い手が減ったらどうするのか――。


 父は娘をどこから叱ってよいのか、もはや整理がつかない様子だった。



 娘を国許に送還してやろうと、ファーリはヴァーラス城宛に娘を迎え入れる準備をするよう電報を打っていた。


 しかし、留守居を預かる祖母・マニィからの返電は、簡潔なものだった。


 オクルニオヨバズ。



『ヴァーラス領の少女の唱える避戦論に一理あり』

 ヴァナヘイム国内の新聞数紙は、翌日の朝刊に彼女の答弁を掲載した。「中立な視点」が売りのノーア日報は、少女と代議士の応酬全文に紙面を割いている。


 孫娘が審議会の演壇に立ち、同郷の皮相浅薄ひそうせんぱくな代議士を言い負かした――それを知った祖母は、豪快に膝を打つと、新聞を掴んだままロッキングチェアから立ち上がり、叫んだらしい。

「こいつぁ、痛快じゃないか!!」

と。


 ヴァーラスへ送り返すこともできず、実父は娘に対し、王都の屋敷にて自室蟄居ちっきょを命じるほかなかった。



 だが、そうした世論の追い風も、長くは続かなかった。


 かつて、農務大臣が少女に語ったように、この国の大多数の者は帝国との戦争を欲していた。


【5-9】少女の冒険 ③ 農務大臣

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 小難しい国力差など、誰もがすぐに忘れた。


 審議会の失政から景気の行き詰まりまで、帝国とのドンパチを始めれば、すべてが打開すると思い込んでいた。


 ヴァナヘイム国の民の気質は、熱しやすく激しやすい上に、単純だった。



 少女が審議会の壇上で訴えたことは、徒労に終わった。

 

 帝国避戦論は行き渡らず、友人とその家族の行方も閉ざされた。



 少女は、落胆した。




 数日後、父・ファーリは、娘・ソルが蟄居している部屋を訪れた。


 娘の徒労をあざけるような態度は、まるで民衆代表を気取ったようであり、若作り代議士の仇を討ちにきたかのようでもあった。


 いつもなら適当に受け流す実父の説教に、口答えしてしまったのも、そうした勢いからであった。


 父は、上辺の情報に踊らされる多数派であった。


 自国と帝国との国力差などに、彼は耳を傾けようともしなかった。帝国避戦など頭の片隅にもなかったようで、娘のを再び耳にした途端、怒りを呼び覚ましたようだった。


 ヴァーラス領が、ムンディル家が、一致団結して国家に貢献しようというなか、娘はを気取り、いたずらに反戦論を振りかざしているように思えたのだろう。


「売国奴どもへ賛同するかのような戯言を2度と唱えてみろ、たちまち勘当してやる」

とまで、父はまくし立てた。


 挙句、女が政治や軍事のことなど考えるな、と嘲笑あざわらうのだった。


 まるで反省の見られない娘を、引き続き部屋へ閉じ込めておけと執事に命じると、ファーリは小気味よさげに、愛妾宅への馬車に乗り込んでいった。


「……」

 ソルは実父に――旧態依然とした貴族の思考に――失望した。


 その夜、家人がみな自室に引き揚げたのを確認すると、彼女はお気に入りのボンネットをかぶりケープコートを羽織るや、夜闇も寒気も恐れず屋敷外へ飛び出した。


 そして、最終の軽便汽車に飛び乗ったのである。



 高調子の汽笛を鳴らして、小型機関車が粉雪と共に走り去ると、郊外の駅は暗闇に包まれた。


 焚火にが吹き溜まる深夜の王都郊外を、上質な衣服を身にまとった少女1人が歩くのは、無謀であった。


 しかも、ヴァーラスで評判の美少女である。飢えた狼の群れに、ウサギを1羽放つのも同義であったろう。


「女だ」


「ガキだが飛び切りの上玉だぞ」


「随分と身なりの良いお嬢様だこと」


「たんまりと引き出せそうじゃないか」


 性欲のはけ口を求めていたゴロツキどもや、強請ゆすりたかりしか頭にないたちは、降って湧いたような獲物に、たちまち反応した。


 誰ともなく少女の後を追いかけ始めたのである。



 ソルは、駆け出した。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


旧態依然とした価値観の父ファーリに憤りを覚えた方、

落ち込んだソルを元気づけたい方、

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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「少女の冒険 ⑪ 脱兎だっと」お楽しみに。


ゴロツキども や ならず者たちから逃げるため、夜の路地を少女は走った。

しかし、次官の借家への最短ルートをとるため、昼間と同じく路地裏に入ったのは失策だった。


「子ウサギがそっちに逃げ込んだぞ」

「逃がすなッ」


裏路地を脱兎のごとく走り回っていたが、少女の体力は長くは続きそうもない――。

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