【5-15】少女の冒険 ⑨ 精神論

【第5章 登場人物】

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「なんて恐ろしいなのでしょう」

「悪魔がいているのかもしれません」

「さぞや、エーシル神がお嘆きあそばされていることでしょう」


 愛国心と帝国打倒を唱え、エーシル神の贖宥符しょくゆうふを売りつけにきた修道女たちは、波が退くように遁走とんそうしていった。


 当事者の使用人は、狭い戸口の片隅に腰を抜かして座り込んでいる。


 彼は右足が不自由であり、徴兵検査を受けずにいた。そうした者たちを見つけては、彼女たちは群がるらしい。


 だが、彼が立ち上がれないのは、三半規管が麻痺したせいかもしれぬ。



 借家の玄関先には、少女の小さな背中があった。


 彼女は、押し売りたちを喝破一閃、追い返したのである。


 両手を腰の横で握ったまま仁王立ちしているが、その反動からか息は弾み、肩は上下していた。


 借家の主人は、少女から発せられたに巻き込まれなかったため、平衡感覚こそ保つことができていた。だが、耳鳴りは続いている。


 聴覚器官の外皮を手でさすりながら、軍務省次官はつぶやいた。



「お前……度胸あるな」



***



 審議会議場では、若作りの代議士が10代はじめの少女相手に、防戦一方に追い込まれていた。


「帝国と事を構えた場合、民衆の生活そのものが行き詰るだと?」

 何を大袈裟なと、ヴェイグジルは両手を拡げておどけて見せる。


「故郷・ヴァーラスの駅を見て参りました――帝国からのおびただしい数の生活必需品や食糧が、この国に運び込まれていく様を」


 忌々いまいまし気に、手元の水をあおるヴェイグジルに、ソルは休む暇を与えない。


「いま、あなたが使用しているコップも水差しも、すべて帝国製です」


 待ち時間が長かったため、少女には控え席に置かれた備品を観察する時間は十分にあった。


 帝国は、自国製と同じ品質の日用品を1,000倍の数まで提供できる。必然的にその価格は3分の1以下になるだろう――彼我の国力の差に目を背けるな、と少女は言う。


 帝国のイーストコノート大陸における動員兵力だけでも、我が軍のゆうに2倍。武器製造能力は100倍、新兵器開発能力に至っては比較になりません。


 少女は理路整然、緩急自在に実数を交え、聴衆が汲みやすく言葉を区切り、持論を展開していく。



 しかし、いつまでも帝国の横暴に膝を屈していろという訳ではない。



「いまは、艱難かんなん辛苦に耐えつつ、内政を磨き工業化を進め、国力を高めていくべきです」


 そして、きたるべき時に備える――極北のステンカ、北のアンクラ、南のイフリキア、東のブレギア――帝国の支配が揺らぎつつあるのは確かなのだから。


【世界地図】航跡の舞台

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「しかし、それら諸国における反帝国の機運はまだ熟しておらず、ヴァナヘイム国の準備は整っておりません」


 いまはまだ、立ち上がるには早すぎる――少女は弁論をそのように結んだ。



 会場の聴衆すべてが、少女の言葉を漏らすまいと、耳を傾けていた。


 これまでも、避戦三兄弟――外務省対外政策課長、農務大臣、軍務省次官――から同じ話が何度となく出たはずだが、11歳の少女が発言者となると、事情が変わってくるらしい。


 おっさん三兄弟などではなく、愛らしさで名を馳せたヴァーラスの姫君が美貌まで兼ね備えたとあっては、記者たちの食いつきも変わった。




 ヴァーラス領の代議士・リング=ヴェイグジルは、大義も持論もない勢いだけの小物である。


「兵力差など、知恵と工夫で補っていけばよいだろう」

 よせばいいのに、彼は議論を継続しようとしている。ヴァーラス領主の小娘相手に敗北など認められないようだ。


 しかし、少女の論陣に足掛かりを見つけられず、枝葉で挑むしかなくなっていた。


「知恵とは、具体的にはどのようなことを指すのでしょうか」


 代議士による質疑に軍務省側が答弁するはずだったのが、いつの間にか質問者と回答者が入れ代わっていた。


「我が軍の見識高き優秀な将兵ならば、兵力差など克服してみせるだろうよ」


「工夫とは」


「それは……あれだ、訓練……開戦後も、訓練を続ければいい」


 気合の入った訓練を重ねれば、帝国軍を打ち負かすほどの根性もつく。そうだ、兵力差の開いた厳しい実戦を経ることで、練度が磨かれるだろうよ。


 演壇にとどまったまま、思い付きのような言葉を塗り重ねたヴェイグジルは、ようやく下壇した。


 入れ替わり、何度目かの登壇をした少女は、ぽつりと一言こぼした。

「……かすなよ」


 凄味の利いた声は、壇下の代議士と次官たちにしか届かなかったようだ。


「な、なんだと」

 登壇することも忘れて、代議士は壇上へ向けて発言してしまっている。

 

 軍務省次官は、両の手で左右それぞれの耳をふさいだ。








「肝心なところを、精神論で胡麻化すなよっつってんだ、ごらあああぁッ!!!!」



 祖母譲りの下品な言葉が、少女の口から議場内に響き渡った。


 代議士・ヴェイグジルは、椅子から転げ落ち、実父・ファーリは眩暈めまいを覚えてうずくまり、師・クヴァシルはとほくそ笑んだ。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「少女の冒険 ⑩ 蟄居」お楽しみに。


「今日の醜態は、一体何なのだ!?」


審議会でのを終え、王都の屋敷に戻ったソルを玄関ホールで出迎えたのは、嚇怒かくどした実父ファーリであった――。

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