【5-14】少女の冒険 ⑧ 若作り 老い作り

【第5章 登場人物】

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 審議会の議事とは、こんなにもゆっくりと進行していくものなのか。


 答弁関係者の席に着いたときは議場の雰囲気にやや圧倒されたものの、長い時間を経て少女は場の雰囲気にすっかり慣れてしまっていた。


 議場に父の姿が見える。あの辺りが文務省関係者の席なのだろう。答弁者席の一番はずれに座ったのが功を奏したか、娘の存在に気が付いていないようだ。



 議題はようやく「帝国との開戦の是非」に至る。


 ヴァーラス領代議士・リング=ヴェイグジルは、颯爽さっそうと壇上に登った。首元には、派手なアスコットタイが躍っている。


 端整なマスクと若作りよって根強い人気のあるこの代議士は、相変わらず威勢よく小気味いい言葉で聴衆をあおったうえで、軍務省に批判じみた質問をぶつけてくる。


 何故、帝国に対し、積極的な手段に打って出ないのか、と。


 隣国に後れを取ることなく、我らも立ち上がるべきではないのか、と。



 議長に名指しで呼ばれた軍務省次官は、ぼさぼさの頭を片手でかきつつ登壇する。


 ところが、「本日は、ヴァーラス領の御令嬢を特別にゲストとしてお招きしております」とだけ言い残すと、次官は答弁もせずそこから降りてしまう。


 あとは、彼女がすべて話しますから、ということらしい。


 ヴァーラス領の御令嬢だと。

 ムンディル家の姫君か。

 小さな子どもだったはずだが。


 議席に座る父・ファーリへ、何人かの視線が集中している。ヴァーラス領の領主も、議場に娘が来ていることを知らなかったようだ。周囲から声をかけられるも、ひたすら首をひねるばかりである。



 ざわめきに包まれる議場にソル=ムンディルの名前が呼ばれる。


 あらかじめ、軍務省から通達されていたとはいえ、議長も当惑しているようだ。上級貴族・ムンディル家の令嬢である。登壇するのに身分としては申し分ないものの、10を過ぎた程度の少女が代理答弁したことなど、前代未聞だからであろう。


 議場に集った50名ほどの審議委員と30名ほどの傍聴人、それに各紙の記者、カメラマンたちが、一斉に演壇の右袖――答弁者の控え席へ視線を向けてくる。


 控え席は、答弁を終えた他省庁の者は退出しており、空席が目立つ。軍務省関係者が数名腰掛けているが、擦り切れた肩章からクヴァシルが一番の責任者のようだ。


 高齢の軍務省トップは、拘束時間の長い審議会には顔を出さなくなって久しく、大怪我を負う前から次官に丸投げしていることを少女は知らない。



 議場の視線が演壇右袖の末席に及んだあたりからだろう、感嘆・賞嘆入り混じったどよめきが漏れ始める。


 間違いなくソル嬢だ。

 なんとお美しく成長されたことか。

 ヴァーラス随一の見目うるわししさは健在だ。


 演壇を挟んで反対側、質問者の席では「なんで軍務次官が答弁しないのか」と、思わずヴェイグジルが立ち上がり、辺りを見回している。だが、議場に集った者たちは、彼の質疑内容など興味も関心も失っているようだった。


 少女の背中を次官がポンッと叩く。それは、ソルの全身にまとわりついた数多の視線を払い落とすかのようだった。


 彼は言う。相手は、自分の弁舌に酔っているイタイ野郎だ。ぶちかましてこい、と。



 少女は力強くうなずいて、演壇に向かう。


 この高すぎるヒールだけは、あとでスヴァンプのお姐さんたちに伝えよう。壇上への昇り降りで大変だったと――。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「少女の冒険 ⑨ 精神論」お楽しみに。


会場の聴衆すべてが、少女の言葉を漏らすまいと、耳を傾けていた。


これまでも、避戦三兄弟――外務省対外政策課長、農務大臣、軍務省次官――から同じ話が何度となく出たはずだが、11歳の少女が発言者となると、事情が変わってくるらしい。

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