【2-16】祝勝会 下 《第2章 終》

【第2章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428630905536

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 ――エイネ?


 首を傾げた少女・ソル=ムンディルに構うことなく、賑やかな話し声・足音はたちまち室内に到達した。


「しょーさ、お供しまぁす」

「お1人じゃあ、いくらも進まんでしょう」

「我らもお手伝いします」

「さっさと片付けましょう」


 扉が少女もろとも大きく押し開けられ、

ニアム=レクレナ

アシイン=ゴウラ

アレン=カムハル

キイルタ=トラフ

ほか、銀色の飾緒を胸に下げた若者たちが、続々と入り込んでくる。


「……なんだ、お前ら。今日はもう上がっていいぞ。悪趣味な料理と酒をたらふく腹に入れてこい」


 突然、現実に引き戻されたからだろうか。言葉とは裏腹に、紅毛の先任参謀は、いつものノリを言動へ施すことができていない。声に張りなく、皮肉の色合いが影を潜めている。


 そのためか、上官の言葉に従うそぶりもなく、部下たちは黙々と片付けを進めていく。


 彼らよりも早く入室していた少女は、先任参謀との2人の時間を奪われ、片頬を膨らませていた。


 しかし、レクレナの手つきは見ていられなかった。あれでは資料をさらに散らかすだけである。


 少女は不承不承、周囲の大人たちを手伝っていく。


「……」

 部下たちの様子を見て、仕方なさそうに、レイスも作業を再開した。



 しばらくすると、仕事のほとんどを少女に奪われたレクレナが、紅毛の上官の正面に座った。よいしょと軍服の膝を抱えて。


 彼女は、紙の束を整えるよりも、上官のあおい瞳を見つめることに忙しそうだ。


 蜂蜜娘の挑戦的な様子を目撃して、ソルは整頓の手を止める。口をへの字に曲げて、そこに割り込んでやろうと、小さな軍靴を踏み出す。


 しかし、副長のトラフからペンとインクを整理するよう、文具の入った小箱を山と渡されており、少女は2人に近づくことができない。


「ヴァナヘイム軍は、その主力を失いましたね」

「そだな」

 レクレナは丸めた両手に両頬を載せ、莞爾かんじとほほ笑み声をかける。しかし、先任参謀の返答は素っ気ない。


 筆記具を慌てて片付けたソルが、ようやく2人の間に滑り込もうとするが、今度は先任参謀の周囲へ次々と集う部下たちに、進路を阻まれる。


「敵は、総司令官さんをまた失いましたね」

「そうだな」

 レクレナはさらににじり寄るが、突然、ほうきに視界を遮られた。柄の先では、周囲を掃けと、トラフが無表情のままうなずいている。


「この先、誰が作戦を練ろうと、帝国軍の勝利はもはや間違いないでしょうな」

「……そうだな」

 几帳面にもカムハルは、焼却処分する紙もしわを伸ばしている。


 暖炉の薪が音を立ててぜた。


「でも、敵とともに味方まで吹き飛ばしちゃ、いかんでしょうな」

「……」

 最後のゴウラの問いかけには何も応じず、レイスは左手で掴んでいた資料を数枚、再び暖炉に放り込んだ。


 薄暗い室内に微細な火の粉が舞いあがる。大きく見開かれたソルの瞳に、アンバーが飛び散る。


 紅毛の青年は、火の粉が消えゆくのを見届けると、ゆっくりと振り返った。薄暗いなか、僅かにはにかむような表情がそこにはあった。


「俺たちは、いままで働き過ぎたんだ。ちったぁ休もうぜ」

 上官の呼びかけに、オウと、部下たちは笑顔で唱和する。


 そして、誰が言うともなく、ここで身内だけの打ち上げをやろう、という流れになっていく。


「俺、酒を持ってきます」

「一番水も頼むわ」

「あ、食い物もあったら持ってこようぜ」

「まだ、表の方に何か残ってんだろ」


 片付けもほどほどに、部下たちは部屋を後にして宴会の準備に移りはじめた。


「ソるちゃンも手伝っテ」

「気やすく触んなっ」

 空腹は万国共通なのだ。蜂蜜色の少尉とくすんだ赤色の少女は、言語を越えて、意思疎通がなされていた。




 室内は再び静けさを取り戻した。


 セラ=レイスは椅子に座り、暖炉に書類をくべる作業を続ける。


 その脇の椅子にキイルタ=トラフも腰をかける。手には不要になった資料の束を持っていた。


「ひとつ、気になることがありまして」

「ロブスターの丸焼がまだ残っているか気になるな」


 黒髪の副官は、紅毛の上官の戯れにペースを乱すことはなかった。


「なぜ、マグノマン准将に、作戦の詳細……A地点の仕掛けを伝えていなかったのですか」


 そうすれば、准将は味方の砲弾に巻き込まれることもなかっただろう。


「あなたらしくもない」

 問いただすトラフの灰色の瞳に、炎が映っている。


「……その方が、演技力に磨きがかかるだろ」

 レイスは再び軽口を叩いて、話題をらそうとしたが、今度は本人すらその効果を期待していないようだった。


 確かに、今回マグノマン隊には、ヴァナヘイム軍総司令官を確実におびき出してもわらねばならなかった。


「『敵をだますには、まずは味方から』ですか」

「……」

 彼女の問いには応えず、先任参謀は火掻き棒を動かし、薪の位置をずらした。それに呼応し、副官の形の綺麗な爪から火元へと書類がくべられる。


 より確実にヴァナヘイム軍を騙すため、より着実にヴァ軍を誘引するため、偽りと分かるような退却では困るのだ。

 

 だが、そのようなことは、トラフでも思いつく。だからこそ、彼女はどうしても腑に落ちないのだった。


「あなたらしくもない……」

 あの狐面の大将閣下の腹心をあやめたのである。東都からの弾劾だんがいは避けられず、この参謀部も無事では済むまい。


 自らの足元をすくうような危険を冒す理由が、どこにあったのか――。


「やはり、あなたは最初から……」

 トラフが言葉を継いだ時と、暖炉の炎が勢いを増したのは同時だった。


 レイスは無言のまま立ち上がると、資料の束をまとめて炎の上に放り込んだのだった。そのため、火勢はこれまでで最も盛んになった。


 思わず、トラフがレイスの顔を見上げる。


 紅毛の上官は、右手を軍服の懐に入れていた。その口元には、自信と愛嬌をないまぜたいつもの笑みが戻っていた。





第2章 完

※第3章に続きます。

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860167725310



【作者からのお願い】

「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。



この先も「航跡」は続いていきます。


ロブスターの丸焼がまだ残っているか気になる方、

恋の三角関係(←?)の行く末が気になる方、


ぜひこちらから🔖や⭐️をお願いいたします

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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢

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