【13-2】東都の朝 上

【第13章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

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【世界地図】航跡の舞台※第12章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330648632991690

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「昨夜は、お楽しみあそばされましたか」


「……」


 曙光しょこうが、東都ダンダアクの街を照らしている。


 帝国宰相嫡男の私邸に出仕したターン=ブリクリウは、恒例の朝の挨拶を申し上げた。


 今朝も彼は整髪油で頭髪をすべて後ろにで上げてきた。軍靴以上に黒々とつやを放つ髪は、60代後半という実年齢より一回り若く見せる効果がある。


 しかし、主人のアルイル=オーラムは、まだ寝間着のままであり、肉団子のような腹は、いくぶんかしぼんだようにも見える。



 ブリクリウは、狐のような両目をさらに細めた。


 大食と悪食で鳴る主人の胃腸は頑健であり、腹を下したというわけではないだろう。


 原因は、夜伽よとぎに満足しなかったものと推察される。先日もこのような状態で朝を迎えたはずだ――。


「……ヴァーラスの娘の歳はいくつだったか」


 やはり、東征軍から送られてきたあの娘をまた床に入れたのか。


「確か、13と聞いております」

 答えながら、ブリクリウは呆れていた。


 あの娘に夜伽をさせたのは、もう何度目だろうか。その度に、この虚無きょむ的な朝を迎える羽目になるのである。


 帝国では、男女とも有力貴族は、女妾・男妾の多くを囲っている。宵の口、そうした身分の者は、木札きふだの束をめくり共寝の相手を選ぶのだ。そこには、容姿・年齢・背格好・閨室けいしつ入り前の噂など、妾1人1人の情報が記されている。


 ヴァーラス城の娘のは、このにとって最上のものであり、札に記された文字から己の理想を想起してしまうようだ。


 だが、傅役もりやくとしては、いい加減に学習しろと言いたい。朝からふさぎ込んだの相手をさせられる、こちらの身にもなってほしいものなのだ。



 朝食として給仕されたおびただしい数のパンは、つややかな色を放っている。脇に盛られた大量のソーセージやベーコンは、部屋中をあぶらの臭いで包みはじめていた。


 しかし、御曹司の目や鼻は、それらを知覚していないようだ。


「13にしては、肌の張りが悪い」


「さようでございましたか」


「それに、やはりあれは、生娘じゃない……」


「さようでございましたか」

 同じ相槌あいづちでも、ブリクリウは抑揚を微妙に調整している。



 半年前、東征軍の紅毛の小僧が、ご機嫌伺いのために1人の娘を送り込んできた。戦地から遠路はるばるこの東都まで。


 その美しさがヴァーラス界隈かいわいでは評判とのことだったが、主人の「後宮」に納められる際も、狐面の傅役はその姿を見ていない。


 彼には少女を愛でる趣味はなかったからだが、理由はそれだけではなかった。


 閨室において、このは野獣のように娘にのしかかり、一方的に愛撫し、夜明けまでしつこく交わり続けるのだ。


 そのような夜伽が連日続くのである。多くの場合、が飽きる前に娘たちは身体を壊し、出仕できなくなる。そうした元側室たちが「後宮」に数え切れないほど、いまも暮らしていた。


 それらは、ブリクリウの貞操観念はもちろん、美意識においてまったく受け入れられないものであり、嫌悪感しかわき起こらないのである。


 自然、この男の本性が顔をのぞかせ、今朝の主人への相槌も、終いの方には酷薄こくはくな色合いすら帯びることになった。



「ああ、後味が悪い。今日の執務はお前に全部任せるから、すぐに別の女を寝室に用意させろ」

 アルイルは乱暴に言い捨てると、磨き上げられたナイフとフォークなど無視し、片手にパン、もう片手にソーセージを掴み、交互にかぶりつきはじめた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


朝から主人のこのような話に付き合わされる狐面の大将も大変だな、と思われた方は、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ブリクリウたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「東都の朝 下」お楽しみに。


もちろん、傅役もりやくのブリクリウは、食事のマナーや夜の行為について指導してきたが、経済学や用兵学以上に、主人アルイルの理解、吸収にはほど遠かった。


これら生物としての欲求そのものに関して指導の声を強めると、この主人はいつもヒステリーを起こし、最後には己が持つ最大の権力――生殺与奪権――をちらつかせるほどに見境みさかいがなくなった。


閨室けいしつ担当の補佐役が、元側室とという噂だけで射殺されたのは、一度や二度のことではない。

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