【12-1】草原の御曹司 1

【第12章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429613956558

【世界地図】航跡の舞台※第12章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330648632991690

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「……ご逝去せいきょあそばされました」

 初老の侍医は、力なく首を振った。


「義兄上ッ」


国主こくしゅ様!」


「カーヴァル国主ッ」


 ウテカ=ホーンスキン以下、一族の臣下たちが侍医を押しのけて枕元に呼びかけるも、ブレギアのあるじは応えなかった。



 帝国暦383年9月10日、ブレギア国主・フォラ=カーヴァル崩御ほうぎょ



 帝国皇帝の八男として生まれながら、彼は時の権力機構にあらがい続けた。


 蒼き草原がどこまでも広がるこの地に腰を落ち着けるや、周辺諸国はおろか帝国の討伐軍をも次々と打ち払い、独立国のいしずえを築いた「小覇王」――。


 それら偉業の代償に求められた生命エネルギーは、途方もない量であり、この英雄を急速に病み衰えさせた。


 そして、従来の活力を取り戻すことなく、彼は45年の短い生涯を閉じたのである。


 偉大な主を失ったことによる悲しみに、しばしの時間、臣下一同は落涙と嗚咽おえつにあえぐのだった。




 病室から安置所に役割を改めた国主の部屋――そこから、1人、2人と臣下たちは退室していった。 


 まるで悲涙ひるいの渦に溺れた者たちが、その流れからい出そうと、自らを奮い立たせていくように。



 そして、彼らが行きついたのは、「国政の間」であった。


 草原と馬しか持たなかった弱小国が、小覇王を中心として何十何百と内政・軍事・外交を協議してきた広間である。


 部屋の全体を大きくロの字に組まれた長テーブルが占める。そこへ配置された席に各々は重たそうな体を預けていく。


 帝国の慣習では、陽が昇る東側の席を、陽が沈む西側のそれよりも重く見る風習がある。同国からの亡命者によって形成されたこの政権も、知らず知らずのうちにその伝統を踏襲していた。


 国主義弟・ウテカ=ホーンスキンを筆頭に一族将軍たちが東側の面座を占める。他の文官武官たちは、対面たる西側の席につく。


 全体を統べるべく、広間中央にて一段の高みにある席――玉座――の主は、いましがた世を去った。その足下、北側テーブルに席を有する宰相、対面の南側を占めるはずの歴戦の勇将たちは、首都を不在にしている。


 そのためか、国政の間はいつもより広く、その空気は肌寒く感じられた。



「いつ、喪を発するべきでしょうか……」

 儀典を統べるローナン=アルレルがつぶやいた刹那せつな、国主の義弟・ウテカ=ホーンスキンのぎょろりとした両目に怪しい光が宿った。


 義弟は即座にその文官を怒鳴りつける。

「馬鹿者ッ!隣国が帝国によって滅ぼされかけているというのに、国主が身罷みまかられたことなど発表してみろ、我が国もたちまち瓦解がかいするぞ」


 だが、つばを飛ばす義弟の存在が見えないかのように、武官のエタル=アニュヴァル・ロディ=メイヴが次々と口を開く。


「すぐにアリアク城塞へ早馬を立てましょう」


「そうだ、ラヴァーダ宰相にダーナへお戻りいただき、善後策をうかがうことにしよう」


 首都ダーナで「小覇王」国主を失っても、アリアク城塞に「貴婦人」宰相は健在である。暗くよどんだ国政の間に、俄かに光が差したようだった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ブレギア国主が亡くなっても、宰相に期待いただける方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ラヴァーダたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「草原の御曹司 2」お楽しみに。


国主・フォラの遺児・レオンは、二十歳になるかならないかの若年である。


だが、彼を2代目国主として擁立ようりつし、宰相・ラヴァーダがり立てていけば、この国は安泰ではないか。それに――。


「宰相をアリアク城塞から呼び寄せるわけにはいかんッ」


臣下たちが将来への希望的観測――しごくまっとうなものであるが――を始めるや、国主義弟が甲高い声をもって、それを中断させた。

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