【8-14】小骨 上

【第8章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429051123044

【イメージ図】イエロヴェリル平原の戦い

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139554877358639

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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「……なぁ、おい。何度も聞いてすまんが、俺たち」


「ああ、間違いない。俺たち」



「「……あの帝国軍に勝っちまった」」


 ヴァナヘイム軍の「階段将校」こと、ヒューキ=シームル少佐とビル=セーグ少佐は、目の前で展開する戦況が信じられず、電話を通じて状況を確認し合っていた。


 最後の一言は、興奮のあまりハモってしまっている。




 7月20日早朝からの攻撃によって、帝国軍右翼は潰滅したと言っていい。


 自軍の守りを固め、兵力増強の手続きや炎暑の到来を待つと同時に、隣国へ支援を要請する。


 その後も自陣に籠り、新戦力の訓練を重ね、ブレギア騎翔隊による帝国軍後方撹乱かくらんを待つ。


 補給線を寸断された上に、炎天を避けて四散した敵が目の前に転がる。


 あとは、満を持してそれらを各個撃破していけばよい。数を増し、練度を高めた自軍をもって。


 すべては、アルベルト=ミーミルが描いたシナリオどおりに進んでいた。


 開戦以来、敗北知らずの帝国軍が、なす術もなく崩れていく。



 当初は不平や不満、それに不安の象徴でしかなかったヴァナヘイム軍の若き総司令官も、いまでは副司令官・スカルド=ローズルほか幕僚たちはもちろん、前線の指揮官たちからも、その評価が一変されつつある。


 しかし、一躍その才を認められた彼は、この時1人悩んでいた。


 ヴァ軍の士気は、開戦以来最高潮を迎え、その勢いたるや天をくばかりである。



 このまま敗走する帝国軍を蹴散らし、後方の帝国本軍に挑むべきか、

 それとも右翼を壊滅させたことを良しとして、再び守備を固めるべきか――。



 前案の方針を採った場合、必ずしもヴァナヘイム軍に勝利が約束されているとは限らなかった。


 現に右翼のオリアン師団は、敵左翼のクルンドフ隊を押し返したまでは良かったが、左翼オーズ軍団ほど、はかばかしい戦果を上げられずに、停滞しつつある。


 まして、帝国本軍を率いるのは、あの老将・ズフタフ=アトロンである。炎天下とはいえ、敵右翼のように陣形を乱しているというような情報すら入っていない。


 万が一、ここで敗れるようなことになった場合、首都ノーアトゥーンまで無人の街道を帝国軍に供することとなる。



 一方、後案の方針を採った場合、自軍をこれ以上損じることはないだろう。


 しかし、味方の士気は大いに阻喪そそうする上に、帝国軍に再編の機会を与えることにもなる。



 内心悩んでいることなどおくびにも出さず、ミーミルは腕を組んだまま眼を閉じていた。


 総司令官に着任して以来、不動のこのスタイルは、いまではローズルたちに安心感すら与えるようになっている。


 ――現場のトップとは孤独なものだ。

 数多の嘆美の視線を浴びながら、彼はつくづくそう思う。


 副司令官や参謀たちに相談することはできても、2つの選択肢のなかから、どちらか1つを選ばなければならないのは自分である。


 ミーミルの本心としては、追撃の手を緩めず、そのまま帝国本軍との決戦を挑みたかった。


 軍務次官・ケント=クヴァシルから依頼されたように、帝国軍と「引き分け」に持ち込むにしても、もう一押しが必要だった。


 しかし、彼には引っ掛かる存在がいた。


 イェロヴェリル平原に残っていた、わずか2つの敵部隊である。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


確かに、指揮官とは孤独なものだな、と思われた方、

先の先を見据えようとしていながらも、目の前の事象に悩む……ミーミルも人間なのだな、と思われた方、

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「小骨 下」お楽しみに🐟


帝国軍右翼の各個撃破に成功したイエロヴェリル平原には、総司令官・アルベルト=ミーミルにとって引っかかる存在があった。


小勢だった。だが、取るに足らない兵数に不釣り合いなほど、優秀な砲兵と銃兵を擁していた。


放置しておくには、そこから送り込んでくる砲弾が、ちとうるさかった。駆逐しようにも、旅団程度の部隊を送り込んだところで、銃弾の的になるばかりである。

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