【2-3】利息

【第2章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428630905536

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

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「昼夜にわたる我が軍の猛攻により、ランディ隊が潰滅したことを、敵司令官ヤンネ=ドーマルはまだ把握していない模様です。予想どおり、同隊救出のため動き出しました。我らは持てる火力をすべて投入し、そこを叩きます」


 テーブルに広げられた巨大な作戦図を用いて、セラ=レイスによる作戦概要の説明が進んでいく。


 この紅毛の先任参謀による解説は、聞き手が心地よさを感じるほど、テンポよく自信に満ちあふれている。


 銀色の飾緒しょくしょを胸に下げた者たちもまた、上官のペースを乱すことなく、作戦図上、敵味方を示す凸型の駒を動かしていく。

 

 しかし、レイスの部下たちは、内心疲労困憊こんぱいであった。この切れ味鋭い上官の補助をするのは、並大抵のことではないのだ。


 常人が1つ理解する頃には、10把握しているような男である。


 その上官の頭の中身を、彼ら凡人たちの手で、上級将校ら凡人たちに理解しやすいよう具現化するのは、非常に難解な作業であった。



 先任参謀・セラ=レイス少佐は、常識にとらわれぬ作戦を突発的に思いつくため、事前の準備と根回しにも、アシイン=ゴウラ少尉・アレン=カムハル少尉・ニアム=レクレナ少尉ほか参謀たちは、とにかく骨が折れるのであった。


 特に今回はその傾向が著しい。


 おまけに、彼等の上官は、あらゆる要素を作戦に取り込むため、参謀たちは情報収集において、どんな些細な内容も洩らすことは許されなかった。


 先日も、

「敵の総司令官が周囲の将軍たちから支持されていない」

などという眉唾まゆつば物の情報にも、上官は紅毛を揺らし1人うなずいていた。


 さらに、今作戦において、参謀たちは、おびただしい量の砲弾を東都・ダンダアクに発注しなければならなかった。


 各隊指揮官が持参した数では、とてもじゃないが足りないのだ。


 予算未計上の膨大な額を嫌疑する兵器課の関係者たちや、輸送計画になかった多量の物品を忌避する輜重課の関係者たちをなだめ・説き伏せるのに、参謀たちは手を焼いた。


 やむなく、彼等は「借り」という名の債券を乱発することになったが、完済するには無謀な返済計画に挑まねばならないだろう。



 ――コンド カエッタラ サケヲオゴレ。


 ゴウラ少尉は、無理を押し通すため、関係各所に酒をおごる約束を重ねた。彼のもとには、末尾にこの種のが記載された電報用紙が多数届いている。

 

 東都凱旋の折には、彼は酒場を3軒まとめて貸し切らねばならないだろう。



 ――コンド サシツカエナケレバ ショクジニデモ。


 レクレナ少尉は、無理をお願いする過程で、関係各所から食事に誘われ続けた。彼女のもとにも、末尾にこの種のが記載された電報用紙が多数届いている。


 東都凱旋の折には、彼女はひと月のあいだ、毎日別の男性士官との昼食を相手にせねばならないだろう。



 彼等の活動は日没後も続く。


 紅毛の上官がいびきをかいて熟睡するなか、エイモン=クルンドフ副将兼参謀長以下、総司令部付きの幕僚たちに対する事前説明に、参謀たちは追われていた。


 彼等は猫の手でも借りたい状況だった。


 ついに、ヴァーラス城の虜囚りょしゅう・ソル=ムンディルまでもが駆り出されることになった。


 少女は確かめ算が得意であった。


 四則計算しか必要としない作業だったが、今作戦では、膨れ上がった資料のなかで、収支や距離など計算が多岐にわたったため、それらの検算にカムハル少尉は手が回らなかったのだ。


 作業は、速さと正確さが求められた。


 ソルは、イーストコノート大陸極東にあるハング国の計算器具を持ち込んだ。くしに通した玉をその小さな手で上下させては、正確な数字を弾き出していった。


 このように、少女は自らの仕事で、参謀部に居場所を見つけた。だが、参謀長が入れ替わったとはいえ、彼女の存在が公になることは芳しくない。


 そこで、副長・キイルタ=トラフは、少年兵の軍服や軍帽を用意した。それらをまとうことで、ソルはとして、帝国総司令部に出入りする自由を得たのである。



***



 セラ=レイスの作戦解説は、いよいよ佳境を迎えようとしている。


 参謀たちにとって不安なのは、前線の指揮官連中に説明することなく、この日を迎えてしまったことだ。あまりにも時間がなかったのである。


 根回しは、連日深夜まで行われたが、総司令部の連中だけで手いっぱいであった。


 いまはただ、上官の説明を的確に補助するしかない。その意気込みを示すかのように、彼が説明を続けるあいだ、銀色の飾緒を胸に下げた者たちは、みな起立していた。


 しかし実情は、座るわけにはいかないというところであった。着席すれば、たちまち睡魔に負け、彼等は意識を失いかねないからだった。




 レイスによる概説が終わった。

 副官のキイルタ=トラフはそつなく周囲を見回す。


 作戦概要は初見でないにもかかわらず、アトロン総司令、クルンドフ副将兼参謀長以下、帝国軍の主だった幕僚たちは、思わずうなっていた。


 野砲に始まり機関砲に終わる。


 火器の大規模集中運用――ここまで壮大な誘引撃滅作戦を立案できる者は、帝国軍内でもそうはいないだろう。



 しかし、というかやはり、下座に控える現場の指揮官たちからは、たちまち批判の声が上がった。


 ゴウラをはじめ参謀たちは、起立しながら内心溜息をつく。レクレナは、立ったまま舟を漕いでいた。転倒せぬよう彼女の軍服のベルトをソルが後ろに引っ張っている。


「野砲も山砲もすべて1か所にぶち込むだと!?」


「馬鹿も休み休み言えッ」


 ミレド、ビレー両少将の怒声にたじろぐ様子も見せず、若者は金色の参謀飾緒を揺らし、濃い紅色の髪を掻きあげた。


 この不遜な態度は、一同のさらなる反感を招いたようだ。


「貴様、戦闘の流れ、戦いの儀礼というものを心得ておるのか!」


「戦いは『儀式』でもある。それを忘れたのならば、その大仰な飾りを捨て、いますぐ士官学校に行ってまいれッ」


 戦闘儀式――砲兵どうしの砲弾交換、それが終わっての歩兵同士による銃撃戦、その後、頃合を見計らっての騎兵突撃――そのようなこと、若い先任参謀はを飛ばされなくとも分かっているはずだ。


「しかしながら、その『儀式』を守らねばならぬという法は、どこにもございますまい」


「騎兵の突撃こそ、いくさの華よ」


「……さては貴様、人馬もろとも弾雨のなかへ切り込むことに、恐れをなしたな」



「私が恐れているのは、500キロという距離でございます」


 机上に拡げられた作戦図から顔を上げずに、紅毛の青年は脈絡のないことを力強く口にする。


 総司令官・アトロンは、白眉の下の眼を心もち大きく開いた。


 レイスの言葉に、疲労困憊のゴウラや目を覚ましたレクレナ等数名の参謀たちは、「またか」とばかりに顔を見合わせる。


 話の前後に脈絡がなくなるのは、上官の頭脳が冴えわたっている証である。繰り返すが、そのトップスピードについていくのは、部下たちにとって並大抵のことではない。


「帝国軍は、20万にも達しようとしています。これだけの大軍を食わすには、莫大な糧食が必要となっております」


 20万というのは将兵の数であり、それを維持するための後方人員――輜重・斥候・通信・総務・軍医・獣医・武具修繕・馬匹管理等――を含めたら、さらに数万人膨らむ計算になる。


「食糧がなんだ!そんなものは、ヴァンガルに山と積まれておるわ」

 大規模な街が丸ごと移動しているかのような数字を認識しながらも、ミレドとビレーの勢いが鈍る様子は見られない。

 

 この両将軍の切り返しには、レイスの部下の参謀たちも、思わず同調してうなずいてしまっている。彼らはいま、食うに困ってはいないからだ。


「そのヴァンガルからこの地までの距離が500キロなのです。東都ダンダアクからは1,000キロにもなります」


 総司令部に広げられた巨大な作戦図には、ヴィムル河流域――目の前のヴァナヘイム軍に対処する作戦区域――までしか記されていなかった。そこには、ダンダアクはもちろんヴァンガルの地名も記されていない。


 先任参謀は顔を上げた。彼の紅い頭のなかには、目の前の地図よりもはるかに広大なものが拡がっているようだ。



 ダンダアクとは帝国東岸領最大の都市であり、この度の東征軍もそこに集結し、陣容を整えてから遠征の途についている。


 そこからこの最前線まで1,000キロの距離が開こうとしている。それだけの長大な区間、帝国軍の補給線は無防備にも姿をさらしているのだ。


 帝国領内はまだよい。だが、東征軍はていた。国境の街ヴァンガルから、ヴァナヘイム領内に侵攻すること500キロ以上にも及んでいる。


 ヴァナヘイム軍がいつまでもそれを見逃してくれるとの保証はない。


 補給線を随所に破られた時、20数万という軍勢は大いなる足枷あしかせとなるだろう。糧抹なく飼葉なく、飢えた兵を空腹の馬に乗せたところで、「いくさの華」もなにもあったものではないのだ。


「こうしたを抱える帝国軍としては、短期間でしかも圧倒的な勝利を得るしかありません」


 帝国軍が採るべきは、この作戦――速戦圧勝――しかないのだ。そのためには、前例のない規模の火力の運用が不可欠なのである。彼の脳内の地図の一端に、周囲がようやく触れたとき、レイスは解説を締めくくった。




 軍議が終わったあとも、尊大な態度の先任参謀を除く参謀たちが、各隊司令官の説得に走り回った。


 前線の将軍たちによる野砲・山砲および機関砲の提供という協力がなければ、この作戦は成り立たないのである。しかし、総司令官名での命令書があっても、砲兵隊の提供に難色を示す者が多かった。


 少女ソルは、もはや彼女の定位置となった部屋の片隅で、参謀たちの様子を眺めている。


 各隊を回り、部下たちは疲弊しきっていた。それら1人1人の言葉へ耳を傾けるように、紅毛の上官は努めている。


「ふだんは、砲兵など見向きもしないくせにぃ。まして、機関砲なんて覆いすら外していないのにぃ……腹が立ちます!」


「欲しいと言われたらくれてやりたくなくなるのが、の性というものだろうな」


 野砲徴発もさることながら、数そのものが少ない機関砲集めは、より参謀たちを悩ませているようだった。珍しくレクレナが憤るほどに。


「あのデブは、露骨に袖の下を要求してきましたよ」

 ゴウラが右手の人差し指と親指で、コインの形をつくってみせる。


「イースのか。さもしい目で金品を要求する姿が見えるようだ」

 部下の叩く憎まれ口に、上官もすかさず同調する。


 だが、レイスは労わりの言葉をならべるのが苦手なのだろう。どれも相手の話に合わせるので精一杯という様子である。溌溂はつらつと作戦概要を口にしていた時とはまるで違う。基本的にぎこちないのである。


「人なの?豚なの?」

 部下たちと上官のやり取りを翻訳され、ソルは頭をひねる。


 トラフは苦笑を漏らした。





【作者からのお願い】


「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。



次回、「村落A」お楽しみに。

村の入口には、形だけの古びた門があった。昼前から吹き始めた西風に煽られ、悲しげな音を立てている――。



この先も「航跡」は続いていきます。


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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢

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