【2-2】騎兵と歩兵と砲兵と


 兵器として日進月歩の進歩が続く大砲。戦場において、その破壊力は揺るがしようもなかったが、砲兵が前線での脇役に甘んじている理由は3つあった。



 1つは「機動性と防御性の欠如」である。


 砲は地面に腰を落ち着けて発射する。そのため、1度布陣を組むと、そこから柔軟に動かすことが難しい。


 軽快な騎兵や歩兵により、刻々と戦況・部隊配置が動く戦場――そうした流れに鈍重な砲兵が乗ることは不得手であった。


 また、砲弾を送り出すために、砲兵は平原にその身をさらさねばならなかった。


 塹壕に隠れたまま発砲することはできないのだ。そのため、一度、騎兵に懐に入られたら最後、砲兵はなす術もなくむき出しの脇腹を蹂躙じゅうりんされる。


 塹壕と言っても、この時代はわずかな空堀程度のものであり、腰までしか隠れられないような代物が大半である。後世のような網の目のように張り巡らされた規模とは雲泥の差だが、とでは、防御力に格段の差が生じていた。


 このように、砲兵を運用するに際して、砲撃の破壊力よりも、機動力に欠き防御力に乏しい側面が、常に指揮官を悩ませた。


 歩兵を護衛に付ける、砲架に盾を据えるなど歴代の将軍・参謀・技術者たちが工夫を凝らしたが、抜本的な運用改善には至らなかった。


 結果、戦況に変化の少ない序盤に、砲弾を送り込むのが、砲兵の最も有効な運用として今日まで来ている。



 砲兵が主役の座を奪いきれていない理由――その2つ目は、「帝国における伝統」にある。


 先に述べたように、帝国軍は貴族将軍たちの連合体である。


 長年皇帝を支えてきた由緒ある一族たちは、騎兵を最も重視してきた。歴代当主たちは、幼少期より馬術をたしなむことが、貴族作法の一環とされていた。


 さらに、彼らは長じるにつれ、自らの馬上技量の研鑽けんさんだけでなく、騎兵部隊の編成と調練にもいそしんだ。


 色とりどりの華美な制服に身を包んだ騎手たちが、毛並みつややかな馬たちを一糸乱れずに操る――皇族を招いた閲兵式では、各貴族は自領の騎兵による妙技を競いあった。


 そして、騎兵隊による一斉突撃が、儀式の大団円に彩りを添えたのである。



 騎兵最重視の一方で、歩兵に対する扱いは、良く言えば淡泊、悪く言えば冷淡であった。


 軍団の多数を占めるのは歩兵であり、その存在がなくば、戦闘そのものが成り立たない。


 しかし、歩兵など上官の指揮命令に従えばよいだけの糸操いとぐり人形であり、銃弾に倒れたらすぐ次を補充すればよいだけの駒に過ぎなかった。


 出兵に先だって、歩兵として掻き集められてきた貧農の次男三男は、読み書きできる者などごく稀である。


 さらに、帝国東岸領においても、北部から集められた歩兵たちは、南部のそれらとは会話すらできない有様であった。お互いなまりのひどさは外国語並みであったからだ。


 家宝のごとき騎兵に消耗品たる歩兵――そうしたなか、戦闘開始早々、敵味方で砲弾を交換するだけの砲兵は、「露払つゆばらい役」と揶揄やゆされるだけであり、存在感が最も軽薄であった。



 砲兵に陽が当たらない理由――3つ目は、「軍事費」である。


 育成に労力と金を惜し気もなく注ぎ込む騎兵に、使い捨ての駒ながら、数だけは潤沢に揃えねばならぬ歩兵――。


 そうした軍編成の都合、泥や硝煙にまみれ、小難しい弾道計算を要する露払い役にまで、貴族たちは資金が回らなかったのである。


 歩兵の商売道具である小銃にくらべ、金回りが及ばなかった大砲は、砲兵各隊への配備も遅れがちであった。


 そのため、火器製造社での生産体制が確立されず、砲架・砲身・砲弾と、火砲にまつわる物資備品の価格は、値崩れすることもなかった。


 こうした製造元の事情もまた、各隊における砲兵配備の遅れにつながっていたのである。



***



【第2章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428630905536

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 帝国軍のように、武具兵馬を自前で用意しなければならない組織では、砲兵部隊の準備が貴族の頭痛の種となって久しい。


 まして、騎兵の維持管理に莫大な費用を捻出しているなかでは、なおさらであった。


 とりわけ、今回の遠征では、司令部から砲兵部隊の過重労働が強いられ、高価な砲弾を湯水のごとく消費することが求められた。


 それは将軍たちが、自領の財政悪化に懸念を示すほど、深刻なものであった。


 3年かけて備蓄してきた弾薬が、この3週間で払底したのである。


 イブラ=マグノマン准将は、連戦による睡眠不足が眠気を誘発しても、素直にそれに応じる気分にはなれなかった。


「あのチビめ……」


 転がった受話器を睨みつけたまま、マグノマンは、顎に伸びた無精ひげを力強く引き抜いた。


 3日3晩戦い続け、さらに追撃をかけろという。


 このような無謀な作戦は、副将兼参謀長のエイモン=クルンドフ中将による差しがねにほかならぬと、容易に想像がついた。


 これを機に、出世争いのライバルであるマグノマン准将の力を削ごうとしていることは、前線の将軍たちの間でも話題になっている。


 東征軍のなかでは少ないながらも、クルンドフのように、老司令官・ズブタフ=アトロン大将を支持する者が、総司令部の要職に就いていた。


 一方で、このマグノマンや四将軍のように、狐面の傅役もりやく・ターン=ブリクリウ大将の派閥に与する者は多い。しかし、それらは前線の指揮官が多く、東征軍総司令部を牛耳るまでには至っていない。


 そうした状況が、前者による後者への締め付けという被害妄想を助長していた。


 滑稽こっけいなことに、総司令部において、短身の副司令官兼参謀長は、長身の先任参謀が提唱する強行軍に懸念を示していたのだが、その事実を知る者は前線にはいなかった。



 結局、マグノマン旅団は7日間昼夜とおしでヴァナヘイム軍の追撃を続けることとなった。しかし結果として、敵将ランディ以下、そのほとんどを砦に籠る前に捕捉・撃滅できたのである。


 3月26日、ランディ隊の壊滅を見届けると、マグノマン将軍以下幕僚たちは、達成感に浸るよりも、押し寄せる疲労感と睡魔につぶされた。


 彼らは一様に祝い酒の開栓よりも、ハンモックや野戦ベッドの準備を進めたほどである。



 総司令部からの新たな指令書が届いたのは、それから3日後のことであった。


「……今度は何を指示してきた」


 イブラ=マグノマン准将は、不機嫌そうに伝令から通信筒を受け取った。


 電話でも電信でもなく、古典的な書類での伝達方法からして、重要な作戦事項が記されていることは疑いない。疲労の色がいくぶんか抜けた幕僚たちに、再び緊張が走った。

 

 マグノマンは老眼鏡をかけると、通信筒から書類を取り出す。そして、起き抜けでかすむ目を細めながら、指令書に目を通した。






【作者からのお願い】


「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。

2023年12月15日追記



次回、「利息」お楽しみに。

東都凱旋の折には、レクレナはひと月のあいだ、毎日別の男性士官との昼食を相手にせねばならないだろう――。



この先も「航跡」は続いていきます。


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