【1-3】 四将軍

【第1章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700427139187640

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 翌朝、ヴァーラス城の回廊を、スタア=オウェル中将を先頭にした参謀部の幕僚たちが進んでいた。


 痩身中背の中将は、歩き方もスマートである。


 その後ろに、自信と愛嬌をないまぜた笑みを浮かべ、青年参謀が続く。参謀集団のなかでは、紅色の頭が1つ抜けていた。


 石造りの床や壁は清められていたが、数日前まで、城中に充満した血なまぐさい空気は拭いきれていなかった。



 一方、回廊の先から、リーアム=ブレゴン少将、ユアン=イース少将、エイグン=ビレー少将、ゲイル=ミレド少将――帝国四将軍――が進んでくる。


 4人とも軍服は土埃に汚れ、頭髪も乱れていた。さらに彼らの両目は充血し、殺気が消え切っていない。


 イースなどは、そのトレードマークであったはずの樽腹が、いくぶんかしぼんだように見える。


 四将軍の部隊はヴァーラス落城後、4日間も城外の荒れ地に待機を命じられ、昨夜になってようやく入城を認められたのであった。その間、風雨は容赦なく彼らの頭上に降りそそいでいた。



 参謀部隊と攻撃部隊のトップが回廊の途中で邂逅かいこうした。将軍たちは端に寄り、参謀長に対し敬礼をする。


 オウェルは答礼しつつ、

「次の作戦に備え、けいたちには明日にでも出立してもらう」

とだけ述べると、将軍たちをろくにねぎらうこともせず、そのまま回廊を進んでいった。


 参謀部の幕僚たちもそれに続いていく。



 道を譲る形になった四将軍は、参謀長一行の背に苦々しげな視線を送り続けた。


「おのれオウェルめ。我らを何だと思っておるのだ」


「我らはヤツの私兵ではありますまい」


 ビレーの甲高い声に、出っ歯を光らせミレドがすかさず同調する。


「立案した作戦が当たっているからといって、オウェルのヤツ、図に乗り過ぎではないのか」

 自分より年下の上官を2度にわたって呼び捨てにし、ビレーは右の掌で城壁を打つ。


 しかし、濡れそぼった手袋からは、快音は響かなかった。


「このままでは、参謀長殿にすべて功績を奪われてしまいますぞ。我々はくたびれ損です」

 イースの口調は、その萎みかけた樽腹のように活力を欠く。


此度こたびの遠征では、我らはヤツにあごで使われておるだけだからのう」

 年長者のブレゴンも忌々し気に腕を組んだ。



 今回のヴァーラス城攻防戦において、帝国側の作戦は異論を差しはさむ余地がないほど秀逸であった。


 しかし、ひと月も早い作戦完結は、最前線の各部隊へいっそうの負担を強いていた。


 銃弾飛び交うなか、参謀部「起」・総司令部「発」の厳しい命令を四将軍の将兵たちは粛々と遂行していった。


 彼らが心の拠りどころとしていたのは、城塞備蓄の軍資金や領民所持の金品への略奪のほか、逃げ遅れたヴァ国子女への強姦であった。


 この時代、戦勝国側が占領地の略奪を行うことは暗黙に認められていた。軍備を自前で整えねばならない帝国貴族将軍たちにとって、略奪は死活問題であったからだ。


 とくに大きな被害を出した貴族将軍は、その損失を少しでも補填すべく、「現地調達」にいそしまねばならない。



 ところが、ヴァーラス城を落とした後も、四将軍の部隊にそうした機会は与えられなかった。


 城塞司令官からの降伏を受託すると、総司令部から与えられた命令は、城壁内各所から上がる炎の即時鎮火であった。


 火災が鎮まると、将軍たちには「城壁外退去」が命じられた。


 郊外で露営を余儀なくされている合間に、入れ替わるようにして、参謀長オウェル中将の部隊が、城壁内へ乗り込んで行った。



 数日後、ようやく許可されて彼らが入城してみると、城塞の金庫は、すべてオウェル中将の管理下に置かれていた。


 何より驚いたのは、城内には各戸とも金品はおろか、領民そのものがほとんど見当たらなかったことだ。


 聞けば、彼らの代わりに入城した同中将の部隊が、ヴァナヘイム軍兵士から女子供たちまで、希望する者を城外に避難させてしまったのだという。それも、ご丁寧に護衛までつけて逃がしたというではないか。


「このまま、ヤツをのは、まずいな」

 4人の将軍たちが思案に暮れていると、年長者の少将ブレゴンが泥のついた軍靴を1歩進めた。


「わしに良い考えがある……」

 ブレゴンの皺枯しわがれ声を合図に、残りの三将軍は額を寄せ合い、話し声をひそめた。



***



「あの老人め、ヴァーラス城を陥としても、何らの沙汰も寄こさぬ」


 帝国東岸領統帥府では、アルイル=オーラムが醜悪な顔をさらに歪め、右の拳を左の掌に打ちつけている。


 膨張した腹の前で肥えた両手が衝突すると、金色の腕輪も左右ぶつかり、高く淡い音を立てた。その勢いで袖が当たり、美しい装飾の施された酒杯が倒れそうになる。


「アトロン総司令の意思ではなさそうです。ヴァーラス城では、参謀長のオウェルが略奪を禁止したとか」

 前線の事情を口にしながら、ターン=ブリクリウはそつなく酒杯を押さえた。


「なんだと」

 主人の唾が袖にかかったが、狐面の傅役もりやくは素知らぬ様子のまま、懐紙でそれを拭う。


 帝国軍では、略奪で得た財宝の一部や、敵方の身分高い娘などを、前線の司令官からスポンサーである高級貴族に献上することが慣習化されている。


 「出兵前に、莫大な兵馬や軍需物資を提供いただいた御礼」というのが建前である。



 東征軍のオーナー兼スポンサーは、このアルイル=オーラムである。


 この帝国宰相嫡男は、上級大将として広大な帝国東岸領を統べている。


 ところが、アルイルの元には、2週間前にヴァーラス城が落城したという知らせが入っただけで、娘はおろか財宝すらも届いていなかった。


「ヴァーラスの城主の姫は、まことに美しいと聞いたことがある……」

 全身に脂身をまとった帝国上級大将は、だらしなく口元を緩めた。

 

 ――先日、北方で捕らえた女にはもう飽きたのか。

 主人の漁色ぶりに、ブリクリウは呆れる思いであったが、そのような様子はおくびにも出さない。


 この色狂いの性質は、御父君ネムグラン=オーラム宰相閣下の覚えがめでたくないとの専らの噂である。


 だが、御子息の助平根性は正せるはずもなく、その方面には極力関与しないようにするのが最善手と、権力闘争下につちかわれたブリクリウの生存本能が警告している。


 もっとも、その昔、政敵の側室を己の妾にした挙句、政戦を忘れるほどに溺れた宰相閣下も、この息子と同類ではないかと彼は思っている。


「催促の無電は打ったのか」


「はっ。繰り返し打電しております」


 肥えた主人は、短い妄想から覚めると、前線からの貢物到着が遅れ、苛立っていたことを思い出したようだ。いつもながら表情の転化が目まぐるしい。


「して、オウェルからの回答は」


「依然ありません」


「おのれ、このワシを愚弄ぐろうするか」

 アルイルは短くうなった。酒気を帯びた息が、赤いだんご鼻から放出される。


「……オウェル参謀長のやり方については、前線の将軍たちからも不満の声が相当に上がっているようです」


「戦後の取り分が何もないときては、当然だろう」


 リーアム=ブレゴン少将をはじめとする不平不服の報告を聞き終えたアルイルは、太く短い腕を組んでしばらく考えていた。


 しかし、それをほどくと、充血した目を傅役に向けて言い放つ。

「替えるか」


「御意。我が軍は連戦連勝。いまの状況であれば、どんな無能な参謀でも大過なく作戦を遂行してくことでしょう」

 ブリクリウは狐のような目をいっそう細め、主人に追随した。





【作者からのお願い】


「航跡」続編――ブレギア国編の執筆を始めました。

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


宜しくお願い致します。

2023年12月15日追記



この先も「航跡」は続いていきます。


四将軍の気持ちも分からなくはないと思われた方、

ラードに狐……また濃いキャラたちが出て来たなと思われた方、

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クヴァシルたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「花鳥園」お楽しみに。


イース少将に先導された憲兵隊は、参謀部が詰めている城内の一室に荒々しく踏み込んだ。

「オウェル、貴官を捕縛するよう憲兵本部より命令が出ている。神妙にいたせ」

突然の来訪者たちに、セラ=レイス少佐以下、室内の参謀たちは思わず手を止め、足を止めた――。

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