第18話 えっ混浴風呂ないんですか?話が違う・・・。

「えっ混浴風呂ないんですか?」


「えっええ・・・・・・去年の3月ごろに撤廃されました。ご存じじゃなかったですか?」


「話が違う・・・・・・」


 なんでや!なんで教えてくれなかったんやカシマはん。てか、去年の話じゃん。チケット買う時点で絶対知ってたよなカシマも。これは受付で入浴時間を確認していたときに起きた事件である。受付のお姉さんから衝撃の事実を伝えられ、頭の中が真っ白になった錦はトボトボとナギが待つ部屋へ向かっていた。


「まぁ・・・・・・いいけど」


 そう、混浴があるからと言ってナギと一緒に入れるとは限らないし、一緒に入る口実を考え実行する緊張から解き放たれ、むしろすっきりしている。ここの温泉をゆったり楽しむことができるじゃないか、うん気にすることは無い。だが、混浴があると期待させるだけして無いのはいくら何でも悪質じゃないか~カシマ。これはまた会った時に文句言わないとな。


 ナギがいる部屋へ入り、畳の上にドンッ!と正面から倒れこむ。畳が思った以上に固く、錦の体はバウンドする。


「わっどうしたの錦くん!」


「いや、なんでもないよ。はははのはー」


「そう・・・・・・いっぱい歩いて疲れたもんね。ごはんの前にお風呂に入ろうと思ってるんだけど、錦くんはどうする?」


「先に行ってきなよ。ちょっと休憩してからにするよ・・・・・・」


「うんわかった。それじゃまた」


 大きな袋を抱えてナギは出ていく。きっと彼女は浴衣に着替えて帰ってくる。さぞかし似合っているに違いない。今までへの字だった口元が緩んでいく。いやいや、ここで気を抜くな琴乃錦。ナギは俺に気があるのかもしれない。超大切なことだからもう一度言おう、ナギは俺に気があるのかもしれない!それを踏まえて、ナギにどのようにアプローチをかけていくか、プランをしっかり考えて行かねばこの旅行が台無しになってしまう。


 悔しいが、このチャンスをくれたのはカシマだ。これで俺が意気地なしだということがカシマにばれてしまったら、俺はカシマに死ぬまでバカにされるに違いない。それだけではない、今まで猛烈に好きになった相手は彼女が初めてだ。もう二度と彼女のような女性に出会えるかわからない。未来の自分のためにも今日決着をつけるつもりでいくぞ!いつだ食事の後か?それとも寝る前?なんなら一緒に・・・・・・、いや順番が逆だ、それだけはダメだ。ならいつがいい・・・・・・。








「錦くん」


「ばぁぁぁぁっぁぁ!」


 聞きなれた男性の声。モグが俺の頭の近くまで来ているのに気が付かなかった。思わず叫んでしまった。錦はすっとび起き、畳の上でお尻をバウンドさせる。


「勝手に部屋に入ってくんなよ!こっちは真剣に悩んでいるんだぞ!」


「30分近くうつ伏せでニヤニヤしてたので、もしかしたら息が出来ていないのかと思って」


「30分もニヤニヤしてるなら、ちゃんと脳みそに酸素が回ってる証拠でしょうが!」


「それよりも、錦くん。ついさっきなのですが、この屋敷に不審な異世界人が数名訪れたようです」


「ほんとかモグ!」


「ええ、念のため報告をしようと思いまして・・・・・・ところでナギさんは今どこに?」


「!」


 錦は、モグの質問を全部聞く前に、畳を勢いよく蹴り、部屋を飛び出した。


「最悪の事態だけは避けないと!」


 錦は右手を勢いよく伸ばし、どこからか飛んできた黄金の剣を掴む。錦は黄金のオーラに包まれる。


「間に合ってくれ!!」














30分前。


「えっ混浴風呂ないんですか?」


「えっええ・・・・・・去年の3月ごろに撤廃されました。あの・・・・・・ご存じじゃなかったですか?」


「あっれれ・・・・・・」


 混浴がないことに気づき、受付のお姉さんにナギは顔を赤くしながら質問していた。ナギはこの温泉旅館の情報をあらかじめネットで調べていたが、情報が古かったみたいだ。ナギはメディアリテラシー力が弱い。


「まぁ、錦くんも私と入るのは嫌かもしれないし・・・・・・、私も自身無かったし・・・・・・まあいいか」


 ナギはトボトボと女風呂へ。更衣室を見る限り人はおらず、貸し切り状態であることがわかると、ナギのテンションは再び最高潮へ。


「替えの下着と、バスタオル。よし準備OK!」


 入浴後、できる限り早く髪を乾かせるように物品の配置を考え、衣服を脱ぎ、黒髪のウイッグを外し、着ていた服を入れるのとは違う袋にしまう。そして誰かに見られているわけでもないが、体をタオルで隠しながら温泉へ。


 昼間、錦と観光地を巡りまわってかいた汗を流し、隠していた綺麗な銀髪を洗う。普通に生活する上で、生まれつき銀髪であることは目立ちすぎる。ナギは目立つのをできるだけ避けたいと思い、自宅やカシマ達と会うとき以外はウィッグで隠している。髪を染めようと思ったときもあったが、いきつけの美容院では、この綺麗な銀髪を染めるなんてそんな罪深いことできません!と泣きながら反対され、自分で染めようとしたが不器用過ぎてうまくできず、結局、使い勝手がよいウイッグにたどり着いた。


 綺麗な銀髪と体を洗い、その後、湯船に足をゆっくりつける。


「気持ちい~」


 温泉に来たのは、何年ぶりだろうか。たしか私が一人暮らしを始める前、家族と一緒に来たのが最後だったかな。今回は錦くんも一緒。二人っきりで旅行だなんてちょっと段階を飛ばし過ぎている気がするけど・・・・・・でも生死を彷徨うやりとりをした仲だ、恋人の仲よりもずっと深いものに、いやいや、うぬぼれちゃいけない。錦くんに好きになってもらうように自分を磨かないと。




「ふぅ」


 のぼせちゃう前に帰ろうか。日はすでに落ち、月の光が湯に移り揺らぐ。夕食はどんなものが出てくるんだろう。楽しみだな。




 脱衣所に戻り、タオルを掴み椅子に腰かけ、髪と体を拭く足や股の下をしっかりと拭き、誰かが更衣室に入ってきて裸を見られる前に下着をつけようとした。だけど、それは出来なかった。理由は簡単でベランダに聖剣が刺さっていたという事柄の意外性に比べれば、小さな出来事だった。だが、これから浴衣を着るという彼女、いやすべての女性にとっては大きな出来事だった。そう、下着が無くなっていたのだった。


「嘘・・・・・・ちゃんと持ってきたのに・・・・・・盗まれた?」


 ちゃんと入る前に確認したのに。持ってきた袋を全部ひっくり返し、下着を探した。だが風呂に入る前に着けていた下着さえも見つからない。ナギは濡れた髪から垂れる水滴で、せっかく温まった体を覚ましてしまうことに嫌悪感を感じながら、一所懸命、見落としていないかもう一度見る。だが見つからない。


「盗まれちゃった・・・・・・」


 どうしよう。どうしよう。旅館の人に伝えないと。でもどうやってここから出よう。少し恥ずかしいけど携帯で錦くんに迎えに来てもらう?下着をつけないまま浴衣を着て行く?でも、もし着けていないことがバレたら・・・・・・。


「ナギ!大丈夫か!」


「えっ?錦く・・・・・・きゃああ!」


「あっごっごめんなさーーい!!」


 ナギの一番最初に考えた作戦が強行実行された瞬間であった。

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ベランダに聖剣が刺さっていたから 白い黒子 @shiroi_hokulo

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