第17話 これってダブルデート?

「おーい、太郎君。交代の時間だよ。お疲れ」


「はい。お疲れさまでした」


 太郎というのはこのバイトをするために用意したモグの偽名。モグは旅館のはっぴをたたみ、スタッフルームからとぼとぼと出る。恰好は相変わらず黒いロングコートで、真っ白な顔を目立たせる。旅館の裏側の扉を出たとき、タイミングよくプルプルと携帯が鳴る。カシマからだ。


「もしもし」


「やぁ、相棒。例の二人は旅館に来ているかね?」


「ええ、来てますよ」


「よし、それじゃあ、彼らが無事ラブラブになれるよう君がサポートしてあげるんだ!」


「えぇ・・・・・・嫌ですよ。カシマさんの株上げになんで協力しないといけないんですか?」


「うっ・・・・・・。冷たいこというなよモグ。君もあの二人が結ばれる未来が見たいだろう?見たかろう?見るしかないよね!」


「勝手に決めないでください。カシマさんがやればいいじゃないですか」


「僕も出来ればそうしたいさ・・・・・・」


 携帯の向こう側でがさがさと音がする。


「ちなみにカシマさん、いまどこにいるんです?」


「こらー!カシマ!さぼってないでこっちのケーブルをそっちにつなぐ!」


「あぁ・・・・・・そういうことですか」


 そういえばそうだった。前の事件後、たまりにたまったカシマの携帯の使用料金をめぐってメリーとカシマとモグで相談をした。今まではモグが代わりに払っていたが、負担が重すぎるということで、これからはカシマが払うことになったのだった。カシマに払えるほどの貯金があるのかと不安に思っていたが、こういうオチがついたか。


「ひゃい、ただいま!」


 カシマは携帯をその場に置いたまま、走っていってしまった。


「たく・・・・・・もしもし、私メリーさん。あんたの相棒さん手際はいいけど、すぐさぼるから大変だわ?よく長年付き合ってられるわね。信じられないわ」


「同感だ」


「で、で!今から何か面白いものが見られるの?あの二人ってもしかして錦くんとナギちゃん?あの二人はいまn」


 ブチン。携帯を切る。知っている。こういう話になるとメリーは止まらない。ただでさえこっちは早く昼ご飯を食べたいのだというのに。もし、メリーがこの件に関わろうとするとよからぬことが起きる。手間が増えてしまうだろう。だから・・・・・・。


 プルプル~電話が鳴る。しかし、ブチっと切る。メリーは電波を利用してワープすることが出来る。それが彼女の能力だ。この電話に出たら最後、俺はあいつからは逃げられない。


「残念だったな」


 だが、もう安全。電話にさえ出なければメリーはとんでこれない。そう・・・・・・電話にさえ出なければ・・・・・・。


「もしかして・・・・・・」


 モグは旅館の正面玄関へ回る。


「はい。はい? メッメリー?」


 受付の女性がイタズラと思わしき電話に出てしまった。


「くそ・・・・・・遅かったか」


「なんでそんなに嫌がるのよ!」


「ぐえ」


 メリーが小柄な体でありながらモグの首を全体重を使って絞める。


「さぁ!話を聞かせて!」














「お~い、こっち終わったぞ~、あれ?メリー?メリー様~」


 カシマはメリーの机の上にあったメモ用紙に書いてある文字を読む。


「しばらく、留守にする・・・・・・今日やることは全部この下に書いとくから頑張ってね!?全部僕ひとりでやれってかぁぁぁぁぁぁ!」











 旅館の近くにあるメインストリート。お土産屋さんはもちろん唐揚げ、クレープなどのおいしい香りが漂う。錦とナギは二人でこの観光地を巡っていた。それほど有名なところではないが、のんびりと歩きながら二人の仲を確かめ合うのには十分だった。だったが・・・・・・。


「(なにを話したらいいんだ・・・・・・)」


 錦は観光地を巡る作戦は成功と言っていいが、それまでの時間をつなぐ手段を考えていなかった。ナギが好きであり、ナギにも自分を好きになってもらいたいという思いが強く、かえって何を話していいかわからない。


「え~っと、そろそろおなかへった?」


「うっうん」


「じゃあ、あそこのコロッケでも買う?」


「そうだね!おいしそう」


 ナギの反応を見て錦は安心する。気を付けなければいつ、もう帰りましょう、と言い出されるか分からない。


「かぁ~じれったいわね!手をつなぎなさいよ!」


「うるさいぞ」


 身長差のすごい男女が二人、モグとメリーは錦とナギを尾行していた。電柱の影に隠れつつ、二人を追いかけていた。


「ねぇ、モグ!このままじゃ何も進展しないままよ!ちょっとハプニングを起こして・・・・・・」


「やめろ」


 走っていこうとするメリーを何とかモグは食い止める。はたから見れば、犯罪のように見えるが幸い人通りは少ない。これだからメリーには来てほしくなかったのに。しかたない。餌で釣る。


「なぁ、中学生。コロッケをおごってやろう。俺の腹が減ったついでだ」


「中学生じゃないわよ!コロッケぐらい自分で買うわよ」


 メリーはふわふわした服をがさがさとあさったが、財布がない。


「あっ・・・・・・急いで来たから、財布を忘れたわ」


「なら、大人しくおごられろ。そして、無駄に行動するな。じゃなければコロッケ代を請求する」


「ぐぬぬ」


 知っている。メリーの体は小さいがその体からは想像できないほどの食いしん坊であると。この条件はあっさりと飲んでしまうだろう。


「仕方ないわね、大人しくしてるわよ」






 


 お昼の3時頃、錦とナギはやがて雰囲気のよいカフェへ。窓からは自然豊かな風景が一望できる窓際のテーブルに座り、観光めぐりの話題で自然と会話が弾む。ニワタリの屋敷も自然に囲まれているという話題から、ナギの家の話に移った。


「そういえば、天都さんの家ってどういう感じなの?大豪邸?」


「ううん。そんなんじゃないよ。普通の家。今は私は一人暮らしだけど」


「へぇ~」


「先祖代々、カシマさんのお仕事を手伝ってるっていうけど、そんなに優遇された生活をしているわけでもないよ。お母さんが一族の人で、お父さんは一般の人。普通に合コンで知り合ったんだって」


「合コンね・・・・・・」


 俺ももしカシマやニワタリと出会うことがなければ、今頃合コンとかいって彼女ができていたのかもしれない。でも、こうやってナギに出会えたことは喜ばしいことだが。


「ねぇ、錦くん。私と最初に出会った日を覚えてる?」


「えっ?」


 しばしの沈黙。ナギは錦の目をまっすぐに見つめる。


「それが・・・・・・あまりはっきりとしてないんだけど、あの日君に助けられてから、思い出したんだよ。俺が川に流される前のこと」


「やっぱり、覚えていてくれたんだ。顔やオーラが似ているだけでてっきり違う人なのかなと思い始めてたんだ」


「なんで、今まで忘れてたんだろう。もしかしてカシマに頭を操作されてたのかな?」


 ちらりと窓の外を見る。スズメがベランダで遊んでいるのが見えた。


「カシマさんはそんなことしないよ。だって私たちの味方だもの」


「だけど、俺に作戦の説明も一切しないで記憶をいじったんだぜ、あり得ないだろ。だからあの日以来、あいつに さん つけて呼んでないからな」


「ふふっ、それだと以前より仲良くなった感じがするね」


 ナギはお上品に右手を口元に持って来て笑う。あぁこの仕草いいかも。


「じゃあ、錦くん。その・・・・・・私のことも・・・・・・」


「私のことも?」


「天都さんじゃなくて、ナギって呼んでもらえるかな・・・・・・」


「!」


 カシャン! 窓側から一番遠い席に座っていた背の低い女性が、砂糖を入れるスプーンをコーヒーの中に落とす。動揺していたのだろうか、一緒のテーブルに座っている男性が、スプーンを救出し女性の頭にチョップする。この一連のやりとりはどうやら錦とナギには聞こえていなかったようだ。


 錦は顔を赤くし、壁に掛かっているメニューへ視線を移す。


「ええっと・・・・・・」


「無理なら、無理でいいよ!」


 ナギも机に視線を移し、カップに入った紅茶を勢いよく飲む。


「いや、いつも錦くんって呼んでもらっているのに、天都さんっていうのもおかしいなと思ってたんだ・・・・・・これからはそうするよ。その・・・・・ナギ・・・・・・」


 二人は一瞬目を合わせたが、恥ずかしくなりまた目線をそらす。その光景を輝いた目で見つめる女性がいたのは言うまでもない。










「危うくバレるところだった・・・・・・」


「見た見た!?絶対お互い両想いよ!これは盛り上がってきたわね!」


 メリーには反省という言葉は無いのだろうか。モグ達は暗くなり始めたメインストリートを歩いていた。とっくに錦とナギは宿に戻っている頃だろう。


「なあ小学生。お前はいつ帰るんだ。親が心配してるぞ」


「小学生じゃないわよ!今日は帰れないかも~あの二人は一緒の部屋なんでしょ?こっそり錦くんの携帯に電話して~クククッ」


「犯罪だぞ」


 あたりは常夜灯が点灯し始め、幻想的な雰囲気になり始めた。


 プルプル~メリーの携帯が鳴る。


「カシマからだわ。はいもしもし私メリー。えっ部品をなくした?嘘!なんてことしてくれたの!」


 メリーの顔が青ざめる。


「いったほうがいいんじゃないか?」


「うう、気になるけど~もしサーバーダウンなんてしたら、とんでもない損失よぉ。はぁ・・・・・・あんたの相棒って本当に最高ね」


「あぁ、最高だ」


「じゃあ、二人がその後どうなったか教えなさいよね」


「教えられる範囲でな」


 そういい、メリーはワープをするために息を整える。


「じゃあ、またねモグ」


「ああ、楽しいデートだった」


「ふぇ?」


 ピュン、メリーはワープをしモグは一人残される。あのメリーの驚いた顔。これだから彼女をいじるのは楽しい。扱いは面倒だが。


「さて」


 モグは屋敷へ向かう。それは大事件の始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る