第16話 いざ温泉旅館へ
「えぇ!温泉旅館?私と一緒でいいの?うんうん・・・・・・カシマさんもそうしろって?」
夕飯の食材を買い終えた後、カフェで考えていた計画を実行していく。手始めにナギに電話。すべてのスタートラインはここにあり、もし、彼女が来れなければこのチケットの使い道は無くなってしまうだろう。
「うん。次の火曜日ね。わかった楽しみにしてる!」
それじゃと電話をガチャンと切り、公衆電話ボックスから出る。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
男は食材の入ったマイバックをしっかり握り、舞いながら家に帰る。まさに人生の絶頂。憧れのあの子と一緒に一泊。ん?一泊?つまり、彼女と夜を同じ部屋で共にしてしまう。向こうもそれを了解して、一緒に行くことを承諾した。つまり、当日俺はとんでもない状況に置かれるのでは?今まで女性関係と言えば友達止まりであることがほとんどだった。なのにこの数日間で、命の恩人で、幼馴染で、憧れのあの子と急接近、これは勝負にでるしかない!
急にドキドキしてきたが出発するのは二日後。それまで、健康的に、かぜなどを引かないよう過ごすだけだ。
次の月曜日。
「錦さん、今日もお出かけされないのでしょうか?」
「なんか、部屋にずっと籠りたいって言ってたよ」
全員が朝食を終え、凛子は赤いランドセルを担ぎながら答える。セラは洗濯ものを干していた。
「それぐらい温泉旅行に絶対行きたいということでしょうか。そういえば誰と行くのか聞いてませんね?凛子さんは聞いてますか?」
「さぁ、聞いてない。ニッシー友達少ないもんね。いたとしてもほとんど超人だし・・・・・・」
「ん?俺のことか?」
ニワタリは朝刊の新聞を縁側で読みながら、会話に入る。
「ニワタリはどっちかっていうと変人だよ~」
「なんだと?」
「わ~怖い!行ってきまーす」
凛子は素早く靴を履き小学校へ出発。
温かい朝日が差し込み、庭の花々が日浴びをしている。
「まぁ、なんだかんだいって、錦もいい年ごろだろうしな。きっと、あの子を誘ったんだろうなぁひひっ」
「あの子とは?」
セラが布団を腕に抱えたまま、ニワタリの方へ接近し、グイっと顔を近づける。
「ちょう、近い近い・・・・・・。ほら、前の事件で現世に錦くんを連れ戻してくれたあの子だよ。俺たちは姫って呼んでる。かわいらしくて気品があるいい子だよ」
「本人と会ったことは無いのですが、話でよく聞く方ですね。ぜひお会いしたいものです」
数分後、セラはすべての洗濯ものを干し終え、新聞を読んでいるニワタリの隣に腰掛ける。
「ふぅ」
「おつかれさま。いつもありがとうな。肩でも揉んでやろうか」
「お言葉に甘えて・・・・・・」
セラはニワタリに背中を向け、両手をセラの肩に乗せる。
「そういえば、最近、ニワタリさんの仕事は少なくなりましたね」
「俺が働かなくなるってことは、むしろいいことだ。異世界からのちょっかいは少ない方がいいからな」
ぐりぐり、もみもみ、トントン。ニワタリは自身が知っているマッサージ方法を次々に試す。
「私も、うれしいです」
「?」
「あなたがこの家にずっと居てくれることが。また、家の主がいなくなることを想像すると安心して眠ることができませんし・・・・・・」
「ふーん」
もにゅ。ニワタリはセラの慎ましく実った胸を揉む。
「きゃっ!」
「へへへっ隙あr」
ペチン
「ぶほっ!」
「サイテーです。見損ないました」
セラは、とことこと部屋に戻ってしまった。
「ははっ、ずいぶんと平和になったよな~ははっ」
ニワタリはずきずき痛む左頬をさする。そのまま縁側で横になり、目をつぶる。風が通る音、虫が鳴く音。いろんな音がニワタリを楽しませる。このまま眠ってもよいと思ったが、どこどこと近づいてくる足音。
目を見開くと、錦が顔を覗き込むように見ていた。
「ちょう、近い近い。なんだどうしたんだ」
「なぁ、ニワタリさん。あんたって女性の付き合い方のプロか?」
「へぇ?」
「今の俺に、レクチャーしてくれよ!頼む!」
「はぁ、本当に平和だなぁ~。いや、でも俺が教えられることは残念ながらねえな。この頬の後をみろやい」
お互いそこから会話は弾まなかった。
そして火曜日。俺の今後の人生を左右するといっても過言じゃない日だ。待ち合わせは旅館の前。のんびり風呂に入るプランと、近くの観光地に足を運ぶプランを兼ね備え、予定の30分以上早く到着する。レディーを待たせるわけにはいけないもんな。その約15分後。彼女が小さめのスーツケースを転がしながらやってきた。
「おまたせ~、ごめん。もしかして長い時間待たせちゃった?」
「いやいや、気にしないでって・・・・・・あれ?」
彼女の恰好がおかしいというわけではない。清楚なイメージにぴったりな衣装で、こういう恰好も悪くないと思うほどだ。あぁ、俺の語彙力があれば、今の気持ちをみんなに伝えられると思うのだが、残念ながらここまで。それ以上に驚いたのは彼女の髪の色が黒だということ。
「あれ?天都さん、髪の色変えたの?」
「えへへ、やっぱり気になるよね。これウィッグなんだ。普段から銀髪だと目立って恥ずかしいから人が多い所へ外出するときはいっつも使ってるの」
「なるほど・・・・・・」
その後2人で受付へ。さりげなくスーツケースを持とうとしたが、彼女に遠慮されてしまった。でも心遣いができる男というアピールにはなったはず。
自動ドアが開き、木々の香りが流れてくる。いかにも趣があり、この瞬間だけでも来てよかったと感じた。受付に行き、ベルを鳴らして背中を向けて作業をしているお兄さんを呼ぶ。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ・・・・・・」
『ええっ!』
ナギと声がハモった。見慣れたやつれた顔と細長の体。モグだった。旅館のはっぴを着ている。
「これは奇遇ですね。錦くんそれに姫さん。2人で仲良くご宿泊ですか?」
「奇遇じゃない。絶対奇遇じゃない!!わざとだろ!」
「モグ・・・・・・どうしてここに」
2人は恥ずかしそうに顔を赤らめる。まさか、こんなところに知り合いがいるとは思いもしない。しかも二人でいるところを見られた。
「わざとじゃありません。ここで5週間近く働いていますよ。少々ブラック気味で辞めたい気分にもなってきましたが・・・・・・。で、どのような部屋割りで?」
「このチケットだよ。絶対カシマから聞いてたろ?!」
「いえ、あなた方のプライベート・・・・・ましてやプライバシーにかかわることは私もカシマさんも突っ込んだりしません。だから、今回は本当に奇遇です」
「信じるぞ、その言葉」
チケットをモグに渡す。モグはせっせと受付の仕事をこなす。相変わらず手際はよいみたいだ。
「それでは、あの階段を3階まで上がってください。番号は305です。ご不明点等ありましたら、部屋の備え付けの電話、もしくは私の携帯電話に掛けてください」
「私の携帯電話に掛けてくださいなんて初めて聞いたよ・・・・・・」
こうして波乱の一泊二日が始まった。
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