ドキドキあの子の下着はどこへ?!

第15話 未知との和解

 場所はいつものカフェ。いつもなら一人でゆったりと過ごしている時間帯なのだが、今日は違う。


 向かいにはあの女性がいる。えっ?天都ナギちゃんだろって?


 のんのん。残念ながらそうじゃない。長いロングの髪でいかにも怖そうな雰囲気を出している彼女。そう俺を誘拐したあの女性だ。


「こ こ い い 雰囲気 で す ね」


 彼女のこの特徴的な話し方は昼間であっても背筋かぞくぞくする。


 なぜこんな状況になったのか説明しよう。まず俺は生きてこの世に戻ってこれたことに安堵し、昨日は久しぶりに熟睡した。あっ、俺の誘拐事件は昨日の夜のことだ。振り返ればたったの5時間弱の出来事だったらしい。そして、カシマに顔面パンチをお見舞いしたのも昨日のこと。まてよ、日付が変わって今日の出来事かもしれない。そんなことは置いといて、昼まで熟睡していた俺は、ニワタリの屋敷にいてもすることがなかったので、散歩がてら夕飯のお使いを引き受けた。問題はその道中。あの俺の誘拐現場を通った時、後ろから声をかけられた。


「あ の ぉ」


「ひんっ」


 変な声が出る。後ろをそっと振り向く。そこに前髪で顔が隠れた彼女がいた。昼間の明るさで怖さが半減してくれていてよかった。前みたいなシチュエーションだったらまた叫んでいたかもしれない。


「げ ん き そ う で な に よ り」


「どっどうも・・・・・・」


 そこから、どこかでゆっくり話がしたいと言われたので、いつものカフェへ。余談だが、地球の世界に住んでいるいわゆる現世の人達は基本的に異世界の住人を見ることは出来ない。偶に、超能力に目覚めたり、異世界のものに触れてしまったりして見えてしまうこともある。カシマ曰く、現世の人々の脳は異世界の存在を認知する機能が発達していないのだとか。なんでそうなっているのかはわからないが、知らなくてもよいこともあるのだろう。俺には見えてほかの人には見えないというシチュエーションはよくあり、今回もその一つ。店員さんに何名かと聞かれたら、ちゃんと一人ですと答えなければならない。別に二人ですと答えてもいいけど店員さんにとって二人目は永遠に店に来ない。


「それで、話したい事とは?」


 店員さんや他の客から見えずらい席を選ぶ。こうすることで目立つことを防げるし、話も気を遣わずにできる。みんなも異世界の人を店に連れていくときはマネしてもらっていいぜ!


「あなたを誘拐したことを謝りたくて・・・・・・」


 作者がスペースを空けて書くのも大変だろうから、俺が読みやすく翻訳します。


「私はアルデヒートという世界に住んでいるんだけど、最近景気が良くなくて、今の王様は経済のことよりも他の世界を侵略することしか頭にないみたいで・・・・・・戦争とか起こる前に違う世界に移住しようと思っていたの。私は旦那と子ども12人を守るために安全な世界を探してたの」


「子ども12人!?」


 思わず声を上げてしまった。


「おかしなことでしょうか?」


「いやおかしくないですよ。すみません、この世界の人々の基準的な子どもの数と違うかったので・・・・・・」


 前にカシマに言われた。世界のあり方は様々で子ども一人しか産めない世界もあれば、何百人と産む世界もある。まぁ寿命の違いだったり体の構造の違いなどもあるからそりゃそうだなと納得した。余談だが、同じ世界なのに法律がバラバラだったり、倫理感が違っていたりする現世のほうが珍しいんだそうだ。


「それで、安全な世界を探してこの世界に来たと?」


「はい、この世界は異世界との交流を限定的に行っているため、異世界とのいざこざがおこらないことで有名なんです。それに人が立ち入らない地域も多く、特に日本という国の山間部はとても住み心地がよいと言われています」


「えっそうなの?」


 まさか、今田舎にはたくさんの異世界人が住んでるのか?


「ちなみに・・・・・・その情報は誰から?」


「カシマさんです」


「そうきたか・・・・・・もしかして、俺の誘拐を促したのも・・・・・・」


「はいカシマさんの指示です」


「!」


 くそっ、まだ隠し事してたのかあいつ!次会ったら腹にパンチしてやる!


「あなたにはかなりの懸賞金がかけられていました。この世界での新しい生活を始めるのには十分な額でしたので、乗らないわけがありません。いや乗るしかありませんでした。そう思い、家族総出で、この世界をうろうろしているときにカシマさんからあなたの居場所を聞きました」


 おうおう、つまり最初からカシマの計画どおりだったってことか?


「できるかぎり、あなたを傷つけない方法で捕まえてくれとのことでした。さぞかし、あなたのことを思う方なのでしょうね」


 ほんとにそうかね~。


「だけど、僕の心臓には悪かったですよ・・・・・・言っちゃ悪いですけど話し方怖いですし、見た目が幽霊みたいだし、口からガス吐くし・・・・・・」


「話し方はすみません。生まれつきなので・・・・・・見た目も怖いですか?」


 長い髪の間からぎょろっと目が見える。


「ええと・・・・・・髪切った方がいいんじゃないでしょうか?綺麗な顔されてますし」


 人妻にしてもいいアドバイスだろうか・・・・・・。


「すみません。この髪型、旦那のお気に入りみたいなんです」


「それなら、切らない方がいいでしょう」


 うん。なんて一途な奥さんだ。旦那さんがうらやましい。


「じゃあ、あの口からガスはどういう仕組みなんですか?」


「あぁ、あれですか。私はちょっと特殊な体質でして・・・・・・自分の体に有害な物質は吸収されないというものでして」


「へぇ」


「だからあの時は、睡眠ガスをめいいっぱいに吸い込んであなたに浴びせたという感じです」


「なるほど」


 カシマの言う通り、俺を傷つけない方法で実行してくれたことにうれしさを感じる。思い出すとまだ怖いが。


「あなたを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」


「いいですよ、そんなに謝らなくても!」


 彼女がいなければ今の俺が五体満足に帰ってくることは出来なかっただろう。

 いやまてよ、結局カシマに刺されて肉体が消えるなら、あんまり関係なかったのでは?深く考えるのはよしとこう。


「また会う機会があれば、仲良くしてください」


「もちろんです」


「それと・・・・・・」


「?」


 彼女はごそごそとカバンをあさる。きっと俺を捕まえた報酬で買ったのだろう、新品だ。


「カシマさんが今朝私の家に来まして、協力してくれたお礼にといろいろな物資を届けてくださったんです。その時に、もし私があなたに会う機会があれば渡しておいてほしいと言われたものがありまして」


 彼女はスッと一枚のチケットを取り出す。


「旅館宿泊のペアチケットです。1泊2日ですが、ここの温泉はとても有名らしいですよ」


「えぇ!」


 温泉!めっちゃ行きたいと思っていた頃だ。でも・・・・・・ペアチケットか、誰を誘うか悩む。


「カシマさんが言ってたんですけど、錦くんならこのチケットを使って例の子ともっと仲良くなったりするんじゃないかなぁ と」


「!」


 カシマァ!


「混浴風呂があるって言ってました」


 カシマカシマぁぁぁ!お前ってやつはぁぁぁ!


「それでは、私は夕飯をつくらなければならないので」


 そう言い、彼女は席を立つ。


「新生活がんばってくださいね。応援してます」


 嘘である。今この男に他人の家族のことを心配、ならびに応援する余裕はない。天都ナギと一緒に泊まりお風呂に入るという妄想で頭がいっぱいである。故にいかにして彼女を誘うかを計画しているのであった!


 彼女はカフェを出る時にもう一度、長い髪の間から錦を見る。そこにはペアチケットを眺め、ニヤニヤしている男の姿があった。

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