第14話 琴乃錦の現世蘇生
「そろそろ時間ですね。準備はよろしいですか姫」
「準備は出来てるよモグさん。関係ないけど、そろそろ姫って呼ぶのやめてほしかな」
綺麗な銀髪を持つ彼女は向かいに居るモグに対し恥ずかしそうに返事をする。彼女はモグと一緒に人気のない丘の上にある小さな公園の中心に居た。夜22時を過ぎた頃、町の明かりがかすかに目に入る。
「では天都さん。先程説明したとおり、彼の意識が薄れる前に虚無から連れ戻してあげてください」
「うん。錦くんだよね。任せて。彼には昔からお世話になっているもの。今度は私が助ける番」
彼女は大きく息を吸い、そして吐き出す。膝を地面につけ、手を目の前に組み、息を止め、目を閉じ、全神経を集中させる。彼女の周りには風が吹き、公園の砂が巻き上がる。
「んー!」
彼女はうなり、眉間に深いしわを寄せる。しかし、何も起こらずただ彼女は祈るだけ。彼女の額には汗が。
彼女は念じるのを中断し、モグに助けを呼ぶかのように見上げる。
「はぁ、はぁ。ダメ、全然彼を感じられない!どうしよう・・・・・・」
モグは大きく目を見開き、あごに手をそえる。
「まさか、もう彼の意識は薄れてしまったのでしょうか・・・・・・それとも、まだカシマさんは錦くんを虚無に送れていないのでしょうか?しかし、それならば異世界に存在する彼を感じ取れるはずですが・・・・・・天都さんもう一度試してみてください」
「わかった!もう一度やる!」
銀髪の彼女はもう一度念じ始める。前より組む手に力がこもっている。
「錦くん。錦くん。お願い!」
モグは携帯を取り出し、カシマに連絡を取ろうとするが手が止まる。
「(なにか想定外のことが起きているのか、それとも予定より錦くんが早く虚無に送られてしまったために意識が薄れ、完全に虚無でさまよう魂となってしまったのか・・・・・・)」
「お願い、錦くん、答えて・・・・・・」
「(ですが・・・・・・)」
モグは、彼の名を呼びながら念じ続ける彼女を見つめる。
「(なにかしらのアクシデントが予測できる場合、カシマさんなら何かしらの手を打つはず。あの剣を扱うことが出来る錦くんを失うような事態は必ず避けるはず)」
モグは携帯を閉じ、ポケットにしまう。
「錦くん。私は覚えているんだよ。あなたと最初に出会った日のこと、錦くんは忘れちゃってるみたいだけど・・・・・・きっと運命なんだと思う・・・・・・カシマさんやニワタリさんに守られたおかげで今まで生きてくることができたんだよ。だから、今度は私たちで、私とあなたでみんなに恩返ししてていこうよ・・・・・・今の世界にとっても、私にとってもあなたは大切な人、だからお願い!」
「(つまり、カシマさん。あなたはこの二人の可能性に賭けているんですね)」
「錦くん!」
ブォン!
「なっ!なんと!」
モグは驚く。彼女の発した言葉が夜空に響いたとき、彼女の姿は公園から消えていた。まるで瞬間移動をしたかのように一瞬の出来事で、彼女がどのように消えたのかわからなかった。
「まさか、彼女も虚無へ?!」
自身の肉体と精神を虚無へ送り、そこに残留する魂を読み取ることができた人間は数人。しかも、ここ数百年はそれを可能とするものはいなかった。
「彼女は覚醒した・・・・・・・まさか、カシマさんはこれを見越して」
誰もいない公園、今の興奮を報告する相手もいない。あとは彼女に任せるしかなく、やることがなくなったモグは大人しくブランコに座った。
あたりはとても暗く、自分がどこにいるのかも知ることは出来ない。その中を彼女は飛んでいた。
「こ・・・・・・ここが虚無。何者でもない空間、あの世なのね」
彼女は未知の空間を訪れたことで心拍数が上昇していたが、恐怖や不安よりも彼を連れ戻す使命を全うするという意識の方が勝っていた。
「ここに、錦くんがいるはず!」
どうやら、念じた方向へ進むことが出来るらしい。彼女は上も下もわからない空間をひたすら飛び回る。聞こえてくるかもしれない彼の声を探しながら。
「やっぱりこの空間にはたくさんの魂がいる・・・・・・錦くんのことに集中してないと彼らの意識が私に入ってしまいそう」
彼女の名前は天都ナギ。彼女は霊能力者の家系の一人娘で、虚無に行った魂の声を聴くことが出来るという能力を持つ。天都家は先祖代々、地球の世界を管理するカシマを支えてきた一族で、今回のような死者蘇生の仕事や、魂の言葉を聞き、それをもとに犯罪を解決したり、人生相談に乗ったりといったことをしてきた。
死者蘇生にはいくつかの条件がある。まず肉体がどの世界にも存在していないこと。次に魂が何者であるかを忘れていないこと。そして現世への未練があることである。
故に、錦が現世に戻るためには一刻も早く彼を見つけることだった。
「お願い!返事をして!」
暗闇の中で彼女は叫ぶ、あまりにも広い空間。今だに彼の魂を見つけることが出来ない。
「そんな・・・・・・早くしないと・・・・・・あまりにも時間がかかり過ぎてる」
この間にも彼の意識は薄れていってしまう!。
「錦くん!」
俺は夢に見たあの出来事を思い出す。銀髪の少女とやつれた俺。川に向かって石を投げるだけの人生だと思っていた俺に、彼女は話しかけてくれた。もしかして、あの少女は俺の知っている人かもしれない。ははっ、今思い出す事なのか?今度会ったら聞いてみないとな・・・・・・まぁ、二度と会えないと思うけど。段々意識が遠のいていく、頭に浮かぶのはどうでもいい日常風景。朝日、布団、干したての洗濯物、朝ご飯、お気に入りのスニーカー、見慣れた街並み、いきつけの図書館にカフェ、そこで飲むコーヒー。時間が過ぎ、夕焼けに染まる道に山、好きな家、玄関、夕飯、お風呂、そして布団。ただ、俺と一緒にいたはずの人物の顔と名前はもう思い出せなくなっていた。懐かしさも感じる風景と別れることに悲しさを感じながら、俺は沈んでいく。
突然、目の前にふわふわと浮く白く輝いた物体が現れる。
「そういや、お前も・・・・・・いたな・・・・・・お前は・・・・・・誰だ?」
その物体は俺に向かって光を差し伸べてきた。位置的には手かもしれない。
「あぁ、ありがとう」
なんでそう返事をしたのかよく分からないが、俺も、その手に向かって手を伸ばし、そして触れた。
「こっちだ!!ナギ!」
「錦くん!」
暗黒の空間に希望の声が響く。
ナギは声の聞こえた方向へ急速で飛び、彼の胴体と顔を残して消えかけている体を見つけた。
そして、その勢いのままナギは彼に近づき抱きしめる。
虚無での目的を終え、彼を抱きしめた瞬間、虚無の暗闇は晴れていく。
ふっと目の前が一瞬見えなくなったかと思うと錦とナギの体は現世の遥か上空にテレポートしていた。
「やった・・・・・・やったよ錦くん。無事でよかった・・・・・・もう会えないかと」
目に涙を浮かべながら、ナギは強く抱きしめる。
「あぁ、俺もそう思い始めてた」
錦も自分が何者であるかを思い出し、ナギの抱擁に応える。
しばしの間、二人は抱き合っていたが、自分たちが雲の上から落下し続けていることに今更気づいた。
ビルの明かりが夜空を照らしているのがよく分かる。
「あっ、でもこのままだと死んじゃうかも!」
「いや、死なない。俺に任せてくれ」
錦は左腕で彼女を抱え、右腕を伸ばし、自分の剣を呼ぶ。
「こういうことだろ、カシマ」
アルデヒートにて。
「はぁ、まったく人使いがあらいよ。頑張って血生臭いあの空間に、ただでさえ入りたくないのに行かされて、結局剣見つかんないし、見つかりませんでしたって報告しようと二コラさんのところへ行ったら剣あるし。で、今この剣を保管庫へ持って行けだろ?はぁ、やんなっちゃう。自分で行けよなぁ」
下っぱがとぼとぼ黄金に光る剣を両手で持ちながら歩く。
「でもきれいな色してるよな。おいらもこういう剣欲しいな~」
誰もいないことを確認してしたっぱはぷるんぷるんと振り回す。
「いや、普段から使うにしてはちょっと重たいな。こんどから腕の筋肉もつけるか・・・・・・」
そういい、剣を持ち直し、再び歩み始めた瞬間、剣がぷるぷる震え始める。
「おん?」
ガタガタガタガタガタガタ!!!
「うわっ、この剣生きてるのかっ!怖っ!」
下っぱは、剣を放り投げた。本来ならばガチャンと廊下と接触する音が鳴るはずだったがその音はならず、剣はその場で浮いた。
「えっ!? 浮いてる?」
下っぱがのぞき込もうとした瞬間。ビュン!と剣が下っぱめがけて動く。
「うひゃぁ!!」
下っぱはしりもちをつく。
「はぁ!お助けぇ~」
下っぱは土下座のポーズで身構えるが、来るであろう一撃がいつまでたっても来ず、おそるおそる、顔を上げる。あの剣はどこにもなかった。
「はて?」
戻って地球の上空。
錦の思惑通り、あの剣が光の速さで右手に戻る。錦は全身黄金のオーラに包まれ、いつも以上の力が出せる気分になっていた。
「わぁ・・・・・・すごい」
ナギは輝くオーラに包まれ、感嘆の声を漏らす。
「天都さん。今なら飛べそうな気がするよ」
「え?」
ぐぅんと重力に逆らって体が持ち上がり、錦とナギは夜空を飛び始めた。
「わぁ!ちょっと怖いよ!」
「あはははっ!帰ってこれてよかったぁ!」
「ありゃ~ラブラブだねぇ」
モグが座っているブランコの反対側にカシマが座り、夜空の黄金の光で描かれる線を眺めながらつぶやく。
「結局、カシマさんの計画通りですか・・・・・・今度からはそこも含めて計画のお話をして頂けませんか」
「俺もおんなじ意見だぜカシマ」
ニワタリも、カシマの隣のブランコに揺れながら言う。
「第一!なんで俺は直前に伝えられたんだよ!急すぎるだろ!おなか減ったんだけど!」
「すみません、それは私のバイトが長引いてしまったからです」
モグはブランコでぶらぶらしながら答える。
「うぅ、責めづらいじゃねえか」
「まぁ、これからしばらくはこういう面倒ごとは起きないだろうさ」
カシマはブランコを降り、ギターケースを背負う。
「今回の事件で、かなり錦くんに嫌われちゃっただろうから、ちょっとサービスしてあげないとね。モグ、例のものは準備できてる?」
「えぇ、出来てます」
「よしそれじゃぁ、このお話は次回に続く!」
錦からの顔面パンチが飛んでくることをまだカシマは知らない。
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