第207話 番外編 なんちゃって制服デート3
「さて、依頼は明後日じゃし、しわにならぬよう服を干しておかねばな」
「うん、そうね。とてもいい提案だわ。ところで私からもいい提案があるんだけど」
「ん? なんじゃ?」
「制服、交換して着てみない?」
「えー、まあ着たいなら着てもよいが、リナに着れるかの」
宿に戻って、夕食の前にそそくさと着替えを済ませているとリナから変わった提案をされた。
それぞれに合わせたサイズで借りているのだから、頭一つ分、まではいかないが半分少々は差のある二人なので、おのずとあちこちのサイズも一回り小さい。
フェイには少し大き目だったので、入らないこともないのだろうか。こればかりは実際に試してみなければわからない。
けれど、リナは普段からズボンをはくとはいえ、特に男性的服装を着ているわけでもないので、興味があるとは意外だ。
と驚くフェイに、にっこり笑ってリナは持っている自分がきていた制服をフェイにあてた。
「私はいいから、フェイ、着てみて?」
「む。そっちか」
「そっちよ」
「ふむ。まあ、よいけど、どうせならリナも着てみてはどうじゃ?」
「んー、いいけど」
何故か不満げにしながらリナがフェイの制服に手を伸ばしたので、フェイもリナの制服を着てみた。
脱ぎたてなので、ほのかに暖かいのが、なんだか少し気持ち悪い。リナの体温だとはわかっているし、普通に自分で脱がしたときは気にならないのに、一度脱いで放りだされた衣類の暖かさの気持ち悪さはなんだろか。自分の服でも脱いですぐ着るときは気持ち悪いし。
と思いながら着るフェイをしり目に、リナはるんるんで服を着ていた。なんなら着てから匂いを嗅いだ。
「なんか、フェイが脱いですぐの服を着るっていうのも、いいわね。フェイの匂いもするし、包まれてる気持ちになるわ」
「変態じゃな」
可愛い笑顔だがそこは切って捨てる。何を言っているのか。
しかしそんな当然すぎるフェイの応対にリナは頬を膨らませた、
「なによぉ。可愛い乙女心じゃない」
「お主は可愛いが、それは乙女ではないじゃろ。さて、着てみたが、やはり私には大きいの」
フェイも服を着たので見せてみる。少し肩があまる感じだが、男性用とそう変わらない感じもする。もともと男性用の方が肩幅が大きい作りだったのだろう。
そう変わらない。が、そもそも大きめだったのだから、男性用と変わらないと言っても普通に袖はあまる。スカートの両裾を軽く持ち上げてみる。こうすると意外と裾が重いことがわかる。レースや裏地など重なっているだけではないようだ。
「そうね。ひざ丈がロング丈になってて、清楚なお嬢様って感じて、とてもいいわ。あ、髪も触らせて」
「う、うむ。まあよいが。その前にリナも、よく見せてくれ」
「え、ああそうね。どう? 似合ってる?」
リナはフェイが促すと胸を張ってジャケットを軽く片手で開いたり、後ろを向いて片足を曲げたりしてポーズをとって見せてくれた。ノリノリである。
リナはどうやら丈がちょうどよかったようで、ズボンで足は長く見え、少し大ぶりな男性的なデザインのジャケットもよく着こなしている。髪が長くシルエットだけ見てもとても男性には見えないにも関わらず、とてもびしっと決まっていて格好良く感じられる。
「ううむ。似合っておるし、格好いいの」
「ありがとう。でもなんだからちょっと不満そうに言うわね」
「じゃって、私の時より似合っておるんじゃもん」
「そう? まあサイズがあるから、仕方ないわ。ささ、それよりお姫様の髪を整えましょうねぇ」
リナはブラシなどを取り出して、備え付きのドレッサーの前にフェイを座らせ、その後ろに立ってまずフェイの髪を結んでいる紐をほどいた。
フェイはいつも肩に届くくらいの長さで首の後ろで一つ結びにしている。
リナはそれで少しあとがついてしまった髪を丁寧のとかしていくが、簡単には跡が取れない。普段は気にしないが、今日はお嬢様ヘアにしたいので、なんとかしたい。
「ちょっととれないわね。フェイ、このタオルを少し湿らせてかつ暖かくしてほしいんだけど」
「注文が多いの。どれ」
フェイは後ろが見えないのでよくわからないが、言われるままタオルを受け取る。まず空気中に水を出し、それを火でほどほどに温めてからタオルを入れて絞り、残ったお湯は消す。タオルはほどよく暖かいぬれた状態が残る。その間5秒である。
「わ、思った以上にあっさりしてくれたわね。さすがフェイ」
「なんじゃ、できんと思ったのか?」
「できるとは思ったけど、そんなに簡単にしてくれると思わなくて。本当、フェイってばすごいわね」
「ふふ。この程度、私にかかれば造作もないことよ」
「すごいすごい。じゃあこれつかうわね」
タオルを返してもらい、リナはフェイの髪にあててついた癖をなおしていく。
「む。思ったより気持ちいいの。もっと全体をふいてくれ」
「今はダメ。整えてるんだから。あとでお風呂入るときに洗ってあげるから」
「むー」
なんて会話をしながら、リナはまっすぐになったフェイの髪を再度とかし、軽く内側に癖がつくようにブラシをつかう。
「うーん。こんな感じかしら? もう少し長さがあると、編んだりもできるんだけど」
いつもと違う感じにしたいが、長さが長さなのであまりアレンジのやりようがない。だが鏡で全体図を見てみると、いつもサイドの毛がくくられてない状態からすると、頬にかかるように髪があるだけでも印象はずいぶん変わって見えた。
「うん。いいんじゃないかしら」
「うーむ。なんじゃか、ちと落ち着かんの」
「駄目? 気に入らないかしら?」
「そういうわけではないんじゃけど。何と言うか。女子っぽい感じがして」
「女子でしょ」
「そうじゃけど。うーむ。見慣れん。リナが気に入ったならよいけど」
「そうね……ちょっと、いい?」
「うむ?」
リナが横から覗き込んでくるので、フェイは鏡を向くのをやめて椅子に座りなおして体ごとリナに向く。リナは正面の少し斜めに立ちなおして顔を寄せじっと見つめてから、右手でそっとフェイの髪をかき上げて耳にかけた。
「……なるほど。いつも見えている耳はあまり気にならないけど、こうして隠してから私の手で出すと、なんとなくエロく感じるわね」
「お主はひょっとして、とてつもない変態なのかも知れぬな」
引くとか呆れるとか以上に、どこか空恐ろしい気になってフェイは真顔で言ったが、リナは何故か不敵にふっと笑う。
「そうだとしても、フェイ専用だから安心していいわよ」
「それ、安心できるのかの?」
「なによ。じゃあフェイ以外に興奮しろっての?」
「む。そんなわけないじゃろ」
「だったらいいじゃない」
「うーん。そうなるのかの?」
まあ、確かに理解できない部分に興奮されているとして、それで嫌なことを無理強いされるでもなく、フェイ以外に興奮するわけでもないのだから、いいといえば、よいのか。
とフェイがちょいと自分の顎を撫でながら首をかしげて自分を納得させていると、リナはすっと肩をよせあうように身をかがめて、座っているフェイと肩を組むようにして反対側の肩をつかんだ。
「そうなります。ところでフェイ、お腹空いてる?」
「ん? うむ。そうじゃな。そろそろ夕食の時間じゃな。おやつが少し残っているが、はいらんことはない。着替えて食事に」
「まあ慌てることはないじゃない? お仕事は明後日からで、まだ明日はお休みなんだから。ね? お腹が空くまで、ちょっとゆっくりしましょう?」
言いながらリナは肩を抱いたままフェイごと立ち上がる。そしてやや強引にドレッサー前からベッドに移動して腰を下ろさせた。そして空いている手でフェイの髪を改めて耳にかけて、耳たぶに口づけた。
「ん。リナ、興奮したのはわかったし構わんが、服を着替えるまで待たんか。制服が汚れてはことじゃろ」
「素直なフェイは可愛いわ。だけど、大丈夫よ。明後日までなら、いくらでも洗ってから乾くまでの時間があるでしょ?」
「借りてる服でそんなことをするわけにはいかんじゃろ」
「いいじゃない。ちょっとくらい」
「駄目じゃ」
すぐにでもと顔を寄せてくるリナに、フェイは慌てたようにせめてと服を脱ごうとジャケットのボタンに手をかけたが、リナが右手をつかんで上にあげさせ、それをベッドに押し付けるようにして仰向けに押し倒されてしまった。
「じゃあいいわ。今日の私は男子生徒だもの。可愛い恋人の、いたいけな女生徒を、無理やりものにしてしまうわね」
「お、き、貴族の設定はどうしたんじゃ」
抵抗しようとして、思った以上の強さで抑えられていたのでフェイはとりあえず口で説得するべく声をかける。制服デートとして設定まで決めたのだから、今日は一日お上品にいこうではないか、と。
しかしリナは上から見下ろして目をぎらつかせたまま、ぺろりと自身の唇を舐めてしめらせた。
「そうね。こうしてしまえば、フェイの婚約の話もなくなるもの。一石二鳥ね」
「そんな一石二鳥があってたま、ん」
「大丈夫。服は汚さないようにするわ。私が脱がせてあげるだけど。おっと。男子だったわね。服は汚さないよ。ただ、俺色に染めてあげるだけだよ」
キスでフェイの反論を防いでから、リナは話しながら思い出したように急に声音を変えた。
いつもとは違うその話し方に、ふざけているし馬鹿みたいなことを言っていると思いながらも、キメ顔で言われたその格好良さにどきっとしてしまったフェイは、諦めて抵抗をやめた。
そして翌日、肝心なところを触ったり舐めたりする前にはちゃんと脱がせてはくれたので、汚れずには済んだけど、やはり気持ち的に気持ちのいいものではないのでしっかり洗濯はした。
したけれど、今度はフェイの方が、制服のスカートを着るリナにその気になってしまって再度洗濯をすることになった。
贖罪の気持ちをこめて、依頼には真摯に、面倒な生徒にも丁寧に対応をした結果、妙になつかれたりまたややこしいことになったりするのだが、それはまた別のお話である。
番外編 おしまい。
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