第206話 番外編 なんちゃって制服デート2

「ねぇ、フェイ。あの髪飾り可愛いわね」

「そうじゃな。では買おうか」

「え、いいの? 嬉しい! 大事にするわね」

「お、おお? うむ! うむ。よいぞ」


 服が違ってもいつも通りのデート、ではなかった。手を繋ぐのではなく、手を組むくらいしかいつもとの違いは感じてなかったが、目についたアクセサリー店でのリナの反応がいつもと違った。

 軽く買ってあげる、と言うといつもならもっと迷ったりするのに、めちゃくちゃ素直に喜んでぎゅっと抱き着いてきたのだ。


 なんて可愛い反応だろうか。貴族で学生っぽさをリナなりにイメージしてのことなのだろうが、これは可愛い! なんでも買ってあげたくなってしまう。


「店主、これを頼む。すぐつけるゆえに、包装はいらぬぞ」

「はいはい」


 やる気のなさそうな店主の態度も気にならない。購入してさっそくリナにつけてもらう。 

 頭の後ろで結んでいた髪型はそのままだが、花飾りがともに揺れるとぱっと華やいで見える。


「うむうむ。よく似合っておって可愛いぞ」

「ふふ。ありがとう」


 はにかむように微笑んで指先で後ろ手に飾りを揺らすリナはとても可愛い。リナの可愛さにフェイはニコニコしてしまう。


「では、次に行こうかの」

「ええ」


 すっと腕が組まれる。いつも手を握っていて肌とはだが触れ合うのが心地よく、つながっていると感じられたが、こうしてふわりと肘を持たれるのも悪くない。

 どころか、体は普段より近く肩に抱き着かれるくらいの距離だ。これはこれでとてもいい。振り向いてすこし背をのばせばキスできそうなくらいだ。内緒話だってすぐできそうだ。


「リナ、お腹は減らぬか? そこの喫茶店によるのはどうじゃろう」

「いいお店ね。入りましょ」

「うむ」


 ドアを開けて店員に案内された真四角のテーブル席を前に、ふと思いついて、フェイはリナの席をひいてすわらせた。そして自分の席もずらして向かいではなく斜めになるよう移動して、一緒にメニューを左右から持って見る。

 卓上の木札にメニューが書かれており、おすすめはパンケーキのようでイラストまで描いてある。


「パンケーキが美味しそうじゃな」

「そうね、でも、うーん、結構大きいみたいね」


 リナが別のテーブルに運ばれていくパンケーキらしきものを見ながら、悩ましそうにメニューの淵を指先で撫でる。


「ならば半分こにすればよかろう。リナはイチゴが好きじゃったな。それでいいかの?」

「もちろん。ありがとう」

「構わんよ。すまんが注文したいんじゃけどー」

「あ、はーい」


 店員に注文をして、飲み物もそれぞれ頼む。これでよし、とメニューを机の端に戻したところで、リナは微笑みながら近い方のフェイの手を取ってつないだ。


「ふふ。ね、今日はいつもより、格好いいわよ」

「ふふん。わしは、リナの前ではいつでも格好いいんじゃぞ。知らなかったのか?」


 顔をのぞきこむようにしてくるリナに、フェイが得意げに調子の乗って返すと、リナはわざとらしく目をまあるくした。


「あらー、それは知らなかったわ」

「む。なんじゃあ、その態度は」

「だって、いっつも可愛いんだもの。ふふ。拗ねた顔も、可愛いわ」

「むぅ」


 唇を尖らせるフェイに、リナは笑ってそっと風で乱れた前髪を整えてくれた。


「今日のわしは、ちゃんと男なんじゃから、あまりそう言う風に言ってくれるな」


 今も外では男として振る舞ってはいるが、それはもうほとんど無意識のようなものだ。一応、男がいた方が対外的に話を進めやすいと言うのもあるが、依頼人にだってばれたところで問題はない。

 だけど今回はもう男性用で制服も借りているのだから、変に女の子として知られると具合が悪い。


 なので小声でそう注意すると、リナも顔を寄せて小声で答える。


「わかってるけど、大丈夫よ。フェイくらいの年齢なら、可愛い男の子だっていくらでもいるんだから」

「む……それなら、よいが」


 全然よくない顔でフェイはそう頷いた。内容的にはそれでいいのかもしれないと思ったものの、可愛い男の子がいるって、それはフェイ以外のその辺の少年を見て可愛いと思ったことがあるということではないだろうか。

 別に、可愛いものは誰が見ても可愛いのだし、フェイだってリナ以外の容姿の優れた人を見ればそれを可愛いとか綺麗だとか感じることはある。が、それはそれとして、気分はよくない。


「あら、何その顔」

「べつに。なんでもないぞ」

「絶対ある顔してるじゃない。あ、わかった。妬いたのね」

「何を得意げな顔をしておる」


 フェイが不満げな顔をしているにもかかわらず、リナはにっこにこでつないでいる手をにぎにぎ強弱をつけてきた。少しくすぐったい。

 リナはフェイに身を寄せるように机に乗りだして、反対の手で頬杖をついて顔をのぞきこむ。


「だって嬉しいんだもの。心配しなくても、あなたが一番よ」

「ふん。そんなことくらい知っておるわ」

「そう? だったら言わない方がよかった?」

「……いや、もっと聞きたいくらいじゃ」

「ふふ。素直でよろしい。……フェイが世界で一番、大好きよ」


 下から見上げるような目線で、囁き声で言われた。何度だって言われている言葉なのに、全然聞き飽きなくて嬉しくってリナが可愛くって、ぞくぞくして抱きしめたくなってしまう。

 にやにやしながらこらえていると、注文した品が来たので一度手を離して机にならべてもらう。


「ふーむ。目の前で見ると、やはり大きいの」

「ええ。でもすごくふわふわで美味しそうね」

「うむ。さっそくいただこう」


 ナイフで一口切り分ける。湯気がたちあがり、かかっている蜜がとろりと垂れて見ているだけで涎がでる。それをそっとリナに寄せる。


「リナ、あーん」

「え、私から?」

「うむ。最初の一番美味しいところを、リナに食べてほしいんじゃ」

「フェイ。ふふ。じゃあありがたくもらうわね。あーん」


 いつもは気にせずぱくついてしまうけど、今回は一品を二人で分けるのだ。男性としてリナとのデートをリードしている現在、一番最初の一口、と言う一番いいところをあげるべき。という持論によってフェイはリナに差し出したのだ。

 リナは意外そうだったが、ちゃんを意図を組んで笑顔で受け入れてくれた。


「んー、美味しいわ。ありがとう。じゃあ、次はお返しね。ナイフかして」

「うむ!」


 そうしてお互いあーんしあって、ゆっくりしてからお店を出た。先ほどのように腕組状態でまだ目新しい王都の街並みをぶらぶらする。


「にしてもさすがよね、何気なく入ったお店でもあの美味しさなんだから」

「うむ。しかしその物言いじゃと、ここに住んでる生徒っぽくないのではないかの」

「あ、そうね、生徒っぽいものいいって何かしら。明日の授業何かしらねー、とか?」


 いつもこう言うごっこ遊びと言うのか、好きなリナにしては詰めが甘い。そう思って尋ねたのだが、どうもリナにもこの設定は難しく持て余し気味の様だ。


「そうじゃな。と言うか学校ではどんな魔法を教えておるんじゃろう。魔法使いの国で、アリーのあの感じじゃったんじゃし、こっちじゃともっと微妙な感じなのかの」

「あ、あんまり大きい声で言うのはよくないと思うわ。フェイは特別なんだし」

「む。そうじゃな。しかし、魔法のことはおいておいても、学校と言うのがどのようなものか気になるの」

「私は一応、子供のころは集まって教わってたけど、貴族が通う学校みたいなそんな大規模のものじゃないから、多分全然違うでしょうね」


 元々、依頼内容を聞いて、そんな学校があるんだー、面白ーい興味ある―、くらいのノリで決めたくらいだ。フェイに至っては学校そのものと疎遠なのだし、リナだって魔法にはちんぷんかんぷんなのだからわからなくて当然だ。


「ふーむ。折角の機会じゃし、依頼の時に聞いてみるかの」

「いいけど、一応生徒たちには、本当の生徒のふりをするんだから、変なこと聞けないんじゃない?」

「そこはあれじゃな。わしの話術が火を噴くんじゃ」

「わぁ、とっても不安になるわね」

「できるなら、図書室の見学くらいはしたいのぉ」

「それはいいわね」

「じゃろ? ふふふ。わしの魔法の実力を知れば、向こうから勧誘してくるかもしれんの」


 などと調子に乗ったことを言うフェイだが、そこでリナは表情を変えて、抱いているフェイの腕をぎゅっとつよく締めてぐいと顔を寄せた。


「ちょっとフェイ、自己評価が低すぎるわよ」

「む? な、なにを怒られておるんじゃ?」


 一瞬、調子にのって、とか言われるかと思ったフェイなので、まさかの内容に目を白黒させた。

 そんなフェイに、リナは呆れたようにため息をついて見せる。


「あのね、フェイが実力を出しちゃったら、それこそ生徒を飛ばして教師に、なんならもっと大きな何かに巻き込まれるかもしれないのよ。ちゃんと自覚してよね」

「む、うむ。まぁ、そうかもしれんな?」

「そうなのよ。だから、依頼中は仕方ないけど、むやみと依頼人に実力を見せつけるみたいなのはよくないわ」

「ふむ。確かにの。以前にも宮廷魔法使い? とやらに勧誘された時は面倒じゃったもんな」

「そうよ。ていうか、そうよっ。それがあったわ。まあこの広い王都で会うことはないけど、ここが本拠地なんだから、同じように実力を知れば勧誘してくる人がいないとも限らないんだからね」


 もうすっかり記憶のかなたになっているが、フェイの実力にかつて大所帯で勧誘に来た挙句、勝手に試されて投網で確保されそうになったこともあったのだ。

 フェイの言葉でリナもそれを思い出し、少々怒り気味にそう釘をさした。


「う、うむ。そうじゃったな。気をつけよう」


 フェイもすっかり忘れていたが、確かにここがいわばおひざ元だ。あまり悪目立ちしない方がいいだろう。


「お願いね。もちろんどうなっても私はフェイと人生を共にするつもりだけど、だからこそ、フェイの意に添わぬことは嫌なの。わかってね」

「うむ。じゃけど、リナの意見も重要じゃからな。これからのことは二人で決めていくんじゃよ」


 いつもリナはフェイをたててくれると言うか、一歩下がって方針を決めさせてくれる節がある。フェイとしてはリナにも希望があるならそこはもっと言ってほしいところだ。ほんとにフェイの希望ばかり通していいのか、たまに不安に思うこともあるくらいだ。

 だけど本心からのフェイの言葉に、リナはにーっと笑んでしまう。


「ええ。ありがとう。ま、そんなフェイだから、どこまでもついていきたくなっちゃうんだけど。あー、フェイと結婚したいな」

「む? 何を言っておるんじゃ? もうして」

「設定」

「あ、そうじゃったな。うむ。そうじゃな、いずれ、の」


 そんな感じで、学生デートごっこになっているのかいないのか、グダグダしながら二人は学生らしく夕日が落ちる前には宿に帰った。

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