第5話
結婚式の準備を進めながら、イクサ様が魔物狩りから帰ってくるのを待ちます。
こちらから人を使って探させてもいます。見つけたらすぐに戻ってもらえるようにとお願いします。
当の本人がいないので、イクサ様のドレスのサイズを合わせることもできません。
「はい、ではこれまでイクサ様の服を作ってきましたので、それでサイズを合わせましょう」
私は今、イクサ様の服を仕立てていた職人と相談しています。
「イクサ様は派手で華美なものは嫌いますので、そこは抑えます」
「いえ、結婚式です。乙女の晴れ舞台なのです。そこは綺麗に仕上げて下さい」
「クロリア姉上、そうは言ってもイクサ様が着てくれなければ意味が無いではないですか」
イクサ様のドレスということで、聖女クロリア姉上も相談に乗ってもらいます。
「ゼイル、イクサ様も女の子なんですよ。結婚に思うこともあるはずです。私からお願いして、着てもらえるよう説得します」
クロリア姉上がいろいろと手を貸してくれるのはありがたいです。
ですが、イクサ様がクロリア姉上のお願いを、素直に聞いてくれるのでしょうか?
私から職人に聞いてみます。
「これまでイクサ様の服を作ってきて、イクサ様の好みなど解りますか?」
「実用一点張りですね。丈夫で動きやすいもの、飾りが無いものですね」
「やっぱりそうなんですね。あと気になるのはスカートなんですが」
「はい、私もそこが心配でして。イクサ様はこれまで1度もスカートを履いたことがありません」
私の国では男はズボン、女はスカートというのが当たり前なのですが。
チキュウ界のニッポン国では女がズボンという習慣だったのでしょうきっと。イクサ様はスカートを履きません。
私の国でも乗馬のときなどは、女性もズボンを履いたりしますが、貴族となれば女性はスカートというのが常識なのです。
ですがそれをイクサ様に押し付けるのはよくありません。何よりドレスを嫌がって結婚式から逃げられては困ります。
なので職人に注文しておきましょう。
「念のために、イクサ様にはズボンの結婚衣装も用意しておいて下さい」
「畏まりました。ドレスも派手なものと派手さを押さえたものの、ツーパターンで準備しておきます。ズボンの方も、そうですね、一見スカートに見えるような、腰回りに飾り布を用意しましょう」
「よろしくお願いします」
「ふう、あ、失礼。イクサ様の服を仕立てるのは精神が鍛えられますなぁ」
「なにかあったんですか?」
「いえ、私の作った自慢の一品が、豪華過ぎたのが気に入らなかったようでして、目の前で引き裂かれたことを思い出しまして」
引き裂かれたって、城仕えの職人の自慢の一品を、本人の目の前でですか?
イクサ様ちょっとひどくないですか?
「王族の儀礼の場にはそれに相応しき装いがある、と、私がしつこく説得したのがうっとうしかったのでしょう。こう、目の前で両手で真っ二つにビリビリと引き裂かれてしまいまして」
遠い目をした職人が苦笑しながら語ります。
「それでイクサ様の服とは、いつでも戦闘可能というものを仕立てれば良い、とも解りました。ですが結婚式となると、難しいですね。騎士の儀礼用のようにすれば着ていただけるかもしれません」
「腕の振るい甲斐が無いかもしれませんが、よろしくお願いします」
「お任せ下さい。他国の使者に侮られぬよう、それでいてイクサ様に着てもらえるように仕上げてみましょう」
どうも違うところにやる気を見出だしているような気がしますが、ここは職人の技に頼るとしましょう。
日にちが迫り、慌ただしく結婚式の準備を進めます。あまり大げさにすればまたイクサ様に逃げられるかもしれないので、結婚式は王族にしては簡素なものにすることに。
その代わり城下の年明け祭りは盛り上げて、勇者様が結婚することは派手に宣伝します。
他国には、勇者様がこの国の王族の一員となることを広めるのが目的ですから。
なかなか戻らないイクサ様にやきもきしながら落ち着かない日々を過ごします。
イクサ様が魔物狩りから戻ったのは、結婚式の前日でした。どうしてもっと早く戻ってくれないんですか?
結婚式までには戻ってほしいという要請に、首を縦に振って応えたイクサ様なので、それを守ってくれたのはありがたいのですが。
前日、ですか。
こっちは王族として結婚前儀式で身を清めたりとか、神殿に込もって神の教えを書き写したりとか、各国の使者の相手とか、結婚儀式の段取り変更とかいろいろしてました。忙しいものでした。
勇者様と王族の結婚式に列席を希望する貴族を断るのとか、ほんとにめんどうだったんですよ。
なるべく人数を少なくしてこじんまりとさせるのに、こんなに苦労するとは思いませんでした。
世界を救った勇者様って有名人ですからね。その結婚式なら一目見たいって人も多いわけで。
城下をパレードとかのお約束は無くしての異例の結婚式に。
魔王は倒され魔族の脅威は去ったものの、未だにかつての戦いの傷跡が残る現状。復興に力を注ぐ為に王家の催しは慎ましやかにする、とかいう噂を流して誤魔化しておきます。
代わりに城下の年明け祭りは派手にして他国にも宣伝、我が国の国民には勇者様が我が国の王族の一員になると大きくアピール。
うちの王族って、世界最強なんじゃなーい? もう魔族も魔物も怖くないじゃーん、と喜んでる民衆が多いので万事これでよし。
父上と兄上達と姉上達がいろいろと手を回し口を出して、結婚式準備を進めます。
私もなんのかんのと忙しく、イクサ様の方も衣装合わせに式の段取り説明などで、お互いに顔を合わせる暇もありません。
やっとイクサ様にご挨拶できたのは、結婚式の当日でした。
それも結婚式が初まる直前。
並んで神殿の聖堂へと入る扉の前です。
私は予行練習しましたけど、イクサ様は簡単な説明を受けただけでぶっつけ本番です。
「わ、私が、ゼイルです。よろしく、お願いします」
私はイクサ様を見上げて、なんとか声を絞り出して挨拶します。
初めて間近で見たイクサ様は、とても大きい方です。
頭みっつ分くらい私より大きいですね。私が同年代と比べて少し背が低いというのもあるのですが。
イクサ様より大きい方はまずいないでしょう。私の頭がイクサ様の鳩尾かヘソの高さなんです。
ほんとに人族ですか? オーガの血が入ってたりしませんか?
ボサボサの黒髪、感情の読めない黒い瞳。
肌は赤銅色で逞しい身体つき。
最初は鎧を着てるのかな? と、思ってたのですが、近づいてそれが筋肉という名の鎧だと解りました。
首も太く肩幅も大きくがっしりとして、鍛えられた筋肉が服を下から持ち上げているように見えます。
足も太く逞しく、太股の太さが私のウエストくらいありますね。
ズボンの礼服は騎士の儀礼用に似た純白の結婚衣装の、男性用デザインのもの。一応腰から後ろにマントのように広がる布がスカートがわりという。
無駄な抵抗が翻っています。
とてもかっこいいです。勇ましいです。
花婿がふたり並んでるようにしか見えないのでは?
私のイクサ様への感想は、
怖ー!
これひとつだけでした。
女性への感想としてあるまじきものという叱責は、甘んじて受けましょう。
だけど怖いものは怖いのです。生物としてのランクの違う絶対強者に見下ろされるというのは、生存本能に根差した命の危機を感じます。
何より、なんの感情も窺えない黒い瞳は底無しの穴のようで、同じ人族の眼差しとは感じられません。
首回りが苦しいのか、襟のボタンを外して鎖骨がチラリと見えますが、そこに女性の色香はありません。
首の筋肉が力強さを主張します。
この人が私の妻になるのですか?
これから夫婦になるのですか?
人族最強は伊達じゃない、立ってる存在感から違うのだ、というのが良く解ります。
魔王も勝てない絶対強者と並んで立って。
王族として身につけた、何があっても笑顔で良い姿勢がどこまで持つのか試されていますか?
ここでイクサ様には気に入られないといけません。怯えてるなんて見せてはいけないのです。
王族スマイル、王族スマイルです。
ニッコリです。ニッコリなのです。
イクサ様は私の挨拶を無言で見下ろしながら聞き、値踏みをするように私を見ます。
コクリとひとつ頷いたのは、私への返答なのか結婚を良しとする意味なのか、解りません。
本来花嫁が持つはずのブーケをポイと私に投げたので、私が胸元にブーケを掲げるように持っています。
何故?
気持ちを落ち着ける暇も無く、聖堂の扉が開きました。
あぁ、もう結婚式が始まってしまいます。
さっさと聖堂に入り進むイクサ様の隣で頑張って遅れないように歩きます。足の長さが違うので歩幅が違いすぎます。
早く進まないと遅れてしまうけれど、走るわけにもいきません。
余裕を持って歩いている振りで必死に隣に並びます。これ、難易度高くないですか?
王族と貴族と各国の使者が見つめる中、祭壇に向かって必死に優雅に見えるように早歩き。
イクサ様と並んで遅れないように、あの、ちょっとくらいこっちに合わせてくれませんか?
なんだかもう泣きそうです。
祭壇の前、聖女であるクロリア姉上の進行に従い、ふたり並んでクロリア姉上の言葉を聞き、続けて結婚誓約書にサインをします。
あれ、イクサ様って偽名だと聞いてましたけど、誓約書に偽名でサインをしても良かったんでしたっけ?
そんな疑問は置いてきぼりで、儀式は順序良く進みます。本来のものよりいくつか手順を省いていますが、これならスムーズに最後まで終えられますか。
片手を上げて宣誓を誓います。これも喋るのが嫌いらしいイクサ様のために、言葉では無く身振りで行うものに変更しました。
これで一通り終わりましたか? 私がほう、とこっそり息を吐いていると。
「それでは、夫ゼイル、妻イクサ、神の御前にて誓いの口づけを」
あ、結婚式といえばそういうのもありましたね。
って、あの、クロリア姉上? それは無しにしようって話になりましたよね?
チラリと姉上を見ると、聖典を掲げた聖女クロリア姉上が真面目な顔で私とイクサ様を見ています。
クロリア姉上の唇が小さく動いて、唇の動きで何か伝えようとします。良く見てみると、
(ガ、ン、バ)
……ちょっとクロリア姉上ェ? イクサ様がドレスを着なかったのはイクサ様の判断ですからね。クロリア姉上の説得がうっとうしかったのかカンに触ったのか、ドレスを両手で引っ張って引き裂いたっていうのはイクサ様ですが。
儀式の本来の手順をカットしたのも政治的配慮で、それは儀式を軽んじてるんじゃ無いんですよ。乙女として聖女としてそれが許せなかったとはいえ、ここでイクサ様がヘソを曲げたら、これまでの苦労が全部、無駄になってしまいますよ? なんでここで口づけさせようってことになるんですかー、イクサ様がキレたらどうするつもりなんですかクロリア姉上ェ。
カタカタ震えながらイクサ様の様子を伺おうとすると、私を見下ろすイクサ様の黒い瞳と目が合いました。
底の見えない黒い瞳。
その眼差しからはイクサ様が何を考えているのか、何も解りません。
全身が硬直して動けない中で、
イクサ様が両手で私の肩を掴み、
「ひ?」
膝をついて顔を近づけて来たとき。
――噛みつかれるっ!
なんでそんなふうに思ったのかは解りませんが、頭に浮かんだのは鼠に飛びかかる猫の姿でした。
そのあとのことは憶えていません。そのときに私は気絶してしまいましたので。
結婚式の誓いの口づけで気絶、なんて情けない王子なんでしょう、私は。うう。
でも本当に怖かったんですよ。
目を覚ましたときは、控えの間のソファで横になっていました。
側にいたのはクロリア姉上とセシロニア姉上でした。
「あ、目が覚めた」
セシロニア姉上が呑気に言います。
クロリア姉上が持ってきてくれた水を飲んで息を吐きます。やっと、久しぶりに普通に息をした気分がします。
「あの、式は? 結婚式はどうなりました?」
私が急に気絶したので、そのあとどうなったか解りません。微妙に解りたく無い気もします。この結婚式が失敗とか、イクサ様の気分を悪くしたとか、そんなことで頭の中がグルグルします。
あぁ、私は王族としてちゃんとできなかったんですか。
「結婚式は無事に終わりましたよ」
「え?」
どういうことですか?
クロリア姉上とセシロニア姉上の話を聞いてみると。
私とイクサ様が口づけをしたあと、イクサ様が私の肩を抱いていた、ということです。
どうも気絶した私を倒れないように、ずっと支えてくれていたようです。
「肩を抱くイクサ様とゼイルはとても仲睦まじい姿でしたわ」
「うつ向いて恥ずかしがってブーケで顔を隠すゼイルが可愛らしいと、評判良かったわよ」
セシロニア姉上、それって王族として、王子としていい評判になりますか?
イクサ様のおかげで私はちゃんと立っていたように見えたそうです。
「でもそのあとは? 並んで退室するときはどうやってごまかしたんです?」
「イクサ様がゼイルをひょいっとこう、お姫様抱っこしてですね」
逆ゥ、妻と夫が逆ですよー、クロリア姉上ェ。
「目を閉じてしあわせそうに勇者イクサ様に身を任せて抱かれるゼイル。これが二人の仲はとても良さそうに見えたから、他所の国でイクサ様にイイ男をあてがって引き抜こうって工作してた者には、いい牽制になったわよ」
クラリと目眩がしますよ、セシロニア姉上ェ。
「まさか、気絶してたなんてね」
「はい、お恥ずかしいところをお見せしました。イクサ様は?」
「ゼイルをソファに横にしてから、私達にゼイルを任せてフラリとどこか行っちゃった」
私はなんでイクサ様のことがあんなに怖かったんでしょう。
イクサ様は特に何かしたわけでも無いのです。私が一方的に恐れただけなのです。
それなのに私が恥をかかないように、倒れないようにずっと私を支えてくれていたなんて。
イクサ様に対して申し訳無いです。
謝って、そしてお礼を言わないと。
「私のことを倒れないように支えて、結婚式が無事に終わるように気を使ってくれるなんて、イクサ様は優しい人なんですね」
「それはどうだろ? さっさと面倒なこと終わらせたくて、余計なトラブル嫌ったんじゃ無い? 口づけしろって言ったら即ガブリだったし」
セシロニア姉上ェ、それが本当かも知れませんが、私にも自分を騙す理由をください。
「ゼイル、これであなたがイクサ様の夫です。イクサ様もこの結婚は断らずに受けました。その目的は私達には解りませんが、イクサ様のことです。本当に嫌でめんどうだと思えば断っているはずです」
「そうかもしれませんね」
「今はもう魔王の進行に怯えることもありません。イクサ様にも平和な生活を知っていただきましょう」
そうですね。世界を救い我が国を救って頂いた勇者様なのです。私達はそのお礼をイクサ様にしなければなりません。
「私はあのイクサ様が平和な生活を喜ぶようには思えないんだけど、ゼイルのことは少しは気に入ったんじゃないの?」
「セシロニア姉上にはそう見えましたか?」
「私はイクサ様が結婚を断ると考えてたから、受けたことに驚いている。まぁ、ゼイルを夫ってことにすれば、他国から勇者様にちょっかいかけるウザいのが減るかもって、イクサ様に言ったのは私なんだけど」
セシロニア姉上ェ、たぶんそれがイクサ様の目的ですよ。姉上が犯人だったんですか。身内の犯行だったんですか。
「よし、他国にはイクサ様がゼイルに夢中で、ゼイルに手を出したら勇者様が何するかワカンナイってことにするか。難民問題でキナ臭いところも、うちには勇者がいるぞって脅せるし」
「楽しそうですね、セシロニア姉上」
「今後はゼイルにも外交してもらうことになるから、奥さん大事にして仲良くしてね」
「外交? 私がですか?」
「簡単簡単、ゼイルはニッコリ笑ってこう言えばいいだけだから」
セシロニア姉上がニヤリと悪そうな笑みを浮かべます。
「『私の妻は最強です』ってね」
こうして私は勇者イクサ様を妻に迎え、夫婦となりました。
扱いとしては禁断の最強兵器とその起動装置、という役割を求められているみたいです。
……あぁ、幸せ夫婦生活……
私の妻は最強です 八重垣ケイシ @NOMAR
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