『幽霊水槽』

 2017年、3月25日、土曜日。 今日から待ちに待った春休みだ。僕は今日から、家族と2泊3日の旅行に行くことになっている。

 朝6時に起きて新幹線に乗った。それから3時間くらい経って、近くに泊まるホテルの最寄り駅に着いた。僕たちはまずホテルにチェックインしてから観光することになっている。

 ホテルの前に来た。空高く聳え立つそのホテルは、いかにもお金持ちが泊まるような豪勢なホテルであった。この辺りは鄙びた温泉街なのに、不釣り合いというか異彩を放っているというか、微妙な感じであったが、お父さんのボーナスのおかげなので文句は言えない。

 ホテルに入ると案の定の豪華さであった。天井には、無数の煌びやかなシャンデリア。見ただけでふかふかだとわかるソファー。それに入り口から入って、一番奥の壁には水族館並みの大きな水槽があった。大きい割に、中を泳いでいる生き物は少ないように思えたが、それでも立派だ。両親も呆気にとられているようだった。もちろん僕もこんなホテルは初めてなのでなんだか緊張している。

 僕たちはチェックインを済ませるために、受付へ向かった。水島という名札を付けた女性が満面の笑みで対応してくれた。

 荷物を預けてから僕たちは一日中、観光を楽しんだ。温泉にたくさん浸かって火照った体を冷ましながら、ホテルに帰ってきた。

「いやー満足満足」

「楽しかったわね。雄介」

「うん」

 それからホテルの食事会場へと向かった。ビュッフェ形式ではなく、ちゃんとしたコース料理が振舞われる。しかし、ここで不思議に思ったことがある。料理を運んでくれたのが、受付の水島さんだったのだ。このホテルは受付の人に料理運びまでさせているのか。相当なブラック企業に違いないと思った。

 2日目の朝。僕は朝風呂に出かけることにした。昨日は温泉街の温泉を満喫したが、このホテルにも立派な露天風呂があるそうだ。両親はまだ寝ているので、ひとりで行くことにした。途中、ホテル一階にある水槽の前を通ったのだが、昨日は居なかった透明の生き物が中を蠢いている。気色が悪かった。

 風呂に着き、体を流してから露天風呂へと向かった。早朝ということもあり、室内の風呂には誰もいなかったが、露天風呂に人影がある。外への扉を開けて、寒風に耐えながら、湯気が立ち上る風呂へ走った。中に入ると、湯気で顔は良く見えなかったがおじさんが一人だけ居た。朝っぱらからお風呂で、おじさんと二人きりはちょっと気まずい。僕が風呂の隅に寄ると、突然おじさんが話しかけてきた。

「朝日がきれいだね」

「そ、そうですね」

「君は家族と一緒に来たのかい?」

「あっはい。昨日から春休みなので」

その後もたわいもない話を少しして、僕は風呂を出た。

 2日目も観光を満喫し、夜はぐっすり眠れそうだった。でも、僕は夜もお風呂に入る予定だ。あんなにいいお風呂を一回だけで済ますなんてもったいない。夜は父さんと行くことにした。

 夜11時。今朝と同じルートで向かったためにまた水槽の前を通ったのだが、昨日は一匹だけだった透明の生物が、もう一匹増えている。よく見ると、泳いでいるように見えてなんだか苦しんでいるようにも見える。なんだか不気味な生き物だ。父さんは目が悪いのか見えていないらしい。その後、また例の露天風呂に入ったが、僕たちの他には誰もいなかった。

 3日目。今日が旅行の最終日だ。チェックアウトをしに、ロビーへ向かう。

 ロビーに着くとまたもや水島さんが満面の笑みで対応してくれた。さらに今日が僕の誕生日だからなのか、コップ一杯のドリンクをくれた。

「どうぞ。美味しいですよ」

しかし、僕がコップに口をつけた瞬間、水槽の方からドンドンドンと叩く音がした。どうやら他のみんなには聞こえていないようだ。ドンドンとなり続けるため気になって、ほかのみんなに少し待ってもらい、確認することにした。水槽の前まで行き、音の原因を探ると、例の透明な生き物が水槽のガラスを叩いているようだった。昨日の夜はあまりよく見えなかったので気付かなかったが、そいつは人の形をしていた。顔も人間ようだった。

「うわっ!」

僕は思わず叫んだ。僕はゾッとして、鳥肌が立ち、冷や汗をかいた。僕は気分が悪くなり、家族と一緒にもう帰ることにした。水島さんには申し訳なかったが、そのドリンクは飲まないで、その場を離れた。

 後日、父さんが新聞を見て、朝から騒いでいた。

「大変だぞ!雄介!」

「どうしたの?」

「ほら、新聞のここ見てみろ」

そこには先日、家族旅行で行ったホテルで殺人事件が起きたいう記事が載っていた。殺されたのは二名。ひとりはホテルの従業員。もうひとりは、なんと、露天風呂で出会ったおじさんだった。そして、さらに驚きなのが犯人はあの水島さんだった。睡眠薬で眠らせて、ロビーにあった水槽で溺れさせたようだ。どうやら支配人に指示されてやったことらしい。記事の最後に、支配人が記者の質問に対して語ったことが書かれていた。

『支配人は、なぜ従業員に人を殺すよう命じたのかという質問に対し、「水槽の中がさみしかったのだ」という意味不明な回答をした』


 独特な発想だなと海斗は思った。水槽で人が死んだら、幽霊としてそこに住み着いてしまうのか。支配人のサイコパス的な動機も嫌いじゃない。

 だが、海斗は店主にどう感想を伝えるべきか迷っていた。もちろん読む専門の彼からしたら小説を書くという行為自体が凄いと思っている。しかし、店主の孫には文書力はさほどないような気がした。その上、小説家になるなら短編ではなく長編を書くべきだ。まあこの程度の文章力で長編を書いた所で、粗末なものになるだろうが。




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