いちご 1

 土曜日、午後三時、駅前のスターバックス。ゆっくりと時間が流れる店内から、人々が忙しそうに歩き回っている外を眺める。


 「瑛太、進路どうすんの? やっぱ東京の大学? 俺も美容系の専門学校行こうと思ってたんだけど、専門ってけっこう金かかるんだよなー」


 前の席に座って、バニラフラペチーノを飲んでいる親友の渋谷翔がそんなことを言い出したので、僕は少し悩んで、「うん、東京の大学に行こうと思ってる」と返した。

 先週も先々週も、土曜は模試や撮影があったから、一日いっぱいオフな日は久しぶりだった。家に居ても暇なので、親友である翔と待ち合わせをして、さっきまでショッピングモールを回っていた。僕らの足元にはたくさんの紙袋が並んでいる。気に入った服を何でも買ってしまう翔に付き合っていたら、僕まで散財してしまった。


 「凄いよな、瑛太は。俺なんてテスト赤点ばっかりで、大学には行けないって先生に言われた」


 翔は八重歯を見せて、幼い子供のように笑う。僕はミルクをたっぷり入れたコーヒーをコースターに置いて、謙遜の言葉を並べる、その時、レジに居た若い女の店員と目が合った。

 翔と僕は同じ雑誌で読者モデルをしているので、その繋がりで仲良くなった。舌に光る銀色のピアスや、横側だけ銀色に染めた髪が特徴的な身長の高い男で、たしか、商業高校の被服科に通っている。僕の一番の友達でもあり、ここ最近は月一くらいで適当に服を見に行ってご飯を食べる、という間柄が続いていた。


 「瑛太も東京行くんなら、同棲しようぜ。家賃とか安く済むしな」

 「あはは、なんだよ同棲って。柚寿に聞いてよ」

 「あー忘れてた。じゃあ柚寿ちゃんと三人で同棲」


 いいじゃん、家賃三分の一。翔は楽しそうに言う。彼女の柚寿のことを思い出して、こいつには近付けられないよなと苦笑いをする。前に言っていた社会人の彼女とはうまくいっているのだろうか。それを聞くと、翔は少し表情を陰らせて、「別れた」とだけ言った。やっぱりな、と思った。


 「……瑛太は、柚寿ちゃんと何か月なん?」

 「再来週で一年」

 「俺そんなに女と続いたことないや。いいな、柚寿ちゃん。可愛いし。瑛太と同じ高校ってことは頭も良いんだろ。最高じゃん」


 午後三時のスターバックス。薄々とは気付いていたけれど、さっきから若い女の店員がふたり、僕と翔をじっと見ている。この前柚寿と来たときは、プラスチックのコップには「welcome!」しか書いていなかったのに、今日はご丁寧にハートマークも添えてある。翔もそれに気づいたのか、「でも、モテすぎるのも困るよなあ」と笑った。

 僕の恋人の柚寿は、スタイルが良くて、美人な女の子だ。入学式の日に見かけて可愛いなと思って、なんとなく距離を詰めて仲良くなって、去年の夏から付き合っている。大きなケンカもせずここまで仲良くやってきたし、たぶんこれからもそうなんだろう。


 「……柚寿、今日も授業みたいで、忙しそうなんだよな」


 もう半分以上飲んでしまった、コーヒーに口をつける。下の方に砂糖が溜まっているせいか、カフェオレみたいに甘い。

 頭の悪い女は、話していて疲れる。でも、頭の良すぎる女はもっと疲れる。女なんて、美人で気が利けばあとはどうだっていいのだ。柚寿は無駄に勉強とか運動とかを頑張ってるみたいだけど、僕としては柚寿ともっと遊びたいし、女は多少わがままなくらいが丁度いい。いつも奢ってあげてるのに、僕から誘わないと「遊ぼう」の一言もないし、もっと可愛げのある女になってくれないかなと思っていたところだ。


 「頑張り屋じゃん。いいじゃん。俺にも紹介してくんね? 柚寿ちゃんの友達」

 「別にいいけど、うちの学校、柚寿以外の女子はなかなかレベル低いよ? 進学校に夢見すぎ」

 「もう不細工でもなんでもいいよ。美人な女ほど調子乗ってるから、ほどほどが一番。さ、はよ」


 そう言われても、柚寿の友達の事は、実はよく知らない。よく柚寿に引っ付いている戸羽紅音さんや、仲の良さそうな女子たちならラインを持っているけれど、戸羽さんには確か彼氏がいたはずだし、他の子も多分男には困っていないだろう。

 そういえば、この前柚寿が、「紅音が彼氏と別れそう」って話してたな。髪を茶色に染めて、パーマを当てて、酷い化粧をしているクラスの女、戸羽さんの顔を思い出す。アイラインなんか、僕が引いてあげた方が上手くいきそうだし、チークも濃いし、だらしないし、天然美人の柚寿と並ぶと目も当てられない。

 僕は戸羽さんのラインを開いて、翔に見せる。プロフィール画像にしている自撮りの写真は、実物よりかなりマシだった。


 「これ、柚寿の友達。責任は取らないからな」

 「え、マジ? 可愛いじゃん、追加しよ」


 会ってみると幻滅するだろうけどな、と付け加えて、僕はあくまでも無関係を貫くように、スマホをポケットに滑り込ませた。

 戸羽さんへラインを送る翔を眺めていると、柚寿と付き合おおうとしていた頃の僕を思い出す。僕は柚寿で一年持っているけれど、翔はこういうことを月一くらいでやらなければいけないのだろう。


 「よっしゃ、やりぃ」


 勝ち誇った笑顔で、翔は画面を僕に見せる。時間を置かずに帰ってきた戸羽さんからの返事は、「青山くんの友達がラインしてくれるとは思わなかった、よろしくね」といった内容が丁寧に顔文字までつけて並べられたものだった。

 とりあえず一回ヤっとくか、と言いながら翔はスマホに文字を打ち込んでいる。そんな僕たちを興味深そうに見ている店員の片割れと目が合う。これ以上ここに居たら、連絡先を書いた紙を渡されるかもしれない。

 楽しそうにラインを送り合っている翔を見ていても暇なので、僕もまた、スマホを取り出した。柚寿から、「今授業終わったよ」と連絡が入っていた。

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