ぺんてる 5
「ひどいよね、あの席替え」
英語の時間。僕が一番嫌いなグループワークで、一番嫌いな青山と同じ班になってしまったので、僕はずっと寝ていようかと思ったのだが、偶然にも同じ班に瀬戸さんもいたので、電子辞書で単語を調べて配られたプリントを進めていた。
前の席に座っている青山は、僕に見向きもしないで、瀬戸さんに絡んでいる。班は四人構成で、もう一人長岡さんという眼鏡が似合う真面目な女子が居るのだが、青山はそっちにはなぜか興味を示さない。瀬戸さんが可愛いのは僕も賛同するけれど、お前には小南さんっていう恋人がいるのだから、気安く他の女に話しかけたりしないほうが良いと思う。瀬戸さんが間違って青山を好きになったりしたら、僕に勝ち目はない。
「ううん、私の成績が悪かったから仕方ないよ」
いつもより若干上ずった声で、瀬戸さんは言って、謙遜するように手を振る。僕の電子辞書は電池が切れかけているのか、画面がうっすらと透けて何も見えなくなった。
青山を相手にすると、ほとんどの女子がこうなるのは知っていた。成績が優秀で、特に数学はクラスで一番できて、球技大会ではテニスで準優勝し、美容院で出されるような雑誌の読者モデルもしている。僕から金を窃取する点以外は、文句の付けどころのない男である。なんにも知らない瀬戸さんは、瞳をキラキラさせて青山を見ている。
僕は青山が大嫌いなはずなのに、青山になりたいな、なんてうわごとを思ってしまった。
「前回のテスト難しかったじゃん。矢桐はどうだった?」
瀬戸さんに向けていた視線が、こっちに向く。青山はいつものように、穏やかな表情をしている。
「……普通」
小さく吐き出した言葉が、二人まで届いているかはわからなかった。
瀬戸さんが何か、僕を褒めるような事を述べる。青山もそれに協調して、矢桐は真面目だからなと言う。本心ではそんなこと思っていないに決まっている。都合のいい財布くらいにしか思ってないくせに。
青山も瀬戸さんも、配られた英語のプリントは白紙のままだ。喋ってばかりいないで進めればいいのにな。どうせ、終了間際になって、「矢桐、プリント見せてよ」と言ってくるのだ。生きるのが上手い奴らなんて、みんなこうなんだ。僕は馬鹿らしくなって、もうそれ以上プリントを進めなかった。
昼休み、廊下を歩く。うちの学校は屋上が解放されている。数年前にここから飛び降りて自殺した生徒がいるにも関わらずだ。一昨年の生徒会が一般生徒たちと結託して、屋上を生徒が使えるよう運動を進めたらしい。奴等は自殺した奴のことなんて、少しも考えていない。
こんな世界だ。僕が青山を殺したところで、そりゃあ少しは話題になるだろうけど、数年もすれば忘れられてしまう。僕は英雄にはなれない。むしろ、僕が死んで悲しむ人より、青山が死んで悲しむ人の方が絶対に多い。瀬戸さんは泣いてくれるだろうか。
約束の時間がもうすぐ来る。僕のポケットには、渡す予定の一万五千円と、カッターが入っている。
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