ぺんてる 1
僕はいつか、青山瑛太を殺すつもりだ。
放課後、旧校舎。まだ五月の中旬だというのに、暗くて狭い場所特有の熱気が僕の体温を奪っていく。体に張り付いたワイシャツが気持ち悪くて、僕は目の前にいる、これまた気持ち悪い笑顔を浮かべた男を睨みつけた。
「なあ、矢桐。僕昨日三万持ってこいって言ったよね? 困るんだよね、今日柚寿と予定あるのに」
「……無かったんだ、家に」
「ふざけるのも大概にしてくれないかな。僕に逆らえば、どうなるかわかってるくせに」
ふっと笑顔を消した青山の細くて冷たい指が、思いっきり僕の首を絞めつける。あっという間に酸素が足りなくなって、苦しくて勝手に涙が溢れてくる僕のことを、ただ無表情で見ている青山は、本当に教室で友達と笑っている青山と同一人物なのだろうか。必死に抵抗しようとしても声が出なくて、助けて、ごめんなさい、と、言葉にならないものを吐き出す。ついに意識を失いそうになったとき、やっと青山は僕から手を離した。
荒い呼吸をしながら、ポケットの中から財布を取り出す。一万五千円くらいは入っているはずだ。渡した財布を荒々しく受け取った青山は、中に入っていた一万円札と、五千円札二枚を抜き取ってポケットにねじ込み、残りをどうでもよさそうに僕に投げつける。足元に転がった僕の財布にはもう、小銭しか入っていない。汚い地面に転がっている十円玉を拾い上げる気にもなれなくて、ただ立ち尽くしている。
「明日、残り絶対持って来いよ」
「わ、わかったよ」
青山は、絶対に僕に傷をつけない。僕に痣が出来たり、出血したりしたら、周りにこの事がばれてしまうからだ。青山はそれを隠し通すのがすごく上手くて、今まで一度も見つかったことはない。
恐ろしいほど整った顔には、なんの表情も浮かんでいない。教室ではあんなに楽しそうに友達に囲まれていて、学年一の美人の彼女が居て、成績も運動神経も僕より遥かに高い青山が、まさか僕相手に、ほぼ毎日のように大金を巻き上げているとは、誰も思わないだろう。きっと恋人である小南さんすら、全く知らない。
この前みたいに、他校の不良を呼んでリンチされたら、次こそ僕は絶対に死んでしまう。だから明日は、必ず残りの分を持ってこなければいけない。青山は、汚いようなものを見るかのような視線を僕に向けて、舌打ちをして本校舎の方へ向かっていった。その姿が完全に見えなくなったとき、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「……死なないかな、あいつ」
十円玉をすべて財布に入れ終えた僕は、無意識のうちにそう呟いていた。
僕と青山は、中学が同じで、こういった金のやり取りは中学三年生の時からしていた。前から、実家が少しだけ金持ちで、告げ口をしなさそうな僕に目を付けていたらしい。最初は千円だった金額も、だんだんエスカレートしていって、今の彼女である小南さんと付き合うようになってからは更に多くなって、今では一か月に十万近く払うことも多くなった。
僕が少しでも渋ると、殴ったり蹴ったり、首を絞めてきたり、酷い時には友達だという他校の不良を呼んで、比喩ではなく、死んでしまいそうになった事も何度かあった。
誰かに助けを求めればいいのだろうけれど、いつしかそれを、勿体無いと思うようになった。
ポケットに忍ばせていたカッターを取り出す。僕がこれを突き刺したときの、青山が見てみたい。大人に相談したところで、こんな最低なクズが、それなりの制裁しか食らわないなんて、僕が満足できないのだ。もうあとの人生なんてどうなってもいいから、あの勝ち組の中の勝ち組のような、青山をこの手で殺したい。身体的にも精神的にも社会的にも、たくさん痛めつけて、死ぬより辛い地獄を沢山味わってもらいたい。一度思ってしまうと止まらなくて、僕は誰にもばれずに着々と殺害計画を進めていた。いつか、必ず殺してやる。それだけが、今の僕の原動力だった。
人気のない旧校舎の方から、少し歩くと本校舎の、僕らの教室が見える。窓側の席で日誌らしきものを書いている、青山の彼女の小南さんと、その友達の戸羽さんは、何事も無いような顔で笑っている。そんな風に笑っていられるのも、今のうちだけなのになあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます