三流中毒者とエシェルの手記

シキベ

第1話 2月10日

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2月10日。

父と母と口論になり、そのまま家を飛び出した。

季節外れの雨が降り、何だか雪よりも寒く感じる。

大通りを抜けて、人気が無くなっていく。

狭い通路の突き当たりに、小さなホールがある。

今日はそこのロビーで一夜を明かそうと思う。

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ロビーなど無かった。

中に入るとすぐに、20ほど客席が用意されていて、奥に小上がりになっておる舞台が見える。

少し暖かい。

「…お邪魔します」

濡れたコートを席に掛け、その隣に座る。

「…すいません。雨が降っていて…今日一日でいいので、ここに泊まらせてください」

声が響く。

響きやすい設計になっているのだろう。

一台だけのスポットライトと、小さなスピーカー。お世辞にも綺麗とは言えない舞台上。よく分からない本や椅子が散乱している。誰もここを使わないのだろう。

「君はあれに興味があるのかい?」

「ひぃっ!?」

耳元で揺らされる空気。

「…家出少年か?」

「は、はい」

恐怖で顔は見えないが、その低い声は男だった。

「……歳は」

「……19です」

「……………19ね…6歳差か」

25には聞こえない声は耳元から離れ、ついに僕の前に姿を現した。

ツギハギの服を着た、背の高い男。

髪は無造作、服もだらしない。

舞台上にそっくりだ。

「……はじめまして、僕は……まぁ、親しみと皮肉を込めて“中毒者”とでも呼んでくれ」



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怪しい風貌の男は“中毒者”と名乗った。

クスリでもやっているようだったら、すぐにここから逃げよう。

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「何を書いているんだ?」

覗こうとする男から、手帳を遠ざける。

「…………ただの日記」

そう言うと、男は少し目を輝かせた。

「そうか…!それじゃあ僕のことはたくさん書いていてくれ」

ところで…と、切れ長のグリーンの目が細まる。

「君は誰だい?」

本名を名乗っていいのだろうか。

まだ把握出来ていない事の方が多いから、あだ名を教えよう。

「…エシェル」

男はわざとらしく ほう、と言ってみせた。そして全てを理解した目で言葉を発する。

「エシャロットか」

「どうして!?」

「…僕もエシェル。エシャロットだからだ。どうだ?同姓同名同士、仲良くしようじゃないか!」


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2人のエシェルが集まったここで、何が起きるのだろうか。

僕にはまだ分からない。

夜ははじまったばかりなのだから。

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