第16話
むし、虫、蟲である。
手のひらサイズとか、そんな可愛い物じゃない、小さい虫でも嫌悪感を抱くところを、人間の倍以上のサイズときたもんだ。
自称、世界最強ことレオ様も、虫が苦手らしく既に精神的に参っており、何処か地に足がつかない状態でフラフラとゾンビみたいに歩いている。
そんな事を言っている俺も、洞窟に入って数時間しか経っていないのに、もう何週間も歩き続けたかのような疲労感が体を襲う。
そして、この状況下の中で1番元気なのがルットであった。
なんというか、意外だった。この4人の中で1番綺麗好きで、そのためか、ルヘルムの隠れ家にいた頃は、掃除、洗濯などはすべてルットが行なっていた。もちろん、強制的にやらせていたわけではない、俺も、ワトスも手伝っていた。ルットが自分から積極的に行なっていたのは何も綺麗好きだからという、理由だけではなかったように思える。誰だって最初は知らない人の家に上ったら、落ち着かないだろう、飲み物でも用意されようものなら、手伝った方がいいのでは? っと、思うに違いない。少なくとも俺はそうだ。恐らくルットもそのような気持ちから、自ら買って出たのであろう。
「あ! この虫、ルヘルムにいた頃によく見たやつだ」
なぜ、ルットはあんなにも活き活きしているのだろうか、何か懐かしいものを見て思い出に浸るような感じで。
「ねえねえ、知ってる?」
ニコニコとしながらこちらを見る。
手にはゴソゴソと動く虫。
蟲ではなく虫。
「これ、甘いんだよ」
ひぅっ。っと引きつった悲鳴をあげたのは、今にも倒れそうなレオであった。
大丈夫か? っと声をかけ背中をさすってやるが反応がなく、虚無を見つめていると、ルットが手に持っていた虫を……ガブリ。
頭から体半分までを喰いちぎられた虫は、最初こそ無数にある足を不規則に、デタラメに動かしていたが、最後はゆっくりと動かなくなった。
千切れた胴体からは白い液体が、どろっと垂れ落ち、ルットの顔を確認すると口の周りに胴体からこぼれ落ちたのと同じ液体がべったりと、付いていた。
……唖然として、声も出なかったが、レオをさすっていた右手に何か違和感を感じたのはそれと同時で、すぐに視線をレオに向けると、ちょうどその場に嘔吐している姿だった。
しばらく吐き続けていたレオだったが、本能が体の危険を感じたのか、なんと立ったまま気絶した。今は俺がレオを担ぎながら洞窟を移動しているところだ。
今後はレオの前で虫を食べるのを禁止にしなければならないな。いや、レオの前だけじゃなくて、誰の前でもか。
「そういえば、ワトスはどうしたんだろう」
ふと思い出したように、ワトスの名前を出したルット、そういやあいつどこまで行ったんだ?
洞窟に入った当初、先陣を切って進んでいたワトスが後方の遅れに気付かず——主にレオのことだが。
どんどん先に進んで行ってしまい、1人別れて先行する形となってしまっている。
まぁ、ワトスなら大丈夫だと思うけど、それでも少し心配ではあるが、今はどちらかといえば自分たちの心配をした方が良さそうだろう。
まともに戦えるのは俺くらいだろうし、今襲われでもしたらひとたまりもない。
早くワトスと合流したいところであるが、背中に人1人担いだままの移動がこんなにもキツいものだと、思い知らされているところで、どうしても進みが遅くなってしまい、ワトスとの距離も離れていくばかり。
どこかで止まっててくれたらなぁ。
なんて淡い期待はしないでおこう、きっと待ってなどいないのだから、期待するだけ時間の無駄であることは、長年一緒にいればわかる。
憑依すれば……。っと、一瞬考えもしたが、その考えはこの場において悪手であろう、確かに、憑依すればレオも軽々運べて移動スピードも上がるかもしれないが、憑依が解除された後は動けなくなる……。
それは、この状況下では死を意味するだろう。
そして何より、これは俺も悪いのだけれど、この洞窟を抜けるのにどのくらいの時間がかかるか不明で、そうなったのも、移動しながら説明すると言っていたレオが早くも気絶したわけで……。
なので、憑依の持続時間をいくら伸ばしても、出口までの距離がわからないので、そもそも使えない。
「分かれ道……、だね」
「ああ、どの道を行くか」
しばらく進んでいると道は3つに分かれており、どれかにワトスが進んだわけだが……。
「ワトスはどの道を選んだと思う?」
「うーん、何か目印になるものでもあれば……」
キョロキョロと辺りを探索するルット。
俺も探すよっと、一旦レオを下ろし、その場に寝かせ、周囲の探索を始めると、すぐにペチャンコに潰された蟲の残骸を中央の道の前で発見。
「これって、ワトスが通った時に踏みつぶした蟲かな?」
潰れた蟲はまだ新しく、その背板は綺麗に平く押しつぶされており、今にも動き出しそうなほど原型を止めている。
「その虫はね、食べられないよ。見て、尻尾に目玉がいっぱいあるでしょう? これって毒袋にもなってるから危険なんだ。でも、どうしても食べるなら、胴体の部分だけなら食べられるかも」
……。洞窟を出てから言おうと思っていたが、早めに言ったほうがよさそうだ。
「なあルット、人間って虫が苦手な人が多いから、……あまりそういうのは話さないほうがいいかも」
それとなく、やんわり伝える。
そうなんだ……、っと、先ほどまで意気揚々で喋っていたルットが、見るからに、わかりやす落ち込んで、なんだかこちらが酷いことをしたかのような感覚に苛まれてくる。
これはなんらかのフォローを入れなければっと、咄嗟に、
「でも、中には虫が好きだったり、食べたりする人もいるって聞くし、そんなに落ち込まなくても大丈夫さ」
「桜花は?」
間髪入れずに聞いてきた。
俺は……。
何かに救いを求めるように、まっすぐと俺の目を見つめてくるルット。
この状況で、虫は嫌い。っと言える男がいるだろうか? 少なくとも俺は言えない。もし仮に、否定するとしよう。先ほどのやんわりとした説明であそこまで落ち込んだルットが、俺がキッパリと、はっきりと否定しようものならどれほど悲しむのだろうか、想像に難くない。返答次第では今後の夕食に虫が出てくるかもしれない——。
今後、夕食で出された虫を笑顔で食べられるか?
——ルットのためなら食べられる。
虫の話を楽しくルットとできるか?
——ルットのためなら楽しくおしゃべりできる。
虫を……?
——ルットのためなら……。
あぁ、どんなに自問自答をしようと、このルットの問いに『否定』という二文字はなかった。
俺は覚悟を決めて……
「俺は……嫌いじゃないかな」
ヘタレである。
覚悟を決めて放った言葉が、大好き、ではなく、嫌いじゃない。
なんて曖昧な言葉。嫌いじゃない。どちらかといえば、嫌いよりの印象を与える言葉でありそうだが、俺がルットを悲しませないように考え抜いて出した言葉がこれである。これで夕飯はしばらく抜きかも。
「桜花は嫌いじゃないんだ! そっかー、よかったー」
よかった、これで夕食にはありつけそうだ。
「今度美味しい虫を捕まえてきて、ご飯に出すね。ワトスとレオも喜んでくれるかな?」
まぁ、ワトスはなんでも食べるし大丈夫だろうが、レオは……、すまん。一緒に地獄を見てくれ、ただ、レオにとっては地獄以上になるかもしれんが。
「ルット、真ん中の道を進んでみよう、今はこのワトスが踏んだと思われる蟲を頼りに」
「そうだね、ワトスはどこまで行ったんだろう? あんまり遠くに行ってなければいいな」
「あいつは1人でも十分強いし、そこら辺のモンスターに負けるなんて考えにくいから大丈夫だろ。案外、もう洞窟の出口で待ってるかもな」
レオを再び背中に担ぎ上げ、ルットと三人で真ん中の道を進むことにした。
どのくらい進んで、どのくらい時間が経ったのだろう、洞窟という閉鎖空間では時間の間隔が狂い、今が何時なのか全くわからない状況だ。体感ではすでに1日が経過している感じがするが、どうなのだろうか。すでにルットも体力の限界が近いのか、フラフラと体を左右に揺らしながら歩き続けている。そんな俺も、レオを支えている腕に力が入らなくなり、背中からレオを落としそうになることも増えてきた、どうやらこの辺で一回休憩を取ったほうがいいかもしれない。
「ルット、一旦休憩しよう。もう足も腕もパンパンだ」
「私も、足が痛くなってきた」
「っにして、レオのやつ全然起きないな、そろそろ腕もきついんだけど」
「ごめんね、私もレオを担げればいいんだけど……」
ルットの腕は力こぶすら作れなさそうなほど、すらっとしており、こちらとしては腕が折れるのではないかと心配になる。前に一度ルットを背負ったことがあったが、小さい子供を背負っているかのように軽かったな、確か何日も食べてなかったって言ってたし。あの時に比べれば肌艶もだいぶ良くなって、見違えるように元気になった印象だ。
「そんなことは気にしなくて大丈夫だ、それより、今更すぎるんだけど、体調とか体の方は大丈夫なのか? ほら、ルヘルムで襲われてたときの」
「うん。桜花のおかげですっかり元気だよ」
「俺は何もしてないけどな。俺だって怪我して寝てたわけだし、感謝するなら隠れ家を貸してくれたレオと、夜も付きっきりで看病してくれたワトスにしてくれ」
「そんなことないよ。だってあの時助けてくれたのは桜花だもん、もし、あそこで来てくれなかったら今頃は……」
結果的に助けたことになったかもしれないが、俺はそんな感謝されるような立派な人間ではない。あの時も、すぐに助けに入るべきところを、俺は物陰からすぐに飛び出していくことができなかったのだから。
「……」
「……」
その後に続く言葉はなかった、それは気まずさからなのか、疲れからなのかは永遠とわからないであろう。
洞窟の中は静かで、今はレオとルットの寝息しか聞こえない。
あのあと、ルットに先に休んでもらい、俺が周囲の警戒にあたっていた。
しかし、凶悪なモンスターが出るとレオから聞いていたが、ここに来るまで1匹たりとも遭遇はしておらず、出会ったのは虫と蟲くらいなもの、だからといって警戒を解くわけにもいかず、気も休まらない状態だ。そろそろ本当にワトスも心配になってきた。分かれ道のところからはもう、そこそこは進んでいるはずだが、一向にワトスと合流できる気配がない、もしかすると、ワトスとは違う道を選んでしまったのでは? っと一瞬考えをよぎったが、今更戻るわけもいかないのですぐにその考えは捨てた。
はぁーっとため息をついたその時だった。
洞窟の先から光った目玉が2つ、暗闇からこちらをじっと見つめていたことに気がついた。
すぐに横に置いてあった剣を掴み立ち上がり、腰に差し、いつでも剣を抜けるように構える。
敵は1体か? それとも2体か? 残りの体力を考えたら憑依はできて数分といったところ、どうする? さらに奥にモンスターがいる可能性も考えたら迂闊に憑依は使えない。
だが、そんなことを考えている時間はなかった。
光っていた目玉が消えると、いきなり目の前に現れ飛びつかれた。
やられた……。
そんなことを思っていた頃には仰向けに押し倒され、何かが俺の上にドスンと覆いかぶさると、目の前が真っ暗になり、何やら嗅いだことのある匂いが鼻をくすぐってきた。両腕を伸ばし覆いかぶさるそれを触って確認すると……。
「オシリハ、クスグッタイヨー」
あぁ、ワトスか。
覆いかぶさる何かがワトスとわかると、一気に肩の力が抜けた。
だがまだワトスと決まったわけではない、ここはもう一度触って確認する他あるまい。
俺は目の前を覆っているワトスのどこかの部分を、両サイドから触って確認すると、その感触は、手で押した分だけ戻ってくる反発力。そしてその反発力の中にも、優しく何かを包み込む包容力的な何かを感じた。
しばらくそれを揉み続けていたが、覆いかぶさっていたワトスと思わしき人物が、俺の上から退け視界が開けると、改めてその人物を確認、そこにいたのはワトスだった。
「ワトスか、びっくりさせるなよ」
「ミンナオソイヨ! ワトス、マチクタビレタカラ、ムカエニキタヨ」
「いや、お前が早すぎるんだよ」
「ワトス、ハヤイカ!桜花ニホメラレチャッタ」
「褒めてない。ところでこの先はどうなってるんだ?」
「モウスコシススムト、デグチダヨ」
「なんだ、もう出口まで来てたのか。そうしたら早くこの洞窟から出るか、いつモンスターが出るかわからないからな。ワトスはレオを運んでくれ、俺はルットを運ぶから」
マカセロ!っと、ワトスが言うと、ヒョイっと軽々レオを背負ってしまう。——相変わらず力はすごいな。
俺もルットを背負うとワトスがきた道を進み始めた。
ワトスの言う通り、少し進んだところに出口はあった。
なんら変哲もない普通の出口、あれだけ苦労して到達したのは出口、もしくは外への入口、この場合どちらかというと、入口としておいた方が今後のやる気にもつながりそうである。
幸せへの出口。
幸せへの入口。
明らかに後者の方がいい。これから俺たちは第二の故郷ともいえる、獣人と平和に暮らせる場所に向かっているのだから、ここは入口としておこう。
洞窟を出ると外はすでに夜で、どうやら丸一日洞窟と格闘していたらしい、洞窟から少し外れたところにテントを立てて今日は休むことにした。正直、俺もかなり体力的に限界だった。
テントは2つ。
レオとルット、ワトスと俺で各1つ。
先に立てたテントにルットを寝かせ、レオを放り込み、その後に自分たちのテントを組み上げる。テントを組み上げている間にワトスには薪を集めてもらっている。
結局最後までレオのやつ、起きなかったな。
まあ、あのまま寝ていた方がレオにとってよかったであろう、途中で目が覚めようものなら、また虫地獄だし……。
と。俺が思っているときだった。
ワトスが両手いっぱいに薪を持って帰ってきた。
タダイマ〜っと、言うワトス。
俺も何年も連れ添った夫婦のように、自然と意識することなく、
おかえりっと言う。
火を焚き終えると、ワトスと一緒に同じテントの中で横になった。
そういえば、ワトスは俺たちより先に洞窟を抜けたんだよな、もしかしたら何か知ってるかも。
「なあ、ワトス。洞窟の中でモンスターって見かけたか?」
「ミテナイヨ」
「一体も?」
「ウン、イッタイモ」
「虫はいたか?」
「タクサンイタ」
「た……食べたのか?」
「タベテナイヨ、ダッテ、オイシクナイモン」
そうかっと、その答えを聞いてちょっと安心した、ワトスが虫を食べているところを見たことがなかったので、もしかしたら俺の見えないところで隠れて食べていたのでは? っと内心少し心配していたのだけれど……、よかった、俺の杞憂だったらしい。
「ムカシネ、ハジメテムシヲタベタラ、オナカガイタクナッテ、ソレイライ、タベテナイ」
「それは、大変だったな」
レオもあそこまで虫嫌いなら、もしかすると何かトラウマ的なものがあったりするのだろうか? しかし、レオに虫の話をしただけで殴られそうなので聞くのはやめておこう。
「ちなみになんだが、もし夕食とかで虫のおかずが出たら、食べるか?」
「タベナイ。モウオナカイタクナルノハ、イヤ」
「だよな」
翌朝、洞窟で何が起こったのか(むしろ何も起こらなかったのだが)説明し、これからどう進むのか検討中である。
「さて、旅もいよいよ終盤ね。次に目指すはここ、獣人ノ国ベスティエ」
レオは広げていた地図を指差し次の目的地を示した。
「いよいよか」
「えぇ。あとは真っ直ぐ進んでいけば到着よ。ここはもうベスティエの領土だし」
レオと2人で話していると、ワトスとルットが軽快にこちらに走ってきた。その表情は無邪気な子供のように、何か新しいおもちゃでも見つけたような、そんな感じの表情だった。
「す、すごいの飛んでくるよ!」
「デッカイトリ!」
「トリ? 鳥ってことか? あの翼が2つ、足が2つの?」
「ちょっと違うけどそんな感じ」
「クルヨ、クルヨ!」
そのモンスターを、俺は前に一度本で見たことがあった。
大きなくちばし。大きな目。羽は2つに足は4つ。尻尾も生えはそのモンスターは……。
「グ……グリフォン」
「デッカーイ!」
「こっちにきますね」
さすがにグリフォンはまずい、凶悪なんてもんじゃなく、こいつ一体で街ひとつ崩壊できるくらいやばい。
「やばい、みんな逃げよう」
すぐに逃げるように提案する。
「大丈夫よ。私がいるじゃない。どんな敵でも一刀両断よ」
「いやいや、昨日虫を見て一日中気絶してたやつを信用できるか!」
「あ、あれは違うわよ!」
「トリガキタヨー」
目の前に降り立ったグリフォンは荒々しい野生のモンスターとは違い、どこか気品に溢れ、高貴な佇まいをしているようだった。
「こいつ、襲ってこないのか?」
「うわぁー、すっごく大きいー」
すると、レオがグリフォンに近づいていき、手をグリフォンの頭に伸ばしていくと、なぜか自ら頭を下げレオの手を迎え入れる形となっている。
これはどういうことなのか。
「この子、お父様のペットのセルって言うの、どうしてこんなところを飛んでいたのかしら?」
え……、ペット?
貴族ともなると、グリフォンをペットにするのか。とんでもないな、貴族。
「貴族ってグリフォンとかをペットにするのが流行ってるのか?」
「違うわ。モンスターを飼っている人なんて、ほとんどいなわ。私のお父様が変わってるのよ。それに、グリフォンなんて飼おうと思っても飼えるものじゃないしね」
じゃあどうやって飼ったのか気になるところではあったが、今はそんなことより……。
「このグリフォンどうするんだ? まさかベスティエまで一緒に連れていくのか?」
「大丈夫よ、ほっといても勝手にルヘルムに帰るから。それにこのグリフォン、お父様が特別に訓練してあるからすごく強いし」
こいつの家はペットまで怪物みたいに強いのかよ、勘弁してくれ、そんな屋敷の専属使用人とか体がいくつあっても足らない。
すると、一頻りレオに撫ででもらい満足したのか、羽を広げ、飛び立とうとする、が、その風圧の強さときたら。不意に強烈な風圧をもろに喰らった俺は尻餅をつき、転んでしまい、なんとも情けない声を出してしまう。
強烈な咆哮を響かせ、大空へ飛び立つ姿は圧巻の一言。
大空の覇者。
空の皇帝。
そんな言葉がぴったりと合いそうな感じがした。
結局なぜヴォルフさんのペットのグリフォンがこの辺りを飛んでいたのかは謎だったが、いよいよ今回の目的地、ベスティエが目前に迫ってきた。迫ってきたのだが……。
「なあ、レオ?」
ん?っと、こちらを振り向くレオ。
「ここってもうベスティエの領土だよな?」
「そうよ。洞窟を抜けた時からすでに領土に入ってるわ。それがどうかしたの?」
なんでそんなこと聞くんだっと言わんばかりの表情でレオは質問してきた。
「いやさ、街ってこうもっと、賑わいがあって人もいっぱいさ、いるもんじゃん? ルヘルムのときは、街に向かう他の人間がたくさんいたし。それなのにここに来るまでに誰1人見かけないのは不自然じゃないか?」
俺は誰も、誰1人通行人がいないことが不思議でたまらなかった。話によれば、ベスティエは一つの大きな都市しかなく、小さな村、集落などはないらしい。全ての都市機能が、生活の拠点が一つに集中している。本当にそうだとしたら、今の状況はなんらかの異常事態が起こっていると考えるのが普通ではないだろうか?—— 一瞬、自分の故郷の光景がフラッシュバックする。最悪の事態も考えておかねばならないだろう……。
「まぁ、確かに、でも気になるなら行って確認するしかないでしょう? 今の私たちができるのはそれくらいよ。それとも、異常が起きてるかもしれないからって引き返すの?」
いつにもなく、辛辣に返してくるレオ。
「冗談、ここまで来て引き返す選択肢はない」
その俺の問いに、レオはふふっと笑った。
「何が起きても私たちを守ってくれるんでしょう? まあ、今は私の方が圧倒的に強いから守ってあげるけどね、だから心配せずに進みなさい」
うるせぇっと、ニコニコしながら俺は言った。
城門前、さすがにここまで来れば誰かいるかと思ったが……。
「誰も……いないね」
「ああ」
留守かなぁ——なんて言っているルット。国民全員で留守ってすごいな。
「ちょっと私、見てくるわ」
レオは、何メートルもある防壁を、道具も、ましてや憑依も使わずに軽々ジャンプしていき中に消えていった。
「なあ、ルット」
「なに?」
「知らない人の家に無断で侵入するとしよう、もし、中に住んでいる人と鉢合わせしたらどうなると思う?」
「私なら驚いちゃうかな」
「ワトスは?」
「ン〜、タベチャウ?」
本気かこいつ。いや、ワトスなら……本気だろう。
「まあ、だいたいルットの言う通りだな。知らない人が家に入ってきたら驚くよな。ちなみに、今レオがやってるのはそれだ」
「レオは悪い子?」
「そうだな、でも、レオはもしかしたら家の中の人が、病気や事故で倒れてるかもしれないっと、思って侵入したのかもしれない」
「ジャア、レオハイイコ?」
「いい子かもしれない悪い子かもしれない。それはこれからの展開次第だな。そうだ! レオにご褒美でルット特製、美味しい虫入りご飯を作ってあげよう、きっとルットが一生懸命作った料理なら、泣きながら食べてくれるぞ」
その涙は果たして、感動の涙か、それとも……。
「わかった! レオに今度美味しい虫料理作ってあげる。ちゃんと桜花とワトスの分も作るね」
おっと、これは墓穴を踏んだかもしれない。しかし、あの、レオの泣きっ面が拝めるならこれくらい……。
「ワトスハ、ムシヨリオニクガイイ」
1人逃げようとするワトスだが、俺は心が広いので決して無理強いはしない。
そう、俺は寛大な人間なのだ!
「それにしても、レオのやつなにしてるんだ?」
入って数分が経ったが何も変化はない。本当に中で異常事態が起きているかもしれない。それか、レオの身体能力なら誰にも見つからず隠密行動している可能性まであるが、何にせよ、外側の俺たちではどうすることもできないので、レオを待つしかない。
さらに数分後、中からガヤガヤと音がし始める。
人の声だろうか、ここからはではハッキリと聞こえない。
耳をすまし音を集中して聞くと、だんだんとハッキリと聞こえてくるようになったが、これは集中して感覚が研ぎ澄まされた訳ではなく、物理的に距離が近くなってきたように感じるのは気のせいだろうか?
そんな予感はあっさりと的中した。
城門が急に開いていき、中の様子が少しずつ確認できるようになって、最初に視界に入ったのはレオが大勢の獣人に囲まれている姿だった。
大勢の獣人に囲まれているレオだったが、なぜかとても涼しげな表情をしていた。
「た、隊長、こいつは化け物だ、すぐに撤退を」
「臆するな! 例え死んでも王の元へ行かせるな!」
よく見ると、レオの後方には無数の獣人が倒れており、皆気絶させらていた。
レオが剣を一振りするたび、何十人という獣人が気絶し倒れていく。それは不思議な光景で、レオからだいぶ距離がある獣人が、剣圧なのか何なのか、とても理解できない力で、バタバタと気絶させられていった。
「悪魔だー、もうこの国はおしまいだ」
「せめて、死ぬ前に家族と会いたかった」
「侵略者め! 地獄に落ちろ!」
…………………………………………。
どうするんだ? これ?
「みろ!悪魔の仲間だ!」
1人の獣人がこちらに気づき、叫んだ。それはもう、この世の終わりを叫ぶが如く。
「だめだ、1人でも手に負えないのに……3人も仲間がいるなんて」
「せめて……、せめて一太刀でも」
レオに向かい真っ直ぐ攻めていく獣人だったが、自分に向かってくる獣人を見つけたレオは拳を、何もない空間に打ち込んだ、その瞬間、レオに向かっていた獣人は遥か後方に吹き飛んでいくのが見えると、ふと、少し前の出来事を思い出す、それは以前レオの屋敷でケーテさんが、ワトスとルットに見せていたものだった。ケーテさんは果物を手を触れずに粉々にしていたが、実戦で使うとこんな風になるのか……なんて恐ろしんだ。
俺は改めて、あの屋敷の恐ろしさを知った気がした。
「ちょっと待って、ストップ!両者とも攻撃するな」
叫んでみたが止まる様子は微塵もなかったが……。
「いや、レオは止まれよ!」
つい声に出してツッコミを入れてしまった。
あいつはここに何しにきたんだよ。
獣人たちの表情は絶望に満ちた、精魂尽き果てたような表情に対し、レオは……うわ、本当に悪魔のような表情してるし、ちょっと引くわ。
何とかこの全く意味のない闘争を止める方法を考えていると……。
「全員剣を収めよ!」
突如として鳴り響いた声は、俺が発した言葉などとは比べものにならないくらに、この闘争の場において力を持ったものだった。
声の主が獣人の中から出てくる。
他の獣人とは明らかに違い、歴戦の騎士っといったような風貌であり、そして圧倒的強者の風格で、堂々とレオの前に君臨して見せた。
レオも負けじと、剣を納め、真っ直ぐに対峙して見せる。
レオ、頼むぞ。俺たちは戦争をしに来たわけじゃない。
何かあったときに、俺はいつでも飛び出せるように構える。
「人間の娘よ、お前は何者だ?」
「私はレオルト・フォン・エンベルガー。あなたは獣人の王、レジェ殿とお見受けしたが?」
「いかにも、私はこのベスティエ国の王レジェだ。なるほど、エンベルガー……、ヴォルフの娘か」
「いかにも」
「いやー、待ちわびたぞ。ヴォルフの娘よ! 話はお前の父親から聞いている、さあ、仲間も一緒について来るがいい。皆の衆よ、こいつらは『友』の子らだ。敵ではない」
何やら話が勝手に進んでいるが、こちらの3人は何もわからぬままとりあえずついて行くことにした。いや、ついて行かざるを負えないだろう。レオが作り出したこの惨状の中で待つことなど、俺には到底不可能なのだから。
本当に獣人しかいない。まぁ、獣人ノ国だし、当たり前なんだが……。それでも、こんなに多くの獣人が生活をしている様を見ていると、何だか故郷の村を思い出してくる。
「なあ、どうなってんのか説明してくれよ」
俺はレオにだけ聞こえるようにそっと話した。
「ん〜、歩きながらだと面倒だし、レジェさんの屋敷についてから話しましょう。私も、まだ完全には理解できてないし」
結局流されてしまい、どうなってんのかわからないままである。
しばらくすると、目の前に大きな屋敷が現れ、それはレオの屋敷とどことなく似ているような気がしたが、それは気のせいであろう、だって、そんなわけはないのだから。
「さあ、入ってくれ」
屋敷の大広間を通り、レジェの書斎に案内されると、そこにはレオの屋敷と同じソファ、机、装飾品など……数多くの類似品があったためか、ここがレオの屋敷かと錯覚してしまいそうになる。
4人でソファに腰掛け、最後にレジェさんが自分の書斎の椅子に座る。
「さて、よくぞきた。あらためて自己紹介しよう。私がこの獣人ノ国、ベスティエの王であるレジェだ」
Fragile~はかなきもの~ FOKA @fujioka
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