番外編~結末が鷺森麻耶だった場合~①
見慣れない天井————なんてシチュエーションを一回でいいからやってみたい。
そしたら「お! 俺は異世界転生したのか!?」なんてありもしない希望を抱けるから……うん、ないって分ってるぜベイべっ!
あの一件からしばらく経ち、本日は嬉しい事に休日も休日。
神楽坂も今日は西条院の家にお泊りするらしい。確か「私はひいちゃんと作戦会議をしてくるんだよ! これはアレだね! 帰ってきた頃には私は時森くんの心を掴んでいるんだよ!」って言ってたし————おぉう、嬉しいはずなのに身の危険を感じるぜい。
きっと……そう、アレだ。この前神楽坂の手料理を食べたからだ。上手くなってるかなーって思ってたらそんなことない。手には硝酸カリウム、俺の口にも硝酸カリウム。
————よく、生きてたね俺!
「……さてと」
せっかく目が覚めたんだ。早く朝ご飯やら掃除やらなんやらの家事を終わらせてしまおう。明日はバイトなんだ、久しぶりにゆっくり「……んっ」したい。
最近俺の大胸筋も唸って「……あれぇ、望くんもう朝なのぉ?」いるし、筋トレするのも「お姉ちゃん、あと五分……」アリかもしれない。
……。
俺は不意に己が被っている布団を捲る。
するとそこには俺の下半身以外に豊満な胸部をお持ちな素晴らしい美少女の体が————何故か、俺の腹部に抱き着いていた。
(……ふむ、冷静に考えようぜ時森望童貞(仮))
顎に手を当て、幸せそうに俺の腹部で寝ている少女の茶色い髪を撫でる。
えくすきゃりばー……異常なし
妙なスッキリ感……なし
言葉では憚られる匂い……しない、むしろいい匂い。
結論————
「そうか……俺は童貞のままか……」
悲しくなってきた。
こんなにも可愛い子且つナイスバディの持ち主と朝チュンしているにも関わらず、俺はシンデレラになれていないとは。
というより————
「おい、こら起きろ麻耶ねぇ。流石に不法侵入プライバシーの侵害だぞこんちくしょう」
「……あふ」
俺は気持ちよさそうに寝る少女————麻耶ねぇのほっぺをつねってその眠りを覚まさせる。
何故か可愛らしい声が聞こえたようだが……うむ、柔らかい。というより、下半身に伝わる感触も柔らかい。
「ふぁぁ……っ。おはよ~、望くん……」
「はいはい、おはようさん。この不法侵入者」
知らない相手だったらストーカー疑惑も踏まえて通報していたぞ?
……いや、こんな美少女だったら通報せずにストーカー許しちゃうかも。
「じゃあ……望くん……」
「なに? じゃあってな————んむっ!?」
のろのろと起き上がり、問いただそうとした瞬間俺の口が塞がれてしまった。
感じるのは甘い香りと柔らかい感触。過去に味わった事はあるが、少しばかりひんやりとした感触が未だに慣れない。
「ぷはっ……これでいい?」
「何に対していい? と聞いたか分からないが————とりあえず、ありがとうございましたと言っておきます」
「ふふっ~、望くんは相変わらず正直者さんだなぁ~」
「馬鹿言え、正直者はモテるんだ! モテる為の努力は惜しんだつもりはない!」
「……まだ、モテようとしてるのかな~?」
「……うっす、してないっす。もう、モテなくてもいいと思ってるっす」
どうしてだろう? 急に目が覚めちゃったよ。
あれだね、麻耶ねぇの目が普通に怖かったからだね、うん。
「……それより、どうして麻耶ねぇが俺の家にいるか聞いていい? ついでに俺の布団に潜り込んでいた理由も併せて教えてくれると助かります」
「おっけ~♪」
麻耶ねぇが俺にグイッと近づく。
薄桃色のパジャマから覗くチョモランマの谷間はどうにも俺の視線をゆうどうしてしまう。
いかん、男として視線を逸らさなければ————ん? 別に逸らさなくてもよくない?
だって俺達、付き合ってるんだし。
「……望くん、視線が変なところ行ってる気がするんだけど~?」
「おっと、どうやらダメみたいだ」
付き合っていても節度は弁えないといけないらしい。ジト目な麻耶ねぇがその証拠だ。
でしたら、俺が弁えれるように是非とも離れて欲しい。生まれながらに持つ息子が暴走しそうだから。朝だもん、仕方ないよね。
「まぁ、望くんがえっちなのは今に始まったことじゃないからいいんだけどね~」
「では、見てもいいのでは?」
「それは置いておいて————」
「置いておくのね……」
麻耶ねぇが一度起き上がり、俺の元から離れてベッドに腰を下ろす。
少し残念————かなり残念だが仕方ないだろう。
「だって、望くんとせっかくお付き合いできたのに、ここ最近二人っきりになれてないもん……だから、こっそり合鍵で入っちゃったよ~」
おかしい……合鍵を渡していないはずなのに、どうして合鍵を持っているのか?
「……いや、そこは悪いと思ってるけどさ————神楽坂がいる手前、どうにも二人っきりになれないだろ?」
「そこは分かってるし、文句はないんだけどね……それでも、お姉ちゃんとしては寂しいかな」
「麻耶ねぇ……」
少し寂しそうに、麻耶ねぇはその表情に陰りを作る。
「初恋をして、今までずーっと想い続けてきて、ようやく望くんと付き合えたのに……ううん! なし! やっぱり今のは聞かなかったことにして欲しいなっ!」
麻耶ねぇは明るく笑顔を作る。
それは、俺の目から見てしまえば無理をしているのは明らかだった。
(……流石に申し訳ないな)
あの屋上で、俺は麻耶ねぇの思いの丈を受け取った。
出会ったあの時からこんな俺を好いてくれて、ずっと俺を支えてくれて、一途に想い続けてくれた。
そして、俺はあのホワイトデーの時に受け止めたのではなかったのか?
麻耶ねぇを女の子として、一人の人間として好きだから俺の隣に立ってほしいとお願いしたのではなかったのか?
であれば、そんな彼女が寂しい思いするのはあり得ない。
そんな顔は許しちゃ……いけない。
だったら、俺がする事は一つ————
「……ど、どうしたの望くん?」
俺は麻耶ねぇの頭を撫でる。それに対して麻耶ねぇは驚いたが、構わず俺は笑顔で励ます様に口を開く。
「今日はどっか行こうぜ麻耶ねぇ! もちろん、二人っきりでデートだ!」
これが、あるかもしれなかったもう一つの物語。
俺と麻耶ねぇだけの。物語だ。
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