終わりのホワイトデー(3)
時刻は過ぎ、あちらこちらから生徒達の声が聞こえてくる。
日も沈みかけ、辺りはまだ16時というのに辺りは薄暗くなっていた。
窓を覗けば、帰宅する生徒や部活に勤しむ生徒が見える。
俺はそんな光景を空き教室で1人眺めていた。
別に、暇だからここにいるわけじゃない。
カッコつけて黄昏ている訳でもないが、今日はここで待ち合わせをしている。
滅多に人が来ない化学準備室。
現在誰も使っていないため、すっかり空き教室になってしまった場所。
(……懐かしいな)
最近では全く足を運んでいなかった。
前までは毎日のように来ていたというのに、今は目的もやる必要も無くなったので埃っぽいこの教室を見ることは無くなった。
「練習した方がいいのかねぇ……」
思わず昔を思い立してしまい、そんな言葉が漏れる。
「ふふっ、何の練習ですか?」
すると、立て付けの悪いドアが開く音がし、1人の少女が現れた。
長い金髪が夕日を反射し、どこか神々しく見える。
「別に、なんでもないさ……西条院」
「そうですか」
待ち合わせの相手が来た。
だから俺は寄りかかっていた窓枠から離れ、西条院の近くまで向かう。
「それで、こんな懐かしい場所に呼んで何の用でしょうか?」
「そんな惚けなくても、薄々分かってるんだろ?」
「まぁ、そうですけど……こういうのは、本人から直接言ってもらいたいものですから」
そう言って、西条院は可愛らしく頬を膨らませる。
その表情は、俺の胸を高鳴らせるのに十分な破壊力だった。
「あぁ……そうだな」
まぁ、俺から言うつもりだったから別にいいのだが……。
俺は少し離れた机の引き出しから1つのチョコを取り出す。
「ほれ、バレンタインのお返しだ」
そして、俺は形が崩れないように摘みながら西条院に手渡す。
「もうちょっと、いい雰囲気で渡すとかしないのですか……」
「ジト目で見るなよ……今更俺らにそんな雰囲気はいらんだろ」
「まぁ、ここでキザなセリフを吐かれながら渡されるよりかはマシですが……」
「だろ?」
ーーーーーやっぱり。
不思議と、緊張していない。
麻耶ねぇや神楽坂の時とは違う。
彼女といると、自分らしいありのままの姿が自然と出てしまう。
この気持ちを伝えるのにーーーーー何の抵抗もない。
「なぁ、西条院」
「何ですか?」
「お前もやっぱり、ここは懐かしいと思うか?」
俺がそう訪ねると、西条院は小さく笑い近くの机の上へと座った。
「えぇ……そうですね。最近は来ていませんでしたがーーーーーここが始まった場所ですから」
西条院は懐かしむように、机の表面を撫でる。
ここの空き教室は俺が告白の練習をしていた場所。
そんな俺の姿を西条院達に目撃され、脅迫された場所。
そしてーーーーー『彼氏が欲しい』、『彼女が欲しい』という目標を叶えるため、互いに協力した場所。
俺達の関係は、ここから始まったんだ。
「あの時は、巫山戯んなよって思ったよ……出会い頭でいきなり脅迫だからな」
「それは状況が状況でしたから、致し方ありません」
「どんな状況でも脅迫はダメだろ」
「ふふっ、そうですね」
あの時の俺は何てムカつく奴らだ!って思っていたかな。
出会い頭に脅迫の上、俺の意見はほとんど聞かず、色んなことに巻き込まれてきた。
「でも、そんなことがなかったら……俺らはこうして話すこともなかったな」
「……そうですね」
恥ずかしい姿を見られたり、色々苦労させられてきたがーーーーー今思えば、いい思い出なのかもしれない。
そう思えるほどには……彼女達に感謝している。
「だからこそ、俺はこの教室で伝えたかったんだ」
俺達が関わりを持った場所。
俺達の物語が始まった場所。
そんな場所だからこそーーーーー
「バレンタインの時の返事をさせて欲しい」
♦♦♦
夕日が差し込んだ教室はどこか明るく感じる。
辺りには誰もいないのか、俺達の呼吸音がよく聞こえた。
「えぇ……いいですよ」
そう言って、西条院は表情を変えずに優しく笑った。
その顔は、神楽坂と麻耶ねぇとも違う。
どんな言葉でも、しっかり受け止めるーーーーーそんな風に見えた。
「お前と関わり始めてからさ、無理矢理生徒会に入らされたりして、色々世界が変わったよ。考えされられることも……多かった」
「……それは、私もですよ」
「すぐに暴力振るうし、胸のことになったらすぐ怒るし、無理難題を押し付けるしーーーーー始めは、どうしてこんな奴が人気なんだろって思った」
「それは、あなたも悪い部分がありますよね?」
「それは認める」
ソリが合わない。些細なことでいがみ合う。
始めの俺たちの関係はそんなものだった。
「でもさ、お前と過ごしていくうちに、色々気付かされたよ。俺自身のことも、西条院のことも」
「……」
「俺は弱かった。分かっていたはずなのに、受け入れ難い現実に打ちひしがれる。西条院も、完璧な女の子のようで無茶ばっかりしてしまう女の子だった」
神楽坂がロシアに行ってしまった時、俺はあまりの現実に前に進めなくなっていた。
西条院は、唯一の父親に褒めてもらいたくて、倒れるまで頑張った。
人は誰しも完璧じゃない。イメージ通りではない。
どんなに強いと思っていても、同じ時間を過ごせば過ごすほど、弱い部分が見えてくる。
「けど、それだけじゃなかった。西条院は何に対しても真摯に向き合えて、どんな相手にでも背中を押してくれる、一緒にいてどこか安心するーーーーーそんないい所も見つけた」
「私も、同じ気持ちですよ……あなたはがさつで、デリカシーがなくて、いつもふざけてばかりーーーーーでも、私はあなたに助けられた」
「それは俺も同じだ。何度も西条院に支えられたし、いつも背中を押してくれた。……俺が無茶をしても、心配しながらも助けてくれた」
自分も無茶するけど、俺が無茶をする時一緒に歩いてくれた。
一緒にいて、これ程頼りになる女の子は、西条院以外いない。
「俺は、そんなお前がーーーーー好きだよ」
「ッッッ!?」
「麻耶ねぇも神楽坂も、俺にとって大切な人だ。そこに優劣はつけれないーーーーーけど、些細な幸せを分かち合いたい……そう考えた時、浮かび上がってきたのは……西条院だった」
あの時ーーーーー西条院の父親に言われたあの言葉。
それを考えた時、浮かんでくる姿は西条院だったんだ。
この考え方が正解ではないかもしれない。
感じるのではなく、考え続けた方が良かったのかもしれない。
でも、妙にしっくりくるのだ。
彼女だからこそ、俺はこんなにも安心していられる、ずっと隣にいて欲しい、傍で支え続けて欲しい、一生守ってあげたいーーーーーそう思えた。
「俺はこの選択に後悔はない。こんな応えの出し方は安直なのかもしれない。……でも、やっぱり俺は西条院が好きなんだ。神楽坂でも麻耶ねぇでもないーーーーーお前が、好きだ」
一世一代の告白。
今までしてきた告白はガチガチに緊張してきたのに、今は不思議と言葉が出る。
これも……好きだという1つの理由かもしれない。
「え、えーっと……あ、あれ……」
俺の言葉を聞いて、西条院は目を見開いて驚いていた。
「おいおい、分かってたんじゃないのか?」
「い、いえっ!あの時の返事を貰えるとは思っていたのですが……まさか、その言葉を貰えるとは思っていなくて………っ」
そして、徐々に西条院の目に薄く光る涙が溜まる。
「あ、あれ……?おかしいですね……嬉しいはずなのに…な、涙が…」
その溜まった涙は、自然と頬に流れていく。
それを必死に西条院は手で拭うが、溢れ出る涙は隠しきれない。
やがて、西条院は隠すことはせず……嗚咽に変わる。
「い、いいのですか……?アリスや、鷺森さんでは…な、なくて……」
「何を言ってる?……俺は、お前がいいんだ。神楽坂や麻耶ねぇに比べて、お前には持っていないものもあるけどーーーーーそれでも、俺はお前がいい」
麻耶ねぇみたいな寄り添える温かさは無いかもしれない。
神楽坂みたいに、自然と明るくさせてくれる雰囲気は無いかもしれない。
けど、西条院は2人にはない魅力がいっぱいある。
俺は、彼女のそこに惹かれたんだ。
「ふふっ……嬉しいです……あなたに…選んでいただけるなんて…」
「俺も、お前に好かれて……とてつもなく嬉しいよ」
西条院だけじゃない。
神楽坂にも、麻耶ねぇにも、好きだと言われて嬉しかった。
こればっかりは優劣はつけられない。
みんながみんなーーーーー俺の大切な人だから。
でも、西条院だけは……俺の特別だ。
「時森さん……」
「ん?」
西条院は涙を流しながらも、俺の方に近づく。
そして、俺の顔を思いっきり引き寄せるとーーーーー
「ッ!?」
柔らかい感触が、唇に触れる。
西条院の整った顔が、目の前にあった。
「私も……大好きです…」
「あぁ……俺も好きだよ、西条院」
さぁ、そろそろ舞台に幕を下ろそう。
互いの気持ちは伝えた。
気持ちを、確かめ合った。
そんな俺達の、最後に締めくくる言葉はこれでいいだろう。
「俺と、付き合ってください」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
物語の終わりまで
後19分
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