終わりのホワイトデー(2)
屋上から涼しげな風が吹いている。
フェンスから見下ろせばグラウンドに何人かの楽しそうな声が聞こえていたり、和気あいあいと隅で昼食を食べている人もいた。
現在昼休憩。
本来であればあそこでご飯を食べている人と同じく、俺も昼飯を食べている時間だ。
けどーーーーー今日はもうしばらく後になる。
「望くん〜、来たよ〜」
屋上の扉が開かれ、腰まで伸ばした茶髪をなびかせながら一人の少女が現れた。
「おう、麻耶ねぇ」
声が聞こえると、俺はフェンスから手を離し麻耶ねぇに振り向く。
今日という日に麻耶ねぇを呼びつけたのには理由がある。
手に持っている1つのチョコ。
保冷剤入りの袋に入れてあるから溶ける心配はない。
「はい、麻耶ねぇ。バレンタインのお返しだ」
「いいの!?……ありがとうね、望くん」
俺がチョコを渡すと、麻耶ねぇは嬉しそうに袋を抱えた。
……神楽坂の時もそうだが、やっぱりこうして喜んで貰えるのは嬉しい。
「でも、別に今じゃなくても家で渡してくれれば良かったのに」
「いや……それはダメだ」
俺が麻耶ねぇにチョコを渡すなら、絶対にここだと決めていた。
俺と麻耶ねぇの中で1番思い出があるのがーーーーー屋上だから。
それに、麻耶ねぇから気持ちを貰ったのも……ここだから。
「俺は、麻耶ねぇに伝えるならここしかないと思っていたから」
「ッ!?……そっか、決めたんだね」
麻耶ねぇは一瞬だけ驚いたような表情をする。
しかし、すぐに瞳はまっすぐ俺を向き、覚悟を決めたように見えた。
その顔はどこか神楽坂の時と同じような気がする……そして、今の俺の状態も。
「あぁ……決めたよ、麻耶ねぇ」
口の中が異様に渇く。
涼しい風が吹いているはずなのに、身体が熱い。
心臓の音も激しく鳴っている。
けど、ちゃんと言葉にしないといけない。
ーーーーーだから、
「俺の好きな人は……麻耶ねぇじゃなかったよ」
♦♦♦
「……うん」
その一言をついに言ってしまった。
胸が苦しくて、吐きそうで、とても辛い。
神楽坂に言った時と……同じ気分だ。
「……麻耶ねぇから本命のチョコを貰った時はすごく嬉しかった。飛び跳ねるほど喜んだし、頭もパニックになったーーーーーでも、ごめん」
俺は頭を下げる。
神楽坂の時と同じで、許しを乞うのでは無く謝りたくて。
麻耶ねぇの気持ちを受け止めれないことへの、謝罪。
「俺には、他に好きな人がいる」
けれども、俺は顔をあげてしっかり麻耶ねぇを見据える。
この言葉だけは、しっかりと麻耶ねぇを見て言わないといけないから。
「……そうだね」
痛い。
胸がはち切れそうなほどーーーーー痛い。
麻耶ねぇの泣き出しそうな、それでいて優しく見守るような顔を見ていると、とてつもなく苦しいんだ。
「………ッ!」
次の言葉が出ない。
神楽坂の時みたいに、己の気持ちが伝えれない。
それはずっと長く一緒にいたからか。嫌われたくないからか。
俺が麻耶ねぇを拒否したくないからかーーーーー分からない。
折角、喉まで出かかっているのに……!
この気持ちだけは、ちゃんと伝えなきゃいけないというのに……っ!
「……望くん」
麻耶ねぇがゆっくりと俺に近づき、抱きしめてくれる。
「大丈夫、お姉ちゃんはちゃんと聞くからね。確かに辛いけど……お姉ちゃんが望くんを嫌いになることなんて、ないからーーーーーだから、頑張って」
「ッ!?」
その言葉を聞いて、俺は目頭が熱くなる。
それと同時に、俺の中の感情が1歩背中を押された気がした。
……やっぱり、麻耶ねぇには敵わないなぁ。
「俺さ、麻耶ねぇには本当に感謝してるんだ。麻耶ねぇは「自分の方が」って言ってるけど、そうじゃない」
俺は麻耶ねぇに抱きしめながら、己の気持ちを伝える。
麻耶ねぇの暖かな感触が、俺の背中を後押ししてくれた。
「麻耶ねぇが俺を心配してくれて、俺のいた学校に転校してきてくれたのも知ってる。俺が1人にならないように傍にいてくれたのも知ってる」
あの時の俺は弱かったから。
1人でなんでも解決しようとして失敗する。1人でできる力なんてちっぽけなものだと言う事は分かっていても、それに縋るしか無かった。
そんな俺を心配してくれて、麻耶ねぇはいつも傍で支えてくれた。
「葬式の時、麻耶ねぇがいなかったら俺は今頃こうして笑って過ごせなかった。人生のどん底まで落ちて、這い上がることなんてしなかった」
あの時かけてくれた言葉は今でも鮮明に覚えている。
『大丈夫、おねぇちゃんがいるから……。ずっと傍にいるから……』
麻耶ねぇから貰ったこの温もりは、今でも忘れない。
忘れるはずもない。
「だから、俺は本当に麻耶ねぇには感謝している。今の俺がいるのも麻耶ねぇのおかげ。今の俺が笑っていられるのも麻耶ねぇのお陰なんだ」
「ううん、そんなことないよ……」
不意に、俺の肩口に暖かい何かが零れた。
それが麻耶ねぇの涙であることは、掠れた声を聞けばすぐに分かってしまう。
「あの時、私の命を救ってくれなかったら、私はここにはいない……っ!あ、あの時に……望くんがいじめを無くしてくれなかったら……今の私は笑っていなかった……っ!」
俺も麻耶ねぇも、1度溢れた気持ちは止まらなかった。
涙とともに、溢れ出す。
「私も、望くんおかげで今の私があるから……望くんに、この気持ちを貰ったから……私の方こそ、ありがとう……だよ…っ!」
「俺の方こそ、ずっと見守ってくれてありがとう。支えてくれてありがとう……好きになってくれて……ありがとう……」
ダメだ、我慢ができない。
この涙を抑えることは、もう出来ない。
それから30分ほど、俺と麻耶ねぇは互いに抱き合いながら、感情とともに涙を流し続けた。
♦♦♦
「あちゃ〜、結構濡れちゃったね〜」
「そうだな、肩口が麻耶ねぇの涙と鼻水でベトベト……」
「そんな事言ったらお姉ちゃんもなんだけどな〜。どうするのこの望くんの所為でベトベトになった私に制服?」
「……と、とりあえずティッシュあるから拭く?」
「拭きます!」
互いに泣き終わると、フェンスに寄りかかりながら互いのベトベトになった部分を拭く。
なんとも締まらないなぁ〜、と思ってしまうが、これもどこか俺達らしい。
「これでお姉ちゃんもフラレちゃったね〜」
「うっ!」
申し訳なささが込み上げる。
いや、覚悟したつもりだったんだけど、面と向かって言われると……なんか辛いなぁ。
「別に望くんを責めてるわけじゃないよ?むしろちゃんと応えを出してくれて嬉しいくらい」
確かに、そう言っている麻耶ねぇの顔はどこは晴れ晴れとしている。
その表情を見て安心ーーーーーした訳じゃないが、どこか気持ちが楽になった。
「ねぇ、望くん……」
「どうした麻耶ねぇ?」
「今……望くんは幸せ?」
あぁ……そうだな。
「幸せだよ、これ以上ないってくらい俺は幸せだ。大切な人に囲まれて、笑っていられるこの日常にーーーーー俺は幸せを感じるよ」
麻耶ねぇがいて、神楽坂や西条院……他にもたくさんの人達に囲まれたこの日常が大好きだ。
大切な人が傍にいる……これほど嬉しいことはない。
「なら、お姉ちゃんは満足だな〜!私の弟が幸せなら、それで十分だよ!」
「……俺も、麻耶ねぇが幸せなら十分だよ」
「大丈夫!お姉ちゃんも幸せだから!」
「……そうか」
俺は青く澄み切った空を見上げる。
ここに来る時は不安で曇っていた気持ちも、今ではこの空みたいに晴れ晴れとしている。
ありがとう、麻耶ねぇ。
ずっと支えてくれて、見守ってくれて、好きになってくれて。
ーーーーー俺の大切な人になってくれて。
物語の終わりまで
後5時間28分
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※作者からのコメント
作者大号泣(T^T)
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