終わりのホワイトデー(1)

 3月14日。

 ごく平凡な休日も終わり、本日は学校の登校日。


 一輝は無事デートはできたのだろうか?という疑問が頭の中をよぎる。

 ……まぁ、学校に行けば分かるか。


「時森くんおかわり!」


 食欲旺盛な神楽坂は朝食のご飯をおかわりする。

 ……ほんと、よく食べるなぁ。


「はいよ」


 しかし、いっぱい食べてくれることは嬉しいものだ。

 食べてもらう側としては食費の心配をしてもらうよりも、遠慮なく食べてもらう方がありがたい。


 俺は神楽坂からもらったお茶碗に、少し収まる程度のご飯をよそう。


「ほれ、よく噛んで食べろよ?」


「時森くん、最近お母さんみたいな発言が多くなったよね」


 誰のせいだと思っているのかねこの子は?

 君がもうちょっと成長してくれたらお母さんもこんなこと言わないわよ?

 あらいけない、お母さん口調になってしまったわ。


「ご馳走様でした!」


「お粗末さまでした」


 それから少しして。

 神楽坂は残すことなく完食し終わった。

 もちろん、俺は結構前から完食済みです。


 俺は神楽坂の食器も合わせて、流しへと持っていく。



 ーーーーーそろそろ渡すか。


「じゃあ、時森くん!そろそろ学校にーーーーー」


「あ、待ってくれ神楽坂」


 俺は立ち上がろうとした神楽坂を手で制す。


「どうしたの時森くん?」


 神楽坂は急に止めたことに疑問を持っているのか、可愛らしい顔を横に傾けた。


「いや、学校に行く前に渡しておこうと思ってな」


 俺は立ち上がると、冷蔵庫から3つのうちの1つを取り出す。

 今日の為に作ったチョコだ。


「はい、バレンタインのお返し」


 綺麗に包装された(※俺なりに頑張った)チョコを神楽坂に渡す。

 中身は単純なホワイトチョコ。しかし、溶かす作業から丁寧に作った俺の自信作だ。


「うわぁー!ありがとう時森くん!」


 花の咲くような笑顔でチョコを受け取った神楽坂。

 本当に嬉しそうで、見ているこっちも胸が暖かくなる。


 けどーーーーー


「なぁ、神楽坂ーーーーー」


「ん?」


「クリスマスでの応え。今出してもいいか?」


 そろそろ、応えなければならない。



 ♦♦♦



 先程の喜んでいる顔とは変わり、神楽坂は真剣な眼差しで俺を見る。


「……うん、いいよ」


 しかし、どこか彼女からは優しげな雰囲気を感じる。

 やっと、応えを出したんだね。………そう言っているように思えた。


「あぁ……ありがとう」


 俺は1つ大きく深呼吸をする。

 心臓がバクバクと音がうるさい。呼吸も若干荒れている。

 返事をすることが、こんなにも緊張するだなんて思わなかった。


 それでも、落ち着け。

 しっかりと俺の気持ちを伝えるんだ。

 彼女がそうしてくれたようにーーーーー俺も。


「ごめん」


「ッ!?」


「俺は、お前と付き合うことはできない」


 神楽坂の目が一瞬見開かれる。

 唇を噛み締めて、両手の拳を強く握って、震えた。

 しかし、神楽坂はすぐに落ち着きを戻す。


「……そっか」


 彼女は取り乱すこともなく、ただただそんな言葉が漏れた。

 納得したというよりは、受け止めた。

 ……正直、もう少し取り乱すのかと思っていたのだがーーーーーいや、それは違うな。


「……やっぱり、私じゃなかったんだね」


 薄々と分かっていたんだ。

 俺が誰のことを好きで、自分は選ばれないってことを。

 だから彼女は取り乱すこともなく、受け止めた。


 そんな神楽坂を見てーーーーーとても胸が苦しい。

 あぁ……このセリフを言うことがこんなに辛い思いするなんて。


「ごめん」


 俺は頭を大きく下げる。

 許してくれ、と乞うのでは無く俺なりの誠意として。

 彼女の気持ちを受け止めることができないことに俺は謝る。


「でも、俺は前も言ったが、神楽坂に告白されてすっげぇ嬉しかった」


 この気持ちだけは間違えようのない。

 この気持ちだけは、俺の素直なものだ。


「始めはさ、おっちょこちょいだし、すぐドジ踏むし、些細な発言で俺を殺しにかかるし、何だよコイツって思ったんだ」


「……それは、酷いなぁ」


「けどさ、お前と過ごしていくうちにイメージもだいぶ変わってきたんだ。ただ優しいんじゃなくて寄り添ってくれる、みんなを明るい雰囲気にしてくれる、一緒にいるとハラハラさせられるけど暖かくなる」


 彼女と過ごしてきた時間は、そこまで長くない。

 けど、やはり印象というものは徐々に変わってきた。


 なんて優しい子なんだ。この子は支えてあげないと。一緒にいて楽しい。悲しむ顔は見たくない。


 そう思えるようになってきた。


「……そんな神楽坂は、俺にとって今でも大切な人だ。守ってあげたい、そう思える魅力的な女の子だ。気持ちは受け止めてやれないーーーーーけど、お前に好意を寄せられたことが、とてつもなく誇らしい」


「……今振ったばかりの女の子に、大切な人って言うかなぁ」


 神楽坂の目に少しづつ涙が浮かび上がる。

 しかし、必死に堪えようとその声は震えていた。


「俺はお前を選べなかった……でも、それは俺なりに出した応えで、俺の素直な気持ちだ。……でも、俺には優劣なんてつけられない。ハーレムにしたいなんて思わない。だけどーーーーーみんながみんな、俺にとって大切な人なんだ」


 選んだつもりでも、切り捨てれない俺は最低なのかもしれない。

 曖昧な、中途半端な応えを出した。

 それでも、これが俺の嘘偽りない本心なんだ。


 好きな人じゃ無いかもしれない。

 けど、みんながみんな俺を支えてくれたーーーーー大切な人。


「……本当に、我儘だなぁ」


 神楽坂は溢れ出る涙を手で拭き取りながら、震えた声で口にする。


「みんな大切な人って……ずるいよ。それじゃ、選ばれなかった私はどう返したらいいの?おめでとうって言えばいいの?ありがとうって言えばいいのかなぁ…………時森くんは本当に、ずるい、我儘、自己中……」


 俺は神楽坂の言葉を真剣に受け止める。


 あぁ…分かっている。

 こんなことを言っている俺は我儘で、大切な人と言ったということは、まだ彼女達を縛り付ける。


 分かっている……分かっているけどーーーーーこの気持ちだけは、偽ることなく伝えたかったんだ。


「……でも、そんな時森くんだから私は好きになったんだよね」


 神楽坂は溢れる涙を止め、俺の方に向かって顔をあげた。


「我儘でも、ずるくても……大切な人っ言ってくれたことは嬉しかった。私は、選ばれなくてもあなたの周りにいてもいいんだって……特等席じゃないけど、あなたの日常にいてもいいんだって」


「……俺からお願いしたいくらいだよ。今更神楽坂のいない日常なんて……考えられないから」


「……なら、今はそれで受け入れるよ」


 すると、突然神楽坂は勢いよく立ち上がり、俺の顔を両手で掴んだ。


「でも、私諦め悪いから!ちょっとでも隙を見せたら私が時森くんの隣に立つからね!」


 あぁ……こういうところだよ、神楽坂。


 自分が選ばれなくても、諦めず前を向ける。

 ロシアで願った彼女の想いはもう既に叶っていた……。


 自分で前を向けて、それでも明るく振る舞える……並大抵のことではできない。

 それを見せてくれる神楽坂はーーーーー本当にすごい。


 だからこそ、すごく誇らしいんだ。


「……それは、覚悟しないとな」


「うんっ!」


 泣き痕はまだ残っている。

 それでも、彼女の顔は晴々としているものだった。


 それにつられて、自然と口元がほころんでしまう。





「……これからもよろしくね、時森くん!」


「……あぁ、俺の方からもよろしく頼むよ」


 不安はあった。

 関係が壊れてしまうんじゃないかって、このままではいられないんじゃないかって。


 でも、そうはならなかった。

 それはきっと、俺のおかげではなく彼女の心が強かったからだ。


 ーーーーーまた、支えられてしまった。



 俺の気持ちは所詮我儘に過ぎないのかもしれない。

 それでも、彼女は受け止めてくれた。



 その事に、俺は涙が出そうだ。

 けど、ここは必死に堪えよう。



 彼女が笑ってくれているんだ………俺が泣くのはおかしいよな。





「ありがとう、神楽坂。……俺を好きになってくれて」


「ううん、こちらこそ。私にこんな素敵な感情を教えてくれて、ありがとう」






































































 物語の終わりまで


 後9時間34分





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


※作者からのコメント


作者号泣(´TωT`)

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