当たり前の日常

 日曜日の朝。

 春らしい爽やかな陽気が家にいるのも関わらず肌で感じてしまうこの頃。

 望は、一人キッチンで朝食の後片付けをしていた。


 いつもより多い食器の量に、少しだけため息が出てしまうものの、不思議と望の心には不快感はなく、むしろ嬉しいと感じた。


 —————その理由は至って簡単。


「あ!ひぃちゃん、ずるいよ!」


「ふふっ、勝つためには最後まで油断しない方がいいのですよ」


「それにしても強いね柊夜ちゃんは~。私このゲーム何回もやっているけど勝てないよ~」


 リビングから聞こえる賑やかな声。

 いつもみたいに望とアリスだけがいる時とは違い、今は柊夜と麻耶が望の家に遊びに来ている。


 最近では、ちょくちょく彼女達は遊びに来るようになった。

 それも望に対しての好意なのか、アリスを寂しくさせないためか————きっと、それ以上に「二人っきりにさせてはいけない」という乙女心が働いているのかもしれない。


「うぅ……最近やっと時森くんに勝ててきたと思ったのに……」


 コントローラーを置いたアリスが、悔しそうに項垂れる。

 サラリとした銀髪が地面に垂れ、レースゲームの結果画面を恨めしそうに見ていた。


「甘いですねアリスは」


 薄い水色のパーカーを羽織った柊夜が、どこか自慢げに呟く。

 実際、彼女の声はどこか弾んでいて、このちょっとしたゲームに勝てたことを喜んでいるように見える。


「どうするアリスちゃん?もう一回やる?」


 そして、そんな二人を妹のような眼差しで見ていた麻耶がアリスに尋ねる。

 結果こそ2人には負けているものの、そこには悔しいというよりも楽しんでいるという風に感じた。


「もう一回やります!次こそは勝ってみせますから!」


「まだまだ、アリスには負ける気がしませんよ」


「それじゃあ、もう一回やってみよ~!」


 そんな3人の楽しむ姿を、食器を洗いながら見ていた望は、どこか温かい気持ちになった。


「……昔は、1人だけだったのにな」


 感慨深くなる。

 両親がいなくなってからは、望の家には1人しかいなかった。


 そこから、麻耶が現れて、続いてアリス、今では柊夜までもが家に遊びに来るようになった。

 静かだったこの家も、今では賑やかになったものだ。


 それを、望は嬉しく感じる。


「あーっ!またひぃちゃん赤甲羅使った!しかも最後に!」


「ふふっ、背中には気をつけないといけないとさっき言ったではありませんか」


「アリスちゃんも学習しないね~」


 3人が3人、楽しそうにゲームをしている。

 穏やかな何もないこの日と言うものを、仲のいい友達と一緒に謳歌していた。


 その光景を見ているだけで、こちらまで幸せな気持ちになってしまう。

 望は1人輪に外れていながらも、そんな風に思った。


「望くんも一緒にやろうよ~!」


「時森くん!ひぃちゃん強いから気を付けてね!」


「時森さんが参加するなら、何か賭けてみますか?」


「いいね~!じゃあ、この中で一番ドベだった人は罰ゲームで!」


「だったら尚更次は負けられないよ!」


 その楽しそうにしていた輪の中に入れてくれる。

 拒絶なんかせず、当たり前のように望が加わることを認めてくれた。


「あぁ……少し待ってろ」


 それが、どれだけ嬉しい事か。

 きっと、クラスの男子が見たら「羨ましい」と妬むかもしれない。

 なにせ、学園3大美女が揃って望の家にいるのだから。


 しかし、望の中には下心や美少女だからという気持ちはなかった。

 ただ単純に、彼女達の何気ない日常に自分という存在が当たり前のように存在することに、嬉しく感じるだけ。


 例え、彼女達の容姿が優れていなくても、望は同じ気持ちを抱いているだろう。


 大切だと思っている彼女達だからこそ、その輪に加われることが嬉しかった。


 望は水道の水を止め、水気をタオルでふき取ると、エプロンを付けたまま彼女たちのいるところへと向かう。


「よっしゃ、罰ゲームは何にする?」


「う~ん、何にしよっか?」


「では『勝った人が最後の人に命令をする』というのはいかがでしょうか?」


「いいね!それにしよっか!」


「じゃあ、俺買い出し頼むわ。丁度醤油がきれてたし」


「おねぇちゃんはマッサージしてもらおうかな~!」


「そ、それなら俺が無償で————」


「ダメだよ時森くん!そういうのは良くないと思う!」


「ふふっ、変なことを言い出す口はこれですか?」


「痛い痛いっ!西条院さんや!軽い冗談だから関節キメるのやめてくれない!?こういう時って普通口を押さえるものじゃないの!?」


「ははっ、相変わらず望くんはいやらしい事しか考えてないね~」



 —————あぁ、楽しいな。


 望は、彼女達と話していてそう感じた。





 当たり前の日常とは、こういうことを言うのだと思う。


 たわいのない会話に笑ったり、喜んだりする。

 この1年で大きく変わった日常こそ、望が本来望んでいた結果だ。


 だからこそ、いつまでも変わらないで欲しい。

 冷蔵庫の奥底にあるチョコを渡しても、望の気持ちを伝えても、このような日常が続いてほしい。


 望は、今この瞬間でもそう願っている。





 —————叶うことなら、明日が終わってもこの関係が続きますように。




 舞台が終わっても、物語が終わっても、彼女達と笑っていられますように。


 そして、針は進み、いよいよホワイトデーを迎える。






































































 物語の終わりまで


 後1日

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