彼からもらった日常
(※アリス視点)
時森くん達がチョコを貰ったことがバレてから次の日の夜。
私は時森くんと一緒に夕飯を作っていた。
といっても、私ができることはサラダの盛り付けだけなんだけどね。
だって、まだ時森くんが「危ないから、今日はサラダの盛り付けをしてくれ!」って言って作らせてくれないんだもん。
折角、水酸化ナトリウムを持ってきたのにな……。
「神楽坂、サラダの盛り付け終わったか?」
「うん!バッチリだよ!」
「じゃあ、そのままテーブルに運んでおいてくれ。こっちもそろそろできるから」
「分かった!」
そういうわけで、私は盛りつけたサラダをテーブルまで運ぶ。
ついでに、箸とかコップも一緒に準備しておこうかな。
私はサラダをテーブルまで運ぶと、食器棚からコップと箸を取り出した。
ふふっ、そう言えば始めはコップの場所も分からなかったんだよね。
そう思うと、私もすっかり時森くんの家に慣れてしまったのかも。
「ほい、今日はハンバーグだ!」
「わぁっ!美味しそう!」
時森くんが持ってきた大皿には、二人分のハンバーグがあった。
出来立てということもあって、香ばしい匂いが私の鼻をくすぐる。
「じゃあ、冷めないうちに食べようか」
「そうだね!」
本当に美味しそうだなぁ……。
時森くんって、本当に何でもできるよね。
料理もできるし、裁縫も上手だし、運動もできるし……すごいなぁ。
「じゃあ、早速————」
「「いただきまーす!!」」
いただきますの挨拶をすると、私は早速ハンバーグを頬張った。
口の中にじゅわっと広がる肉汁が私の舌を刺激する。
本当に美味しい!
流石時森くんだよ!これならお店を出しても儲かるんじゃないかな!
「ははっ」
私がハンバーグを味わっていると、急に隣で時森くんが小さく笑った。
「どうしたの?」
「いや、神楽坂は美味しそうに食べてくれるよなーって」
「だって、美味しいんだもん!」
本当に、このハンバーグは美味しい!
もしかしたら、お母さんの作るものよりも美味しいんじゃないかな?
「それが、嬉しいんだよ。作ったものを誰かに食べてもらって、「美味しい」って言ってもらえるのが」
そうなのかな……?
私は今まで食べることしかなかったから分からないけど—————ううん、一回あったな。
時森くんにチョコを渡した時。
あの時、時森くんに「美味しい」って言ってもらえてとても嬉しかった。
きっと、同じ気持ちなんだと思う。
「ほんと、前までならこの家でそう言ってもらえることなんてなかったからな。せいぜい、麻耶ねぇが家に遊びに来た時くらいだ」
そう言って、時森くんは懐かしそうな表情をする。
「でも、大丈夫!今度からは毎日言ってあげるよ!」
「あぁ……そうだな。そう言ってもらえるように俺も美味しい料理を作らないとな」
そう嬉しそうに小さく笑うと、時森くんは再び食事に戻った。
大丈夫だよ。時森くんの作る料理は美味しいから。
そして、本当に毎日言ってあげたい。「美味しいよ」って。
私も、再びハンバーグを頬張った。
「そういえば、ひぃちゃんのパパのところでのバイトはどうなの?」
私は話を変え、疑問に思っていたことを口にする。
最近、時森くんはひぃちゃんのパパの会社でバイトをし始めた。
なんでも、社長自らのお誘いなんだとか。
そう考えるとやっぱりすごいよね、時森くん!
本当に、かっこいいなぁ……。
「ん?……あぁ、バイトか…」
そして、何故か時森くんは遠い目をしていた。
ど、どうしたんだろう!?何か言っちゃいけないこと言ったかな!?
「あ、いや!別に何かあったわけじゃないぞ!?」
焦った私を見て、時森くんは慌てて否定した。
よ、よかったぁ……てっきり、言っちゃいけないことを言ったのかと思った。
「じゃあ、何でそんな遠い目をしてたの?」
「あぁ……思った以上にバイトがきつくてな……」
「そんなにきついの?」
西条院グループはやっぱり大変なのかな?
あのおっきな大企業だから、何となくは大変そうだなぁって思うけど……。
「そうだな……精神的にも肉体的にもしんどいバイトではあるな」
「そ、そうなんだ……」
「でも、そのおかげでこの前「このままうちで働かないか?」って誘われたぞ」
「え!?そうなの!?」
すごい!
あの西条院グループに働けるなんて!
確か、西条院グループの倍率ってかなり高いってひぃちゃんから聞いた気がする。
それを試験なしで誘われるなんて、流石時森くんだよ!
「ありがたい話だけどな」
「それで、時森くんは働くの?」
「いや、もうちょっと考えるさ……まだ、決めるのは早い気がするからな」
「そっか……」
でも……最終的に時森くんはどうするんだろう?
そう言えば、時森くんの進路って聞いたことないや……。
2年後。
私たちは高校を卒業して、それぞれの進路へと向かう。
きっと、家族のいない時森くんは就職すると思うけど、その時私はどうするんだろう?
きっと、このままではいられない。
いつか、私も親元に帰るか一人で暮らすか選ばないといけなくて、彼からもらったこの日常は、いつかは手放さないといけなくなる。
そうなったら……寂しいなぁ。
私が一人寂しく感じていると、不意に頭に優しい感触が伝わってくる。
「……ふぇ?」
私が顔を上げると、そこには私の頭に手を置いて撫でてくれている時森くんの姿があった。
「大丈夫だよ、神楽坂。俺は、お前にあげた日常をおいそれとは手放さないから」
「……ど、どういうことかな?」
「お前がこの先のことを考えて不安になっているのは分かっているから—————お前がいたいと思えば、ここにいればいい。俺が就職しても、お前が大学に行っても、ここにいたければいてもいい。それが、お前にこの日常をあげた俺の責任だ」
私が心配かけないようにごまかしても、彼は見破って欲しい言葉をくれる。
「……うん」
だからこそ、私はすごく胸が暖かくなるのを感じた。
彼からもらった日常。私が望むまでいてもいいと言ってくれた。
私が大好きなこの日常は、まだ続く。
そう考えると、やっぱり幸せな気持ちで溢れかえってしまう。
「それに、俺も案外この日常は気に入ってるんだ。だから、できれば神楽坂にはいて欲しい」
「……ありがとう、時森くん」
私が頬張ったハンバーグの味は、さっきよりも美味しく感じた。
物語の終わりまで
後5日
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