春のスポーツ大会!決着!(3)
西条院が打席に入る。
銀色に光る金属バットを短く持って、野球部顔負けの構えをとった。
……何か、すっげぇ様になっているように見えるんだが?
「ねぇねぇ、望くん?」
「どうした麻耶ねぇ?」
隣に現れた麻耶ねぇが俺に声をかける。
「柊夜ちゃんって野球できるの?さっきキャッチャーをしているところは見たんだけど……」
「まぁ、あのリードは野球部に入っていてもおかしくないほどのレベルだったからな。多分、できると思うのだが……」
「だが?」
「それもあくまで女の子の範囲でだ。こと野球においては、女子と男子では力も違うし、差が出てしまう」
野球において、運動神経と力の差は切っても切れないものだ。
例えば、いくら女の子がボールに当てるセンスを持っていようが、押し返す力がないと、ボールが飛ばない。
さらに言えば、野球のルール上ベース間の距離やマウンドからキャッチャーの距離も違う。
女子のルールになれている人はかなりやりづらいものがあるだろう。
「……でも、柊夜ちゃんなら出てくれそうだよね」
「……それは、俺も思っているさ」
根拠はない。
普通に考えれば、野球部のエース相手に塁に出ることなんて難しい。
しかし、何故か不思議と西条院ならやってくれる————そう思えてしまう。
俺は根拠のない信頼を西条院に向けながら、その打席をベンチから見守る。
ピッチャーが大きく振りかぶる。
そこから飛び出すボールの球威も威力もすさまじいものだった。
しかし、西条院はバットを振らず見逃す。
『ストラーイク!』
続けて2球目。
『ボール』
更に3球目。
『ストラーイク!』
西条院はバットを振る気配もなく、あっという間に追い込まれてしまった。
ベンチでは焦りの声が聞こえてくるが、俺と麻耶ねぇは黙って見守る。
そして、追い込まれてからの4球目。
ピッチャーが振りかぶり、球威も変わらないボールがミットめがけて投げ込まれる。
アウトコースいっぱいのストライクボール。
このまま振らなければ、三振になってしまう。
しかし————
『ファ、ファール!』
西条院は最低限の力だけでバットを振る。
それは、ただ当てるだけ。
ボールは、差し込まれてバックネットへとぶつかった。
「なるほど……流石西条院だ」
「どういうこと?」
「西条院の狙いは四球だ」
西条院がいくら運動神経が良くても、男子と女子とでは圧倒的に力が違う。
まともにヒットを打とうと前に飛ばしても、せいぜい内野ゴロだ。
だからこその四球。
力を抜いてバットを振ることによって、力で劣る西条院は簡単に押し込まれてしまい前には飛ばない。
すると、高確率でボールは後ろに飛びファールになる。
そうして粘ることで必然的にボールを誘い、塁に出ようとしているのだろう。
「すごいね、柊夜ちゃん……」
麻耶ねぇから感嘆した声が聞こえた。
俺も、西条院には脱帽である。
簡単に説明しているものの、実際にはかなり難しい。
四球を狙うにはボールを見極める選球眼と、前に飛ばさないようににするバットコントロールが必要となる。
だからこそ、それを実行している西条院のセンスには素直に感心してしまう。
そして、西条院の粘りもついに12球目。
『ボール、ファー!』
「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」
ピッチャーのボールも逸れ、ついに四球となってしまった。
西条院はバットを地面に置き、ゆっくりと歓声を浴びながら一塁へと向かう。
「やった!やったよ望くん!」
「あぁ……」
本当にすごいやつだよお前は。
俺はちらりとこちらを向いてほほ笑んでいる西条院に向かって微笑み返す。
これで、舞台は整えてもらった。
後は————
「さぁ、親友。ばっちり決めて来い」
「うん、任せて」
♦♦♦
(※一輝視点)
僕はゆっくり打席へと向かう。
西条院さんが塁に出てくれた、望がみんなに喝を入れてくれた。
後は————僕が決める番だ。
いつもなら、こんな授業でここまでやる気になることなんてなかっただろう。
けど、今回ばかりは話が違う。
自分でも、ここまでやる気になるなんて思いもしなかった。
僕は打席はいる前に横目でベンチを見る。
そこには大きな声で応援してくれている生徒会メンバーに、望————そして、桜田さんの姿が見えた。
「がんばれ佐藤くん!」
僕の耳に、桜田さんの声援が聞こえてくる。
それだけで、僕の気持ちは最高潮に達した。
相手は野球部のエース。
野球なんてあまりやってこなかった僕なんかがヒットを打つのは難しいだろう。
けど、ここで決めなきゃいけない。
僕はバットを握り構えをとる。
それに合わせてピッチャーがモーションに入り、振りかぶると————
『ランナーが走ったぞ!』
西条院さんが勢いよく一塁を駆けた。
バッテリーも女子が走ると思わなかったのか、反応が遅れそのままボールを二塁に投げることもなく、西条院さんは二塁に到達する。
『流石西条院さん!』
『やったぜ!これでヒット一本で帰れる!』
『西条院さんかっこいいです!』
……すごいね、西条院さんは。
女の子にも関わらず、それを感じさせることのない運動神経と度胸。
僕は打席に立ったまま感心してしまう。
これで、先ほどよりも大分楽になった。
ツーベースを打たなくても、シングルヒットだけで一点をとれる状況になってしまった。
西条院さんがホームに帰ればサヨナラ勝ち。
僕がヒットを打てばサヨナラ勝ち。
プレッシャーで心臓がバクバク脈打っているのを感じる。
それでも、僕はここで打たなくてはいけない。
緊張を紛らわせるために僕はバットを握る。
それに合わせたように、ピッチャーが再び振りかぶった。
球威は先ほどと変わらない。
インコース低めに鋭い球がミットに向かって投げ込まれる。
僕は腰を思いっきりひねり、バットをボールめがけて振りぬく。
そして———
♦♦♦
「8-9で、B組の勝利!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
試合も終わり、俺達はホームベース前で挨拶をする。
いやー、無事に終わったなー。
始めは7点差もあって「あれ?やばいんじゃね?」って思ったけど、何とか勝ててよかったわー。
西条院があそこで盗塁したことにも驚いたが、まさか一輝が本当に打ってくれるとは思わなかった。
インコース低めを捕えた打球は左中間を抜き、悠々と西条院がホームに帰りサヨナラ。
無事に優勝することができた。
別に優勝したからといって商品があるわけでもない。
強いて言うなら、現在進行形で学園3大美女様と先輩がメンバーに対して褒めているあの光景ぐらいだろうか。
————しかし、それはクラスの連中の話。
「桜田さん……」
ベンチの端に一人の男子生徒と女子生徒が話している。
「えぇ……正直、勝つとは思っていなかったわ」
「僕も、まさか勝てるとは思っていなかったです……」
うそつけ。
あれだけ勝つために本気になっていたくせに。
「それで———あの約束は本気なの?」
「はい、お願いします」
一輝は真っ直ぐな目で桜田先輩に向かって言い放つ。
すると、桜田さんは少し顔を赤らめると顔を逸らしてしまった。
「じゃ、じゃあ……今週の土曜日でもいいかしら」
「はい!」
その返事をもらって、一輝は嬉しそうに笑っていた。
————これで、約束は果たした。
この機会に、二人が仲良くなってくれればそれでいい。
恋のキューピットも、ここからは自力で頑張ってもらいお役御免だ。
そして、俺は親友の喜んでいる姿を見て
「よかったな、一輝」
思わずそんな言葉が口から零れた。
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