好きな人

「では、少年のバイト入社を祝って————」


「「「かんぱ~い!!!」」」


 グラスを片手に乾杯の音頭をとると、俺は一気に飲み物を飲み干す。

 くぁ~っ!疲れた体に染み渡る至高の一杯だなぁ~!

 まぁ、普通に麦茶なんですがw


「それにしても、意外でした。てっきり、前みたいなめちゃくちゃ高そうなお店に連れていかれると思っていたのに、こんなチェーンの居酒屋で歓迎会だなんて」


 俺は店内をぐるっと見渡す。

 本当に、以前とは正反対の高級感ではなく庶民的な居酒屋。

 しかも、かなり有名なチェーン店。この前「こういう店にしか行ったことないから」って言ってたくせに、妙に慣れていやがる……嘘ついたか、この野郎は。


「ははっ、君は勉強したのではないのかね?この系列の店は我が社が経営しているものなんだよ?だからこうして、貸切にしているじゃないか」


 確かに、店内には従業員しかおらず、客は一人もいない。

 前もそうだったが、この人はいちいち貸切にしないと気が済まないのだろうか?


 まぁ、それはさておき。

 だったら、こんな居酒屋で歓迎会をするのも頷けるし、妙に慣れているのも納得できる。


「それに、あまり高いお店に行くと源君が疲れてしまうからね」


「はい、流石に私もこういう店の方が安心しますから」


「その気遣いを何故前の時にしてくれなかった?」


 こいつはいちいち俺に嫌がらせをしないと気が済まないのかね?

 ほんと、そろそろ俺も怒っちゃうぞ☆


「さぁ、どんどん食べたまえ!遠慮はいらないから!」



 よし、今日は赤字になるまで飲み食いしてやろう。

 何故か俺はそう思ってしまった。



 ♦♦♦



 あれから40分後。

 俺達は意外にも会話に花が咲き、飲んで食って喋って……いろいろ盛り上がった。

 源さんも、お酒が入っているからなのか、よく喋ってくれるし、今日初めて会ったのに、仲良くなれた気がする。

 うん、お酒の力って偉大だね!


「時に少年。娘とはどこまで進んだのかね?」


「ぶふっ!?」


「時森さん、汚いですよ。はい、おしぼりです」


「あ、ありがとうございます……」


 源さんからおしぼりを貰うと、俺は思わず吐き出して服が汚れてしまい、こすりながらふき取る。


「い、いきなり何を言い出すんですか!」


「いや、父親としては当然の質問だと思うが……?」


「あ、私に気になりますね!柊夜様とどこまで進んだのか!」


 俺の隣に座っている源さんが声を上げてこちらを覗き込む。


 ……源さん、テンション高いっすね。

 顔もほんのり赤くなっているし、大人びた知的な雰囲気から一変、好奇心旺盛な大人になってしまった。

 ……あぁ、もう!お酒はダメだ!からみがめんどくさい!


「いや、別に西条院とは付き合っていませんから……」


 しかも、中々答えずらい質問をしてくる。

 ……現状、一番聞かれたくないものですよ。


「しかし、娘からは告白したと聞いていたのだが……」


「えぇ、私も聞きました!」


「確かに、告白されましたけど……」


 まだ答えが出せていない。

 自分の中で、何がしたいのか、どうありたいのか、どこに向かいたいのか————分からない。


「けど?」


「まだ、返事していないのか?」


「……そうです、俺はまだ、彼女には返事をしていません」


 俺が答えると、テンションが上がっていた源さんは冷めたのか、黙りこくってしまう。

 西条院の親父も、少し酒を仰いだ。


「理由が、あるのかね?」


 そして、少しだけ静かになった店内に西条院の親父の声が響く。


「理由……なんて大層なものではありませんよ。ただ、自分の中でよく分かっていないだけなんです」


「分からない?」


「えぇ、分からないんですよ。分かって当たり前だと思っていたことが、実はあやふやなもので、現実に現れると戸惑ってしまって、今まで思ってきたことは正しかったのかって」


 俺は今まで彼女が欲しいという理由で、いろんな人に告白してきた。

 自分の中ではこれが『好き』なんだと思って。


 けど、実際に彼女達から告白されて分からなくなってきてしまった。

 ずっと一緒にいたい、一緒にいて楽しい、ドキドキする————けど、これは本当に恋愛観の『好き』なのかって。


「俺なんて大層な男じゃないんですよ。西条院は褒めてくれますけど、一人では何もできないし、すぐに挫けそうになってしまう男です。……別に、他の人はそれは悪くないと言いますが、俺はどうにも情けなく感じてしまう」


「それは————」


「えぇ、卑屈に考え過ぎているんだと思いますよ。もっと前向きに考えてもいいんじゃないかって思う時もあります。けど、これが俺なんです。西条院や、彼女たちに好きと言われて、自分の中でうじうじ考え込んでしまう……そんな男です」


 俺が難しく考え過ぎているのかもしれない。

 けど、彼女達には誠実に、自分の中で納得した答えを出したい。

 彼女達は、自分の気持ちをしっかり伝えてくれたのだから。


 しかし、あれから考えど、答えが出ない。

 ————結局、


「『好き』って、何なのでしょうか……」


 俺が言い終わると、先ほどの盛り上がりとは裏腹に、場が静まってしまう。


 し、しまった……!思わず愚痴みたいなことを喋ってしまった!


「あ、あの!すみません!別に空気を重くしたかった訳でもないですし、こんなこと実の親の前で言うことじゃなかったですねっ!」


 俺は慌てて場の空気を取り戻そうと、謝罪する。

 すると、二人はおもむろにジョッキに入っていた酒を一気に飲み干す。


「「ぷはー!!」」


「え?どうしたんですか急に?」


「いや、何。少しだけ気持ちを切り替えようと思ってな」


「は、はぁ……」


 一体二人は何の気持ちを切り替えようとしているのか?

 重たい空気から、先ほどの盛り上がりを戻そうとしているのだろうか?


 ……しかし、二人の表情は至って真面目だった。


「少年。ここから話すことは一人の大人として、少し話させてもらうよ」


「は、はぁ……」


「君は、何か大きな勘違いをしているのだと思う」


「勘違い……ですか?」


「あぁ、君は『好き』が何なのか?と言っていたが、そもそも『好き』は考えて出すものじゃないんだよ」


 考えて出すものじゃない?

 ……この人は、何を言っているのだろうか?

 考えて答えを出さなければ、どうやって答えを出すというのか?


「例えばの話をしよう。テストで100点をとった時、宝くじで一等を当てた時、大学や就職した時———君は当然喜ぶだろう……そして、その喜びを分かち合いたいと思った時、君は誰の顔が浮かぶ?」


「……」


「些細な幸せを一緒に分かち合いたい。悲しみを一緒に背負いたい……そんな人は、考えて答えを出すものかね?理論や理屈なんて必要ない。これから、もしかしたら一緒にいるかもしれない人と、ずっと考えて過ごしていくのかね?」


 俺は西条院の父親をまっすぐ見つめながら、その言葉をしっかりと受け止める。


 これから先、もしかしたら答えを出した人と結婚して、一生を過ごしていくのかもしれない。

 そんな相手に、これからも考えながら過ごしていくなんて、気疲れしていくだけ。


「だからこそ、理屈や理論ではなく、無意識に分かち合いたいと思える人こそ、私は『好き』何だと思うがね。……まぁ、これは私の話で、何の根拠もない話だが————少なくとも、君みたいに必死に悩んで考えることではないと思うよ」


 西条院の父親は、ひとしきり話し終えると、ジョッキに入っているお酒を飲む。

 そして、隣に座っている源さんが、俺の頭を撫でながら優しくほほ笑んだ。


「難しく考える必要はないんです。時森さんは、真面目に向き合ってあげようとする、素晴らしい人です。それは今日一日過ごしていただけでも分かります。けど、『好き』ってものは、君が思っているほど難しくなくて、とても簡単なものなんですよ」


 簡単。


 その言葉は、果たして正しいのだろうか?

 今まで、彼女たちに向き合って、悩み、考えてきた。


 しかし、それが間違えていたとすれば?

 答えが違うのも、見方が違っていただけだとしたら?


「まぁ、君が悩んでいるのも分かるが、一人の父親からすれば、娘と付き合っては欲しいがね」


「これは人生の先輩としての助言だと思って、頭の片隅に入れておいてください」


「……分かりました」


 俺はグラスに入っているお茶を口に含む。


 ……答えはまだ出ない。

 2人の話を聞いても、すぐに『好きな人』が誰なのか分からない。


 けど、妙にしっくりくるものがあった。

 自分の中で歯車がかみ合ったかのように、今まで俺が抱えてきた気持ちの辻褄が合ったような気がする。


 考えるのではなく、無意識に感じる気持ち。

 それこそが、俺の中での『好き』なのだとしたら————
































 先ほど、分かち合いたいと思った時、頭にすぐ思いついた人こそ、俺の『好きな人』だ。

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