バイト、始めます!(3)

「いやぁ〜!今日はお疲れ様少年!」


 現在、時が過ぎ社長室。

 時刻は既に20時を回っており、一般のバイトの時間よりもかなり働いたと思う。

 ……いや、ほんと。マジでかなり働いたと思うぞ?


 だって、聞く?あの会議も何だかんだ1時間以上もかかってしまうし、その後も休む間もなく次の会議場所へ移動。その間にスケジュールの確認やら、取引先の娘さんへのお土産、社長が会議に入っている間の電話対応やら何やら……源さんも俺以上に働いていたし……秘書の仕事って辛いね。

 途中何回かまた会議に参加させられたけど、秘書の仕事も辛い……。

 タイトすぎるんですけど、今日のスケジュール……。


「はい、お疲れ様でした」


「もうその口調はいいよ。今日は仕事は終わりだからね」


 ……じゃあ、遠慮なく。


 俺は、心の中でスイッチを切り替えると、この溢れる気持ちを西条院のお父様にぶつける。



「ふざけんじゃねぇぞこのクソジジイがァァァァァァァァッ!!!」



 俺の叫びが社長室に響き渡る。

 俺の声に驚いたのか、一緒にいた源さんとクソ親父が肩を震わせた。

 しかし、源さんには悪いが無視だ。


「ど、どうしたんだね急に?」


「どうしたもクソもあるかボケェ!?人が下手に出てればいい気になりやがって!明らかに高校生がやる仕事量じゃねぇだろうが!?」


 入社初日から働く社会人でもこんなことするか!?

 普通、研修とか教育期間とか挟んでからやるだろ!


 どうしてバイト初日に会議参加させられたり、短い時間で暗記させられたり、市場の調査したりしなきゃならんのだ!?

 これが普通なの!?ーーーー否!


 途中から源さんが可哀想な子を見るような目で見てたもん!

 源さんがしない仕事してたもん俺!

 秘書の仕事じゃないもん!補佐って言ったよね!?


「だから言っただろう?娘から話は聞いた、と」


「何て聞いたんですかねぇ!?」


「『時森さんは常人の8倍は仕事出来ますので、どんどん仕事をあげてください』と言っていたな」


「だからって真に受けるか普通!?大人だろ!?娘の冗談だって分からないの!?」


「後は私の好奇心もあった」


「ぶち殺したろうかこのクソ親父!?」


 嫌がらせにも程があるだろ!?

 途中からプレッシャーが半端なかったんだぞ!?社内ならまだしも、取引先との会議に参加させられた時は普通に精神やられたわ!しかも、めちゃくちゃ話振られるし、答えれなかったら、会社に影響出るんじゃないかって…………もう嫌っ、この会社!


「しかし、時森さんの働きは本当に凄かったですよ。是非、このまま秘書として働いて欲しいものです」


 俺が憤っていると、社長の隣で立っている源さんが優しい口調で褒めてくれる。

 ……あぁ、優しい上司に褒められるって……気分がいいなぁ。

 先程の怒りも徐々に収まっていく気がするよ……。


「正直、私もあの量は出来ないと思っていたのだけどね……予想以上にこなすものだから、途中からはかなり頼りにさせてもらったよ」


「……ありがとうございます」


「それに、午後1番での会議の時、君には正直驚かされたよ。意見こそ採用されなかったが、高校生があんな意見を言うとは思わなかった」


 俺はその言葉を聞いて思わず顔を背けてしまう。


 ……なんか、こう……素直に褒められると……照れくさい。

 あぁ、もう!さっきのイライラが嘘のようになくなったわ!

 どうしてくれんの、この複雑な気持ち!?


「ちょろいですね、時森さんは」


「あぁ、娘の言う通りだったな。社会でやっていけるか不安になるくらいのちょろさだ」


「すみません、2人とも。どうせだったら聞こえないぐらいの声量で話してくれません?めちゃくちゃ聞こえて、浮かれた気持ちが地面に激突したんですけど?」


「少年、この後は何か予定はあるかい?」


「その話題転換には無理があるだろ……」



 こいつは俺の事を馬鹿にしすぎでは無いのか?

 こんなに頑張った功労者に対して素直に褒めてやろうとかっていう気持ちはないわけ?


 ーーーーーしかし、


「この後……?」


「あぁ、もし良かったら君の歓迎会も兼ねて3人で食事でもどうかなと思ってな」


「そうですね……」


 このクソ親父には苛立ちとウザさしか感じられないが、歓迎会をしていただけるというのは素直に嬉しい。

 是非とも参加させて頂きたいのだがーーーー神楽坂にも話しておかないと。

 ご飯の件もあるし、今度は先に寝ていても大丈夫と言わないといけないからな。


「少し、電話をしてきてもいいですか?」


「あぁ、別に無理と言わないからね」


 俺は2人に頭を下げると、社長室を出る。

 そして、少し広々としたロビーへと向かうと、神楽坂に電話をかけた。


『もしもし、時森くん?』


『あぁ、突然ごめんな』


『ううん、それは大丈夫だけど……どうしたの、バイトが終わったのかな?』


『あぁ、バイトは終わったんだが、ちょっとこの後バイト先の上司から食事に誘われてな』


 そういえば、別に西条院の父親のところで働いているって言ってよかったんだっけ?

 確か事前に話していたような気がするが……。

 どうして、俺は少し言葉を濁してしまったんだろう?


『いいよ、私のことは心配しなくても大丈夫だから!麻耶先輩もいるし!』


 まだ麻耶ねぇが家にいるとは……神楽坂のことが心配で残ってくれたのだろうか?


『……あとね、相談なんだけど……ひぃちゃんもうちでご飯を食べていってもいい?』


『大丈夫だ。神楽坂の家でもあるんだから、別に神楽坂が決めてもいいんだぞ?』


『……うん、ありがと』


 電話越しに聞こえた神楽坂の声は、どこか嬉しそうに聞こえた。


 神楽坂にはよそよそしく家に住んで欲しくない。

 自分の家の様に、暮らしていって欲しい。


 だから、神楽坂には気を使って欲しくないのだ。


『けど、西条院は家が遠いんだから早めに帰るように言ってくれ。それか、西条院の父親に頼んで送って貰え』


『うん、分かった!時森くんも気をつけてね』


 一通り伝え終わると、俺は通話を切った。




 ……これで、家の方は大丈夫だ。


 まだ麻耶ねぇと西条院が家にいた事に驚きはしたが……俺は逆に嬉しくも思った。

 だって、神楽坂と西条院、麻耶ねぇが1日ずっと一緒にいるくらい仲良くなってくれたのだから。


 その事を思い、少しばかり嬉しい気持ちを感じると、俺は社長室へと戻る。

 そして、社長室に戻った俺を見て、西条院の父親が伺うように聞いてきた。


「少年、大丈夫そうかい?」


「えぇ、問題なかったです」


「それでは早速向かいましょうか。車は手配してありますので」



 流石源さん、仕事がめちゃくちゃ早い。

 これがベテランというものなのだろうか?



「よし、行こうか少年。君の歓迎会だ、楽しんでくれたまえよ?」


「はい、ありがとうございます」




 こうして、ハードなバイトを終えた俺は3人で歓迎会を行うことになった。



 そういえば、またクソ高そうな高級料理店じゃなかろうな?

 ……嬉しいけど、出来れば疲れた体の後にマナーの必要な場所は嫌だなぁ。

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