バレンタインが神楽坂アリスの場合

(※アリス視点)


「うぅ……まだ渡せてないよぉ…」


 私はリビングの椅子に座りながら、小さくラッピングされた小袋を見て嘆く。


 夜ご飯も食べて、お風呂にも入り後は歯磨きをして寝るだけ。

 待ちに待ったバレンタインデーも残すところ後僅かとなってしまった。


 私はこの日のためにこの袋に入っているチョコを渡す機会を窺っていた。

 休憩時間中、放課後、そして二人っきりになれる家にいる時間。


 しかし、思わぬ不確定要素が私を邪魔するのだ。


 時森くんはいつも基本的に誰かと一緒にいるし、一人っきりになったと思えばまた新しい人が来るか、私が抜け出せない状態になってしまう。


 ……ううん、違う。


 あれこれ言い訳しちゃったけど、結局は私の勇気が足りないだけなんだ。

 麻耶先輩に手伝ってもらったこのチョコ————ちゃんと美味しいと言ってもらえるのかな?もし、嫌がれたらどうしよう?……そういう不安がどうしても頭をよぎってしまう。


(……私の意気地なし!)


 ここで勇気を出さないでどうするの!

 今日を逃したら明日渡せないんだよ!?


 ……って、頭の中では分かっているんだけどなぁ。

 どうしても一歩が踏み出せないよぉ……。


 みんなすごいと思う。

 どうやって想い人にこのチョコを渡したんだろう?

 出来れば直々に教えていただきたいです……。


 ———でも、ダメだ。


 これは私がちゃんと勇気を振り絞って渡さないと……。

 あの時、ちゃんと決めたんだから。

 前に進みたいって、あのロシアの実家で彼に支えられながら決意したんだ。


「すぅ……はぁ…」


 私は深く深呼吸する。


 見ててお母さん!私、頑張るから!


 私は椅子から立ち上がる。

 そして、居間のソファーでテレビを見ながらくつろいでいる時森くんの元に向かう。


「と、時森くんっ!」


 時森くんの横まで近寄ると、私は少しだけ顔を赤くして彼の名前を呼ぶ。


「ん?なんだ神楽坂?」


 反応した時森くんは私の方に顔を向ける。

 その顔は少しだけ驚いていたが、すぐにいつも通りの顔に戻った。


(……何か考え事でもしていたのかな?)


 声をかける前の彼はどこかぼーっとしているように見えた。

 焦点はテレビではなく、どこか遠くを見ていたような気がする。


 ……ダメダメ、今はこっちに集中しないと!


「あ、あのね……時森くん…」


「おう」


「こ、これ……もしよかったら、食べて欲しい……です」


 そして、私は頭を下げながら、彼にラッピングされたチョコを渡す。


 うぅ……時森くん、どんな顔してるのかな…?

 頭を下げているので顔が見れないよぉ……。


 でも、私は必死にお願いするように時森くんにチョコを渡す。


「お前……自分で作ったのか…?」


「う、うん……」


「そっか……」


 そう言って、時森くんは私の手からチョコを受け取った。


 やった!受け取ってもらえた!


 で、でも……まだ、美味しいって言ってもらってないや…。

 それまで、もう少し喜ぶのは我慢だ。


「あ、あのね……食べて、くれないかな…?」


「そうだな、じゃあ早速頂くとするわ」


 そして、時森くんはラッピングされた袋を開き、箱からチョコを取り出す。


「おぉ、スティックケーキじゃないか!しかも、ちゃんと形も綺麗に作られてるな!」


「う、うん……美味しくできてるか分からないけど…」


 私は恥ずかしくて少しだけ俯いてしまう。

 けど、時森くんは何故か私の顔を覗き込んで優しく笑った。


 そして、私のおでこを軽く人差し指で叩く。


「あいたっ!」


 デコピンされた私は思わずおでこを押さえてしまう。


「馬鹿だなぁ、お前は。料理が苦手なお前がここまで作れるようになったんだ。……美味しいとか美味しくないとか関係ないよ。俺はお前がこれをくれたことや、ここまで作れたことがすげぇ嬉しいから」


 そう言って、彼は一口だけチョコを齧った。


「うん、めちゃくちゃ美味しいぜ神楽坂———お前、よく頑張ったんだな……本当に、嬉しいわ」


 そして、時森くんは私の頭を優しく撫でた。


 あぁ……やっぱり、この気持ちは———


「そっか……ここまで美味しいケーキ作れるようになったってことは、頑張ったんだな、神楽坂———すげぇよ、本当にすげぇや。……それと、こんな美味しいチョコくれてありがとうな」


 その瞬間、私の中の気持ちが爆発した。

 先ほどまでの不安が一気に掻き消えて、現れたのは———溢れんばかりの嬉しいという感情。


 嬉しい、本当にすごく嬉しい!

 好きな人に美味しいって言ってもらえて、頑張ったなって言ってくれて、すごいと言ってくれて……。


 私は思わず頭を撫でられながらにやけてしまう。


 仕方ないと思うんだよ!

 誰だって、好きな人に褒められたら嬉しくなっちゃうに決まってるもん!


「ふふっ」


「ん?急に笑い出してどうしたんだ神楽坂?」


「ううん、何でもないよ!」


 あぁ、ダメだ。

 気持ちが高ぶって、浮かれてしまう。


「えいっ!」


 そして、浮かれてしまった気持ちの所為なのか、私は座っている時森くんの膝を枕代わりにするように横たわった。


「お、おい!?本当にどうした!?」


「たまには甘えたかったから!」


「甘えたかったって……あまり年頃の少年にする行為ではないと思うぞ!」


 顔を赤くして慌てる時森くん。

 あーあ、本当にかわいいなぁ、時森くん。


 私は彼の顔を見上げながら小さく笑った。

 きっと、こんなに気持ちが浮かれていなかったら、こんなことしなかっただろうなぁ。


「ねぇ、時森くん?」


「な、なんだよ神楽坂……とりあえず、どいてくれないか?」


 時森くんは私の顔を見ないように顔を逸らす。

 でも、私はこの浮かれてしまった気分のまま、彼に向かって言葉を放つ。


「私、やっぱり時森くんのことが好き」


「ッッッ!?」


 この気持ちは、変わらなかった。


 あの告白されて助けてくれたあの時から、彼に対する気持ちは変わらない。

 それは、今回チョコを受け取ってもらったことでしっかりと証明された。


 私が助けてほしい時に助けに来てくれて、支えてほしい時に支えてくれて、一緒にいてほしい時に一緒にいてくれる。


「時森くんがあれから私のことをどう思っているのかは、今は分らないけど、私は前と同じ気持ちだよ?」


「い、いや……」


「私はやっぱり時森くんのそばにいたいなぁ……友達じゃなくて、の唯一の存在になりたい」


 時森くんは私の顔を見ずに、ずっと逸らしたまま。

 けど、顔がさっきよりも赤くなっているから、ちゃんと聞いてくれているはずだと思う。


 だから、浮かれている気持ちが静まらない間に、言葉を紡ぎ続ける。


「麻耶先輩にも、ひぃちゃんにも負けてない。私は……どうしようもないくらい

 のことが好き。ロシアで私のためにやって来てくれたこと———今でも覚えてる」


「………」


「時森くんにまた支えてほしい、私も時森くんを支えていきたい。時森くんにまた背中を押してほしい、私も時森くんの背中を押してあげたい」


 あの時、時森くんが来てくれなかったら私は今頃寒いロシアで前を進めず、過去を振り払えなかった。

 そして、今いる友達や大切な人と向き合うことができなかったに違いない。


「時森くんには感謝してるよ?こうして日本にいさせてくれて、住む場所も食事も提供してくれて……本当に感謝してる。けど———それ以上にが好き」


 感謝の気持ち以上に、どうしても好きという気持ちが勝っているのだ。

 助けられてばかりで、何も彼に返せれてないけど……この気持ちだけは受け取ってほしいと思うくらいに。


「なぁ……神楽坂…?」


「何かな?」


「俺は、お前の想いを聞いた……その時、俺はお前のことを友達だって思っている———そう言ったよな?」


「うん」


「けど……けどさ…」


 そう言って、時森くんは私の顔を覗き込むような形で見てくれた。

 悩んているように、戸惑っているように……見える。


「お前と過ごしていくうちに……だんだん、友達じゃなくて…もっと違う存在に思えてくるようになったんだ————けど、これが恋っていう感情なのかが……俺には分からない」


 知ってる。知ってるよ時森くん。

 時森くんが時折何かに悩んでいることは分かっている。


 それが、きっと私や、ひぃちゃん、麻耶先輩の事なんじゃないかって……薄々分かってた。


「こんな、はっきりしない……情けない俺でも…いいのか?」


「違う、違うよ時森くん」


 そして、私は時森くんの顔にそっと手を添える。


「情けないことない、みっともなくなんてない。ちゃんと私たち———私のことを考えてくれるのは、嬉しくて、とてもすごいと思う。それだけ真剣なんだなぁって、ちゃんと考えてくれてるんだなぁって思う」


 私は、そのことを情けなく思って嫌いになんてならない。

 しっかり中身を見てくれる彼だからこそ、ここまで悩んでいるのだと思う。

 そんなところも含めて————私は好きになったんだから。


「大丈夫、ゆっくりでいいからね。私が時森くんを悩ませているのは分かってる————そのうえで、お願い。時森くん自身が納得する答えをいつか聞かせてね。……私はいつでも待ってるから」


「あぁ……」


 私がひとしきり言い終わると、彼は天井を仰ぎ見る。

 そして、顔を私に戻すと、膝に乗っている私の頭を優しく撫でた。


「神楽坂……」


「何かな?」


「……好きになってくれて、ありがとうな」


 それは違うよ時森くん。


「ううん、私の方こそ……ありがとう」


 


 私こそ、この気持ちを教えてくれて、私に沢山の幸せをくれて————







 ありがとう。

 本当に、大好きだよ。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

※作者からのコメント


ついに100話٩(๑´꒳ `๑و)イエーイ💕💕

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