バレンタインが西条院柊夜の場合
(※柊夜視点)
生徒会室に夕日が差し込む。
外からは生徒たちのにぎやかな声がガラス越しに聞こえてくる。
現在、授業も終わり今日も変わらず生徒会のお仕事があります。
なので、私は来週にある生徒総会の資料を作成しています。
「なぁ、西条院。テニス部の予算の件なんだが」
そう言って、時森さんが私のところに一枚の紙を持ってやってくる。
「何でしょうか?」
「あぁ、予算の配分を確認して欲しくてな」
そして、時森さんは予算が書かれている紙を私に渡す。
流石……時森さんですね。
「はい、問題ありませんよ」
「そっか、ありがとうな」
私が書類に目を通し、時森さんに返す。
それを受け取った彼は再び席に戻った。
時森さんが出した予算の配分に問題ない。
綺麗に部のことを考えた配分で私に見せてくれた。
……時森さんは本当になんでも出来ますよね。
生徒会に入ってからまだ数ヶ月。
それなのに、私達古参のメンバーに劣らないくらい彼は仕事をこなしている。
そして、私達が気が付かないことを指摘してくれたり、提案してくれたりと、彼は今では生徒会に欠かせないメンバーだ。
(でも……数ヶ月、ですか……)
彼が生徒会に入ってきてくれたこと。
彼と初めて関わり始めたこと。
どれも、数ヶ月前の話だ。
……懐かしい、と思う反面嬉しくも思う。
まだ数ヶ月しか経っていないということを考えると、これから彼と過ごす時間は多く残されているということなのだから。
「ふふっ」
「どうした西条院?急に笑い出したりして?」
「いえ……ちょっと前のことを思い出してしまって」
「そっか……」
私は思わず数ヶ月前を思い出して笑ってしまう。
あぁ……本当に、この数ヶ月は充実しましたね。
それも、きっかけは彼氏を作りたいという目標を彼に手伝ってもらったこと。
小さな小説から憧れて、甘い恋愛がしたい、彼氏が欲しいと思い始めた。
(アリスには感謝しないといけませんね……)
アリスがあの小説に出会わせてくれたおかげで、私は彼氏が欲しいと思えた。
そして、彼氏が欲しいという目標を掲げたおかげで、こうして彼に出会えた。
……ライバルにはなってしまいましたが、それでもアリスには感謝ですね。
「なぁ、西条院?」
「なんでしょうか?」
私がそんなことを思っていると、不意に時森さんが声をかけてくる。
「他のみんなはどうしたんだ?まだ誰も来ていないようだが」
そして、時森さんは生徒会室を見渡す。
「えぇ、アリスは目安箱の回収、鷺森さんと結城さんは生徒総会の打ち合わせで席を外していますから」
「そうか……」
そう、今この生徒会室には私と時森さんしかいません。
というのも、私が皆さんにお願いしてしばらくの間席を外して貰うようにお願いしたからです。
それも全部、彼に渡すものがあるため。
私は引き出しにある綺麗に包装してある箱を横目で見る。
それは、今日という日に彼に渡す大切なもの。
この日の為に布施さんに手伝ってもらったのです。
……皆さんにお願いして席を外してもらったこのチャンスに、絶対渡さないといけません。
「時森さん」
「ん?」
「時森さんは……今でも彼女が欲しいですか?」
「……急にどうした?」
「いえ、ちょっと私達が初めて話した時を思い出しまして」
彼の『彼女が欲しい』という目標。
それは今でも続いているのだろうか?
出会った時を思い出して、少し疑問に思ってしまった。
「……そうだな。昔なら即答です「欲しい!」って答えていたんだが」
「今は違うのですか?」
「いや、根本は変わってねぇよ。彼女欲しいし、モテたいし、イチャイチャもしたいーーーーけど、今は少し違うんだよなぁ。色々考えさせられることが増えたというか、改めて自分はどうなりたいのか……そこに答えが出せていないんだ」
「そうですか……」
それはきっと、アリスや鷺森さんのことなのでしょう。
アリスからは告白されたと聞いている。
鷺森さんにはいつもアピールされている。
けど……それでも時森さんは答えを出していない。
きっと今でも考えているのでしょう。
ーーーーー彼には申し訳ないですが、もう少し考えていただかないといけませんね。
「西条院はどうなんだよ?」
「私……ですか?」
「あぁ……彼氏が欲しいんだろ?」
ふふっ、そんなの答えは決まっているじゃないですか。
いつだって、私はあなたの彼女になりたいと思っていますし、あなたという彼氏が欲しいと思っていますよ。
「そうですね、私は今でも彼氏が欲しいですよ」
「……それは前話していた好きな人の事か?」
「えぇ……私の好きな人に彼氏になってもらいたいですね」
すると、急に時森さんは顔を赤くして顔を逸らしてしまった。
……どうやら、少し意識してしまったようですね。
前々から私がそう思わせるようなことを言ってきましたから、「自分なのでは?」と思ったのでしょう。
……可愛いです、時森さん。
私はそんな彼を見ると、包装された箱を引き出しから取り出して彼の元に向かう。
「時森さん」
「ど、どうした?」
「これ、受け取って頂けませんか?」
そう言って、私は今日のために作ったチョコを時森さんに渡す。
「え?何、これ?」
「チョコですよ、バレンタインデーですから」
すると、時森さんは目を大きく見開いて固まってしまう。
……あれ、おかしいですね?
私としては、サプライズで渡したので驚いた後に喜んでくれると予想していたのですが……もしかして、チョコをもらっても嬉しくなかったのでしょうか?
「……嬉しくありませんでしたか?」
「い、いや……すげぇ嬉しい……嬉しいけど、本当にもらえるとは思っていなかったからさ……」
「……私が時森さんに渡さないわけないじゃないですか」
私は少しため息をつく。
しかし、内心は飛び上がりそうなほど嬉しかった。
だって、嬉しいって言っていただけたんですよ?
……好きな人に言われたらすごく嬉しいに決まってるじゃありませんか。
「でも、いいのか……?お前、好きな人に渡さないといけないんじゃないのか……?」
「はぁ……」
私は今度こそ本当にため息をつく。
だって、本当に気づいていなかったのですから。
こんなに綺麗に包装されたチョコを見ても、そう言ってしまう時森さんは……本当に鈍感さんです。
だから私は少しだけ呆れた表情で時森さんを見つめる。
もう、この際言ってしまおう。
やっぱり、曖昧な態度では時森さんに伝わらないのだから。
「だから、こうして渡しているじゃありませんか」
「……え?」
「私の好きな人は、あの時からずっとあなたですよ」
時森さんは再び目を見開いて固まってしまう。
多分、私が言ったことに驚いているのでしょう。
ーーーーーけど、私は言葉を続ける。
「桜学祭で私を看病してくれた時ーーーーーいえ、違いますね。きっと私はその前から、時森さんのことが好きになっていたのだと思います」
彼に彼氏が欲しいとお願いしたあの日から。
初めて私の中をちゃんと見てくれたあの時から。
多分、私は時森さんのことが好きになっていた。
「桜学祭の時に、私の頑張りを認めてくれて、私をちゃんと見てくれて、報われて欲しいと私の為に動いてくれてーーーー私はすごく嬉しかった」
「………」
「その時、私はこの気持ちに気づいてしまいました。どうしようもなくあなたのことが好きになんだと、彼女になりたいのだと思いました」
彼は未だに私の言葉を聞いて口を閉ざしている。
それは何を思って口を開かないのかは分からない。
それでも、私はこの気持ちを分かって欲しい。
だから、私は言葉を続ける。
「私は今でも彼氏が欲しい。好きになった人を私の物にしたい、好きになった人に私だけを見て欲しい、好きな人とずっと一緒にいたいーーーーーその人は、あなたなんです」
時森さんこそ、私の求める人。
彼が、私が憧れていた恋愛という物語の王子様。
私が挫けそうになった時に支えてくれた人、一緒にいて楽しいと思える人、私の頑張りをしっかり見てくれる人。
そんなあなたがーーーーー時森さんが、私の王子様なんです。
「時森さんが悩んでいることは分かっています。アリスから告白されたことに、鷺森さんからの好意に自分がどうしたいのか悩んでいることは……知っています。しっかり向き合ってくれるあなたは、本当にすごいと思いますけど……その中に私も入れていただけないでしょうか?」
私は時森さんの横に並び、彼の顔を覗き込む。
「しっかり悩んで、考えてください。そして、その上で出した答えがあなたの答えだというなら……私は受け入れるつもりです」
そして、私はそっと彼の胸に顔を埋める。
……抱きしめ返してくれる彼の手はないけども、私はそれでいいと思った。
彼は現状が理解出来ていないかもしれないけど、私の気持ちを聞いてくれていることは分かっているから。
「ゆっくり……ゆっくりでいいです。私は待ってますから……けど、最後に選んでくれるのが私であってくれれば嬉しいとは思いますけどね」
そう言い残し、私は彼から離れて生徒会室のドアへ向かう。
もう言いたいことは言った。
だから、あとは時森さんに答えを出してもらうだけです。
ーーーーーそれに、
(どうせ、今の私の顔は真っ赤になっているでしょうから……)
……こんな顔は正直あまり見て欲しくありません。
だって、こんなのは私らしくありませんから。
この気持ちを伝えた時くらいは、私らしくちゃんと終わりたい。
だから、私は彼の顔を見ることはせず、そのまま生徒会室を後にした。
♦♦♦
「本当に……今日はなんなんだ」
西条院が生徒会室を出た後、俺は静まり返った中で一人呟く。
……今日だけで、2人からチョコをもらった。
そしてその2人から、それぞれの想いを聞いた。
それが、俺のことが好きだと言うことに、俺は驚きを隠しきれない。
麻耶ねぇは弟として好きだといつも言っているのだと思った。
西条院は好きな人がいると聞いて俺だとも思ったが、俺じゃないだろうとずっと目を逸らしていた。
ーーーーーけど、どれも違ったんだ。
「……どうして、俺なんだ?」
そんな疑問が頭に浮び上がる。
……俺以上の良い奴何ていっぱいいる。
しかも、2人ならもっと素敵な人と結ばれることができるはずなんだ。
「……あぁ、ダメだな」
こんな考えは良くない。
きっと2人は、色々な想いがあって俺の事を好きになってくれたんだ。
そんな2人にこんな事を考えてしまったら……失礼じゃないのか?
……しっかり考えよう。
西条院にも言われたんだ。
もう少し、俺の気持ちが整理できるまで……悩ませて欲しい。
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