バレンタインが鷺森麻耶の場合
(※麻耶視点)
「ふっふふ~ん♪」
私は少し冷たい風を浴びながら、屋上で一人鼻歌を歌う。
今は昼休憩。
しかし、屋上には誰もおらず、下の階からにぎやかな声が聞こえてくる。
……それにしても、午前中は疲れたなぁ。
まさか、クラスの男子からあんなにチョコをおねだりされるなんて思わなかったな。
普通って、女の子から渡すものであって男の子がお願いするものじゃないよね?
結局、男の子には申し訳ないけど全部お断りさせてもらった。
だって、私には男の子や友達にあげるチョコは何もない。
……陽介くんに渡そうとも考えたんだけど、今年はダメ。
義理のチョコなんて————何も作ってない。
強い風が屋上に吹き、私は小袋が飛ばされないようにしっかり抱える。
「今年はこのチョコだけ……」
小袋に入っているチョコ。
私はバレンタインデーという今日に、このチョコしか持ってきていない。
義理ではなく————本命。
私の本気も本気のチョコだ。
「麻耶ねぇ、いるかー?」
肌寒い風が吹く屋上に、不意に一人の少年がドアを開き現れる。
「うん、いるよ望くん!」
私は、屋上にやって来た望くんのところへと向かう。
うんうん、ちゃんと来てくれておねえちゃん嬉しいな!
「どうしたんだ麻耶ねぇ?こんなところに呼び出して?」
望くんはとぼけた表情で私に尋ねてくる。
ふふっ、望くんって本当は分かっていて聞いているよね~。
さっきから、手をこすり合わせながらそわそわしてるんだもん。
おねぇちゃんには分かっちゃうんだから!
「それはね~」
けど、私はそのことは口にしない。
望くんがそわしている姿って新鮮で可愛いんだもん!
私は可愛くて、抱き着いてしまいたい気持ちを抑える。
だって、こういう時はちゃんと望くんを見て渡したいからね!
「はい、望くん!バレンタインのチョコだよ!」
私が作ってきた唯一のチョコ。
それを小袋と共に望くんに渡す。
「うぉっ!マジか!ありがとう麻耶ねぇ!」
チョコを受け取った望くんは小袋を抱えて喜んだ。
先ほどのそわそわした様子もなくなり、本気でうれしそうだ。
(……こんなに喜んでくれるなんて、本当に嬉しいなぁ)
望くんには毎年バレンタインにはチョコを渡している。
その度にこんなに喜んでくれるのだから、いつも作った甲斐があるなぁーって思う。
————けど、今年のチョコは一味違うんだよ?
「ねぇ、望くん。今年のチョコっていつもと違います」
「違う?何が違うんだ?」
「ふふっ、何が違うでしょ~か!」
私は望くんの顔を覗く。
すると、望くんは少し顔を赤くして、顔を逸らしてしまった。
……かわいいなぁ、もう。
「……開けてないけど、チョコの種類が違うとか?」
「ぶぶー!違うよ!チョコの味や形は関係ありません!」
私は両手をバッテンにして否定する。
分からないだろうなぁ。
だって、その違いは見ただけだとわかんないから。
「……何が違うんだよ?」
望くんが理解できない様子で私に尋ねる。
……まぁ、分からないよね。
その違いが分かるのって、きっと私だけだもん。
「屋上って、昔を思い出さない?」
「屋上?」
「うん、屋上」
私は話を変え、ゆっくりとした足取りで屋上のフェンスに向かう。
「私が初めて望くんと出会ったところが、屋上だよね。……あの時の学校にはフェンスなんて無かったけど」
「……そうだな。麻耶ねぇと初めて会ったのが屋上だった」
望くんも、昔を思い出してなのか、私の横まで歩いてきて、外の景色を眺める。
「あの時の麻耶ねぇは、本当に危なかったんだぞ?」
「ごめんね、それはもう痛いほど反省したよ————もう、あんなことは絶対にしない」
「……そっか」
私と望くんが初めて出会ったのは屋上。
私が辛い現実から逃げようと思って、自殺しようとしたところを助けてくれたのが望くん。
……思い出したくないけど、今でも鮮明に覚えている。
「その後、私が転校した望くんを追いかけて、ゆっくりお話ししたのも屋上だったよね」
「あの時は本気で焦ったぞ……まさか麻耶ねぇが学校にやってくるなんて思わなかったからさ」
「そうだよね~、私もあの時は考えずに行動しちゃったから」
望くんに会いたい一心で、彼の通う学校まで走ってきた。
そして、そんな私の手を引っ張って、連れて来てくれたのも屋上。
「望くんとの思い出って、屋上が一番多いんだよ?」
「確かに、昔の思い出は屋上が多かったな」
そう言って、望くんは誰もいない屋上を眺める。
その表情は懐かしいものを見るようなものに見えた。
「麻耶ねぇが転校してきて、よく屋上で昼飯を食べたよな」
「うん、その時は一輝くんも一緒にいたよね」
「あぁ……あの時はいつも3人だったよな」
……懐かしいなぁ。
本当に、私の昔の思い出は屋上ばかりだ。
————だからこそ、チョコは屋上で渡したかった。
「さっきの———」
「ん?」
「今年のチョコはいつもと違うって話」
私は望くんの顔をまっすぐ見つめる。
いつもの、たくましくて、頼りになって……私を安心させてくれる望くん。
そんな彼に向かって、私は口を開く。
「今年のチョコって————望くんしかあげないんだ」
「は?……先輩とか友達にはあげないのか?」
「うん、今年は望くんにしかあげない」
「……どうして?」
どうして、って言われてもなぁ……。
ここまで言ったんだから気づいてくれてもいいと思うんだけど……。
————ううん、これが望くんなんだ。
鈍感で、ふざけていて、少しえっちで————それでいて、誰よりもかっこいい人。
だからこそ、私は望くんにしかチョコをあげない。
「だって、望くんにあげるチョコが……私の本命だから」
「……え?」
望くんは、驚いてしまったのか、口を開けて固まってしまった。
「私は望くんにいっぱい助けてもらったよ。屋上で生きることを諦めようとしていた時や、病院で入院していた時とか————いつもいつも、望くんに助けてもらった」
どんな時も、そばには必ず望くんがいて、そんな彼がいつも私に手を差し伸べてくれた。
だからこそ、今の私はこうやって笑っていられる。
ありふれた日常を————望くんと一緒に過ごせている。
「そんなあなたに、私は本命のチョコをあげたかった。私の中では、いつでもヒーローで、家族であって————とても愛しいあなたに」
私は望くんの顔にそっと触れる。
驚いている彼は、未だに私の言葉が理解できていないようだ。
「私は中途半端な義理は作りたくなかった。全ては本命の人に渡すために————だから、私はこのチョコしか作っていないんだよ?」
「ほ、本命って……そ、それじゃあ……」
「うん、望くんが思っている通り————」
そして、私は少し背伸びをして彼の顔に自分の顔を近づけると————唇をそっと重ねた。
「ッッッ!?」
「大丈夫、別に答えが欲しいなんて言ってないからね。私は、ただチョコを渡したかっただけなんだから」
そして、ゆっくりと望くんから顔を離す。
望くんは目を白黒させながら、思いっきり顔を赤くさせていた。
キーンコーンカーンコーン♪
すると、休憩時間の終了を知らせるチャイムが聞こえてくる。
「じゃあね、望くん!早く行かないと授業遅れちゃうよ!」
私は、望くんにそう言い残し教室に戻るべく、少し速足で屋上の扉を開いた。
望くんは、未だに屋上で固まっている。
しかし、私はそんな彼を放置して、教室へと向かう。
だって———今の私の顔は、見られたくないから。
「うぅ……っ!なんであんなことしちゃったんだろぉ…」
昔を思い出して感傷的になってしまったからなのかな?
私の中では、もうちょっと後にする予定だったのに……ッ!
今日は思い出のある屋上で昔を思い出しながらチョコを渡すだけだったのに!
「望くん、どう思っちゃっただろう……?」
私は、そんなことを思いながら、顔を赤くして階段を駆け下りていった。
♦♦♦
「何だったんだ……?」
俺、今麻耶ねぇにキスされた……よな?
唇に未だ残る柔らかい感触。
……やっぱり、間違いなんかじゃないよな。
どうして、麻耶ねぇは俺にキスしたのか?
———それより、
「……そういうこと……だよな」
俺は視線を小袋へと向ける。
そこには、先ほど渡された麻耶ねぇのチョコが入っている。
しかも……それは本命と言われたチョコ。
本命って確か————
「と、とりあえず、考えるのは後にしよう!」
俺は考えを片隅に追いやるかのように首を横に振る。
このまま考えて続けたら、きっと俺はほかに何も考えられなくなる。
そうすると、周りの人に迷惑をかけてしまうかもしれない。
……まだ、学校は終わっていないのだから。
これは、自分の部屋に戻ってからゆっくり考えよう。
……麻耶ねぇも、答えが欲しいわけじゃないって言ってくれたし。
せめて、今日の学校が終わるまではいつも通り平静を装わなくてはいけない。
俺は教室へ戻るため、屋上の扉を開く。
————きっと、俺の顔は未だに真っ赤なのかもしれないな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※作者からのコメント
いかがだったでしょうか!
トップバッターは麻耶ねぇです!
物語的にはこれでよかったのか?という不安も残っていますが、私的には満足しています!
とりあえず、主人公が答えを出すのは先の話!
まずはバレンタインデーをお楽しみしていただければと思います!
ではでは、これからもよろしくお願いします。
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