バレンタインが時森望の場合

 そして、いよいよ待ちに待ったバレンタイン当日。

 学校中がいつも以上にざわつき始め、男子たちも朝からそわそわしている。


 それもそのはず。

 何故なら、今日という日は男にとっての一大イベント。

 海やクリスマスなんかとは比較にならないほど、男子たちはこの日のイベントに全てがかかっている。



 何故なのか、というと――――

「お前チョコ何個もらったの?」「……0個だけど」「ハハハ!俺は3個もらったぜ!」「……くそっ!」というやり取りで分かる通り、チョコをもらった数で男達の間では己のモテ度を競い合っているのだ。


 つまり、チョコの数=異性からのモテ度!

 チョコの数によって男達の優劣が決まってしまうのだ!


 ……まぁ、単純に異性から好かれている証明が欲しいって理由もあるのだが。


 しかし、競い合っていると言っても、俺たちは同じ目標を持つ同志。

 我がクラスでは、他人を蹴落とすのではなく、互いに協力し合い、そして祈願であるチョコをゲットする為に、俺達は互いに手を取り合っていた。


「野郎ども!準備はいいかぁぁぁぁぁぁ!」


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」


 そして俺は今、教壇の上で同志たちの士気を高めていた。

 拳を握った強い眼差しのクラスメイトは、俺の声に耳を傾ける。


「今日は待ちに待ったバレンタイン!この日の為に、俺たちは今日まで己という男を鍛えてきたんだ!」


「「「「「然り!!!!!」」」」」


「だからこそ、俺たちの努力を無駄にしないためにも、今日という日に己の全力を見せる時!」


「「「「「然り!!!!!」」」」」


「さぁ、野郎ども、出陣じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」


 俺たちの士気は最高潮。

 今、この高まった士気が絶好のアタックチャンス!

 だから、俺たちは勢いよく、そして俺たちの熱意を伝えるため一斉に教団の前に整列し—―――


「「「「「「お願いします!!!!!!チョコください!!!!!!」」」」」」


 必死に頭を床にこすりつけながらお願いをした。


 どうか、この俺たちの熱い想いよ……届いてくれ!


「「「………」」」


 しかし、俺たちの熱い気持ちとは裏腹に、それを見てた女子たちの表情は……とても冷めていた。

 まるで、他人が捨てた汚らしい生ゴミを見るような目に見えるのだが……。


「お願いします!僕らにチョコを!」


「この気持ちだけは本物なんです!」


「義理でも構いません!どうか我らにチョコを!」


 しかし、そんな冷め切った目でもお構いなし。

 俺たちはチョコ欲しさに必死に頭をこすりつける。


「な、なんで土下座なの……」


「いや、ガチで引くんですけど……」


「こんなやつらに渡すわけないじゃん……」


 その言葉を聞いて、俺たちは体を崩し、大量の涙を流す。


「……どうしてっ!どうしてチョコをくれないんだぁ……っ!」


「こんなに……こんなにお願いしているのに……っ!」


「僕らのどこがダメだったというんだ!」


 そうだ、俺たちがこんなにお願いしているというのに、どうして我がクラスの女子はチョコをくれないんだ!

 くれたっていいじゃないか!チョコの一つくらい!

 僕たち、こんなにもイケメンなのに!


「いや……必死にお願いしている行為がキモいから」


「ぶっちゃけ、生きてて恥ずかしくないの?」


「一回死んでみたら?」


 ……酷い言われようである。

 ただチョコ欲しいとお願いしただけなのに、この言われよう……。


 ほら見ろ、お前らが冷たい言葉を放った所為で男子たちが号泣しているじゃないか。


「やっぱりっ……俺たちはチョコをもらうことすらできないというのかっ!」


 そう言って、悲しみの涙を流しながら悔しそうに床を叩く山田。

 しかし、そんな山田に俺は手を優しく肩を置く。


「あきらめるのはまだ早いぜ、山田」


「……けど、時森。……俺たちクラスの女子からはチョコはもらえないんだぞ?」


「……そうだ、こんなゴキブリを見るような目で罵倒されたら、流石にチョコをもらえる気がしねぇよ」


 俺の励ましの言葉に、クラスメイトが口々に弱音を吐く。


 何を甘ったれたことを言っているんだ我が同志たちは……。

 まだ、俺達には可能性が残されているというのに。


「お前ら、うちのクラスの女子から罵倒されたからって何を諦めている?世界は、このクラスだけじゃないんだぞ?」


 俺がそう言うと、クラスの男子たちは一斉に顔を上げる。


「いいかよく聞け!この桜ケ丘学園は屈指のマンモス校だ!そして、全校生徒の数も裕に千は超えている!そのうち、たかが数十人にチョコがもらえなかったからなんだというのだ!」


 そう!俺たちの学校は地域の中では一番のマンモス校!

 例えこのクラスの女子からチョコが貰えなくたって、後20クラス以上も残っているんだ!


「そうか……そうだよな!」


「あぁ、このクラスだけしか女子がいないわけじゃないよな!」


「まだ……俺達にも希望が残されている…!」


 うんうん……みんなやっと分かってくれたか。

 そうだ、だから俺たちは諦める必要なんてないんだ!


 そして、悲しみの涙を流していた男子たちは晴れ晴れとした表情で立ち上がる。


 ――――折れていた心も、再び一つになった。


 俺たちは己の目標を再び確認するべく、互いの肩に腕を回し円陣を組む。

 その姿は、傍から見れば甲子園決勝に挑む野球部のように見えることだろう。


「俺たちは誰だ!」


「「「「「イケてる男子!!!!!」」」」」


「誰よりも男を磨いてきたのは!」


「「「「「俺達だ!!!!!」」」」」


「誰よりもチョコが欲しいのは!」


「「「「「俺達だ!!!!!」」」」」


「チョコをもらう準備はできているか!」


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」


「モテたいという欲望を胸に、狙うはただ一つ、女子からチョコをもらうのみ!」


 そして、俺は大きく拳を天井に突き上げる。


「いくぞ、!!!」


「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」


 そして、俺の掛け声とともに男たちからの声が響き渡る。


 俺たち同志の士気も再び最高潮!

 さぁ、まずは手始めに隣のクラスの女子に突撃じゃぁぁぁぁぁぁ!!!


「やめてください、恥ずかしい」


 俺たちが教室を出ようとすると、いきなり後ろに現れた西条院が、俺のこめかみを強く握る。


「こ、こめかみガァァァァァァぁぁぁぁっ!?」


 いだぁい!?

 頭がぁ!?頭から聞こえちゃいけない音が聞こえてくるんですけど!?


「よーし、お前らホームルーム始めるから席につけ~」


「「「「「はーい」」」」」


 そして、ホームルームが始まる時間も近いのか、教室のドアが開かれ、先生が入ってきた。

 男子たちも、先ほどの熱い空気から一変。

 大人しく席に座ってしまった。


「ほら、時森さん。馬鹿なことしてないで早く席について下さい」


「分かった!分かったから、その手を放してお願いします!」


 ほんと、卵みたいに割れちゃうから!

 さっきから、「ミシミシ」じゃなくて「パキパキ」って聞こえるんだよ!?

 これ絶対にやばいやつだよね!?


「あ、時森。お前は後で反省文を書いておくように」


「何故に!?」


「さっき騒がしくしていただろう?」


「俺だけじゃないですよね!?」


 みんなも騒いでたじゃん!

 チョコ欲しさに騒いでいたのになんで俺だけ!?


「そんなの……時森が主犯だからに決まっているからだろうが」


「り、理不尽だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





 こうして、待ちに待ったバレンタインデーの朝は、チョコではなくありがたい反省文を頂くという結果になりました。




 ……しくしく。

 ……なんで俺だけ。

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