ただいまと言ってくれる人がいるだけで

「今日はありがとうございました」


 俺は車から降りると、西条院の父親に頭を下げる。

 俺達はあの後、本当にたわいの無い会話で盛り上がり、意外にも楽しい食事会となった。

 そして、夜も遅いからとこうして家の前まで送ってもらった。


 ……本当に美味しかった。

 もう2度とあんな高級料理は食べる機会は訪れないのではないのだろうか?


「ははっ!君が素直にお礼を言うとは、明日は雨かな?」


「うるせぇよ」


 どうしてこの人の発言はいちいちムカついてしまうのだろうか?

 本当に、西条院と血が繋がっているか怪しいな。


「時森さん、今日は楽しかったですよ」


「あぁ、俺も楽しかったよ」


「じゃあ、私達はこれで失礼するよ。少年、あの話はまた追って娘の方から伝えよう」


 そう言い残し、高級そうなリムジンは俺の家から走り去っていった。

 ……あの車にも、もう乗る機会なんてないだろうな。


 俺はリムジンが見えなくなるまで見送ると、寒い体を温めるように腕で抱きながら玄関へと向う。


「ただいまー」


 玄関に入ると、暗い家の中に帰宅の挨拶をする。

 そして、俺の声だけが家の中に響く。


 ……まぁ、今日は神楽坂は麻耶ねぇの家に泊まりに行ってるし、返事がかえってくるわけないよな。


 最近はずっと神楽坂と一緒に住んでいるからか、おかえりと言って貰えることが増えた。

 それが、たった1日聞けないだけで、こうも寂しい気持ちになるとはーーーー俺も、いつの間にか、神楽坂といる日常が当たり前になってしまったようだ。


 俺はそんなことを思いながら、玄関で靴を脱ぐ。


 すると、不意にリビングの灯りがついた。


「あ!おかえり、時森くん!」


 そして、リビングの方からトテトテと可愛らしい足取りで、神楽坂がひょこっと現れる。


「……お前、どうしてここにいるんだ?」


 今日は麻耶ねぇの家に泊まりに行っているはずなのに……。


「えーっと……本当は麻耶先輩の家に泊まる予定だったんだけど……」


 神楽坂は手をモジモジさせながら、少し恥ずかしそうに言った。


「と、時森くんが1人で帰ってきたら寂しいかなーって思って………おかえりって言ってあげたいなーって思いまして……帰ってきちゃいました」


 ………あぁ、全く。


 神楽坂の言葉に、胸が暖かくなるのを感じる。


 誰かが家で迎えてくれることが、俺の事を心配してくれる人がいるだけでこんなにも嬉しい気持ちになるとは思わなかった。


 ……ほんと、神楽坂には暖かい気持ちにさせられる。


 俺は靴を脱ぎ終わると、神楽坂の頭を優しく撫でた。


「ありがとうな、神楽坂。すっげー嬉しいわ」


「ほぇ?……うんっ!」


 神楽坂は一瞬何を言ってるか分からないような表情をしたが、すぐに理解したのか、満面の笑みで微笑んでくれた。


 感傷的になっているからなのか、今の神楽坂を見ていると……胸がドキドキする。

 今まで、神楽坂見ただけでここまでドキドキすることなんてなかったのに……。


「どうしたの時森くん?顔が赤いよ?」


「気にするな、外が寒かっただけだ」


 俺は少しだけ誤魔化すように神楽坂の頭をわしゃわしゃ強く撫でると、神楽坂と一緒にリビングへと向かった。



 ♦♦♦



「時森くん、時森くん」


 俺がリビングでコートを脱いでいると、不意に神楽坂に肩を叩かれる。


「どうした神楽坂?」


「お風呂入る?」


 ……ふむ、風呂か。


 まぁ、着替えたら入ろうと思っていたのだが……まさかあの神楽坂に言われてしまうとは……。

 っていうかこのやり取りーーーー夫婦みたいじゃね?


「なんか俺達夫婦みたいだよな」


「ふぇっ!?」


 神楽坂が俺を見て驚きの声をあげる。

 ……しまった、思ってたことがつい口に出てしまったようだ。


「そ、そうだね……」


 神楽坂は、顔を赤くしながら後ろを向いて恥ずかしそうに頷いた。


 ……おや?これはもしかしたら、ワンチャンいけるのではないだろうか?


 神楽坂を見ていると、俺の中の穢れた下心が、少し表に出てしまう。

 ダメだと分かっていても……思春期男子の心は抑えられなかった。


「なぁ、神楽坂?」


「な、何かな……?」


 俺が声をかけると、神楽坂は肩をビクッと震わせながら俺の方を向いてくれた。


「神楽坂ってお風呂入った?」


「ううん、入ってないよ……」


「じゃあさーーーーー」


 俺は神楽坂の目を見て、如何にも自然な流れで、己の欲望を口にする。


「一緒にお風呂に入らないか?」


「………」


 神楽坂は、一瞬目をパチパチしたが、やがて理解したのか、先程よりも一段と顔を赤くした。


「えぇぇぇぇぇぇっ!?」


 そして、俺から勢いよく離れて、自分の体を庇うように思いっきり抱きしめる。


「な、何言ってるの時森くん!?お、お風呂って……一緒にって……!?」


「いや、夫婦だったら当たり前かなーって」


 そう!夫婦だったら一緒に入るのなんて当たり前!

「意外とたくましいのね、あなた♥」や「そんなことないさ、君の体も綺麗だよ」と言いながら、お互いの生まれたままの姿を洗い合う!


 思春期男子の憧れ!男の欲望part2!

 やってみたい!むしろ神楽坂の生まれたままの姿を見たい!


 俺は神楽坂を期待の眼差しで見る。


「……い、一緒に……ッ!?」


 俺の視界には、俺から体を隠し、顔を真っ赤にしている神楽坂の姿がーーーーあれ?俺、もしかしてやばいことしてない?


 俺は神楽坂の姿を見て、冷静になる。


 同級生の女の子を、一緒にお風呂に入らないかって……普通にセクハラ?って言うより、人として間違っているのでは?

 それに、ここで俺が理性を失って襲ってしまうなんてことになれば………俺を信じて任せてくれた神楽坂の両親に失礼じゃないのか?


 い、いかん!つい欲望のままに誘ってみたが、これは流石にダメな気がする!?


「す、すまん神楽坂!今の話は聞かなかったことに「……一緒に入る」してくれないーーーーーえ?」


 俺が慌てて訂正しようとすると、神楽坂の声に遮られる。

 そして、神楽坂が俺に詰め寄ってきて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして口を開いた。


「いいよ……時森くんと一緒に、お風呂入る……逃げちゃ……ダメだよ?」


 神楽坂は恥ずかしがりながらも、力強く俺の目を真っ直ぐ見つめると、すぐその場から駆け足で立ち去っていった。





 ……えぇ、何でこの子乗り気になっちゃったの?

 本当に、これってやばくない?

 嬉しい気持ちもあるのだけども……それ以上に、入った後の事を考えると、とても怖い。




 俺は、一時の感情で動いてはいけないのだと、神楽坂の後ろ姿を見ながら改めて後悔するのであった。






 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ※作者からのコメント


 ……やはり、ギャグがないのは、書きづらいものですm(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る